34.禁忌の存在





「さて、何から話そうか」


 全く人気のない場所にまでやって来ると、サンは夜人の方に振り返って楽しげにそう言った。


「まだボクのことが信用できない?」


 サンは硬い表情の夜人を見て、小さく苦笑した。


「……いや、信用とかそういうのじゃなくて、純粋に驚いてる。まさか、こんな所で、その、会うとは思ってなかったから」


 夜人は曖昧な言葉で返す。

 相手の得体が知れない以上、下手なことは言えない。


「まぁ、確かにそうだね。実際ボクも驚いたよ。キミがどうしてここに来ているのか聞いてもいいかい?」


「それは……」


 言葉に詰まる。何か言葉を探すが、上手い言い回しが出てこなかった。こいつに、夜人がこの学園に通っていることをバレるのはまずい気がした。

 今、夜人は学園の制服を着ている訳ではないので、気付かれてはいないはずだが。


「いや、いいんだ。言いたくないのなら別に言わなくていい。じゃあ、代わりにボクのことを話そう。キミに信用してもらうためにね。ボクは是非、キミと仲良くしたいと思ってる。“ディフレンター”は、貴重だ」


「……」


「ボクは――、いや、ボクたちはさ、今ある計画を立ててるんだ。割と前から計画してるヤツでね。それなりに仲間もいる。今回のコレは、そのための必要な実験なんだ。まぁ、ある意味で宣戦布告でもある」


「なんの……、計画だ?」


 思わず拳に力が入る。

 目の前にいるのは、学園を襲っている化け物たちを連れてきた首謀者だ。

 

 だというのに、そのことを大してことでもないように楽しげに語るサンに、居ても立っても居られなくなる。

 だが、どうすればいいかは分からない。今はただ、この少年の話を最後まで聞いてみようと思った。


「復讐だよ。復讐。自分たちだけの都合で、ボクらを虐げて、殺した人間たちへのさ」


 サンはゆっくりと両手を広げながら、口端を吊り上げた。


「……今の吸血鬼ヴァンパイアは、人に見つからないように隠れて暮らしてるんじゃないのか?」


 吸血鬼ヴァンパイアが人間たちに向ける復讐。

 夜人も以前に一度、考えたことだ。

 ティーナから吸血鬼ヴァンパイアの詳しい話を聞いた後、果たして吸血鬼ヴァンパイアたちは人間を恨んでいないのだろうか、と。

 だが、ティーナからそのような話は聞かなかった。


「あぁ、そうか」


 サンは何かに納得したように頷く。


「キミはもしかして殆ど知らないのかな? まぁ色々あったんだろうね。じゃあ軽く説明したげる。――三つだよ」


 三つ指を立てるサン。


「……三つ?」


「あぁ、現代における吸血鬼ヴァンパイアたちの立場さ。一つ目が人間たちに復讐を誓う者たち。ボクがここに入るね。そしてもう一つが、あんなことがあったにも関わらず、また人間との共存の道を探してる愚か者ども。本当にバカな奴らだ。奴らにはプライドってもんがない。アタマがおかしいんだよ。死ねばいいのに」


 サンが吐き捨てるように言って、その赤い瞳には怨嗟の色が宿る。だが、その口元は笑っている。


「そして最後が、そのどちらにも属さない勢力。まぁこれが一番多いかな」


「一つ、聞いていいか?」


「いいよ。何でも聞いてくれ」


「今、吸血鬼ヴァンパイアってのはどれくらい生き残ってるんだ?」


「うーん」


 サンがその色白の細い指を顎に当てて、考え込む。


「まぁボクもはっきりしたことは言えないんだけどね。なにしろ、吸血鬼ヴァンパイアたちはその殆どが身を隠している。同胞に対しても、接触しない者が多い。本当にひっそりと生きてるんだ。そうなっているのも全部人間のせいなんだけどね。ははっ」


「……」


「大体、そうだなぁ。全部で千くらいじゃない? その内三百くらいが人間に復讐を誓ってる。それで、これに関しては完全に憶測だけど、人間と仲良くなろうとしてるバカが百も居ないくらいじゃないの? 残りは、さっき言った通りだね」


「千って……、そんなに少ないのか」


「これでも増えたほうだよ。戦争が終わった直後は三百と少しだった。元々数万は居た吸血鬼ヴァンパイアがそこまで減った」


 その言い方はまるで、戦争が終わった直後を実際に見たことがあるような言い方だった。

 目の前にいる少年は、見た目だけで判断すればむしろ夜人より幼く思える。


 吸血鬼ヴァンパイアというのは長生きだったと聞くが、そこまで長く生きて、老いないものなのだろうか。

 史実によると、吸血鬼ヴァンパイアと人間たちの戦争があったのが五百年以上前。サンが本当にその時代から生きているとすれば、その頃から見た目的にはほぼ歳をとっていないことになる。


「さて、話を戻そう。結局ボクがなにをしたいかというと、キミを勧誘したいんだよ。ねぇ、ボクの仲間にならない? 陽の下でも動けるキミが仲間になってくれたら、それなりの戦力になる」


 サンは夜人に仲間になれと言う。人間に復讐をする仲間に。

 吸血鬼ヴァンパイアがそういう思考を持つのは仕方ないだろう。

 この学園を襲撃した事実を許せるかどうかは置いておいて、理解はできる。


 だが、夜人は吸血鬼ヴァンパイアじゃない。半吸血鬼ダンピールだ。

 半分が人間で、半分は吸血鬼ヴァンパイア。しかもついこの前まで、夜人は自分のことを純粋な人間だと思っていた。


 ここで夜人が取ることのできる選択肢は二つ。

 サンの提案を断るか。サンの提案を受けるか。

 提案を受けた場合、夜人は表面上だけでも人間に復讐を誓う者として振る舞い、サンと共に動かなければならないだろう。

 そもそも吸血鬼ヴァンパイアのこともほとんど知らない夜人に、そんな真似はできないし、やりたくない。


 だとしたら、仮にここで戦闘になるとしても――。


「――無理だ。俺はお前の仲間にはなれない」


「……へぇ。なれない、か」


 サンの表情が曇る。


「キミは人間が憎くないのかい? “ディフレンター”なのに?」


 夜人は一瞬言うか言うまいか迷ったが、結局口を開いた。


「憎いとか、憎くないとか、それ以前の問題なんだよ。サン、お前は多分俺のことを勘違いしてる。何のことかよく分からないけど、俺はその“ディフレンター”ってヤツじゃない。……半吸血鬼ダンピールなんだよ」


 そう告げると、サンの赤い瞳が小さく見開かれた。そして、視線を地面に落とす。


「……」


 サンは俯いたまましばらくジッとしていたが、不意に肩が震える。


「ふふ、くふふ、はは、あはははっ」


 ふるふると肩を揺らしながら、サンが笑いをこぼす。


「そっか、そういうことかっ! 吸血鬼ヴァンパイアの気配がして、陽を浴びても平気そうにしてるから、てっきり勘違いしちゃったよ。ふふ、あははははははッ、ボクは馬鹿だなぁっ。いや、いやいや、でもさぁっ、この期に及んで、まだ半吸血鬼ダンピールがいるんなって思わないだろ?」


 サンは顔を上げて、可笑しくてたまらないように笑いながらも、赤い怨嗟の色を宿した瞳で夜人を見据えた。


「何かおかしいと思ってたんだよねっ。そっか、そういうことかっ!! 君は“陽の目を見る者ディフレンター”以上の禁忌・・じゃないかっ!! これは可笑しいなぁっ。なるほど、キミは何も知らされていないんだ……」


 腹を抱えてひとしきり笑った後、サンは笑みを閉ざして夜人と向き合う。

 夜人はこの状況の訳の分からなさに黙って立っていることしかできなかった。


「悪いことしたね、ヨルト。ボクとキミはここで会うべきじゃなかった。でも、会っちゃったからしょーがない」


「……ど、どういうことだよ? 半吸血鬼ダンピールが禁忌だって?」


 ティーナからそんな話は聞かなかった。


 いや、知らないからティーナは夜人に会いに来たのだ。

 会ってはいけないと親から言われていたにも関わらず。


「いいよ。せっかくだから、何も知らないキミに教えてあげる。どうせこれで最期なんだ」


「はっ?」


半吸血鬼ダンピールは禁忌だ。戦争を起こすキッカケになったからね。だからそもそも人間と吸血鬼ヴァンパイアがまじわること自体、許されないんだよ」


「……っ!?」


(……だから、俺は何も知らされなかったのか? 俺が何も知らなければ、少なくとも人間としての暮らしはできていたはずだから)


 だからティーナは夜人と会ってはいけなかった。


「まぁ簡単に言うとそういうことだね。吸血鬼ヴァンパイアの多くが半吸血鬼ダンピールの存在を憎んでる、居ちゃいけないと思ってる。半吸血鬼ダンピールの存在は、人間と吸血鬼ヴァンパイアが保ってきたバランスを大きく狂わせるんだよ」


 サンが夜人を安心させるように笑いかける。


「勘違いしないでくれ。キミが、ヨルトが悪い訳じゃない。全部、半吸血鬼ダンピールが悪いんだ。でも悪いね。ヨルトは半吸血鬼ダンピールだから、ここで消しておくべきだ」


「――-っ!」


 それを聞いた瞬間、夜人は大きく後ろに退がった。

 魔道武装マギアデバイスを展開して、黒刀をサンに差し向ける。


「いいよ。やろっか。ちょうど久しぶりに身体を動かしておきたいと思ってた」


 サンはゆったりとした動きで、親指の爪を首筋に添えると、スッと横にずらした。

 鋭い爪先が病的なまでに青白い肌を切り裂いて、傷口からドクドクと血があふれ出す。


(何をやってるんだ……?)


 今のサンは隙だらけだ。今攻撃すれば、彼の華奢な首を斬り落とすことなど、簡単に思える。だが、夜人の脚は動かなかった。

 笑いながら自分の首を切り裂くサンの姿に、言い知れぬ不気味さを感じていた。


「……痛い。やっぱりこれは痛い。ふふ、ふふ……痛いよね、いたい」


 ブツブツと呟くサンの首から勢いよく血が流れだしている。その大量の血液は、サンの身体を伝って、地面に落ちる直前で停止した。

 まるで意思を持っているように血液がうねり、宙に浮かび上がる。


 そのまま血液はうねりながら空中を移動して、サンの手元に集まった。

 全ての血液が集中して、細長い形――長剣の形と成る。


 血で造られた長剣ロングソードを手に取って、サンは無造作にソレを構えた。


「ヨルト、キミはここで殺す。話せてそれなりに楽しかったよ」


「――――」


 サンの姿が消える。否――、夜人の目にはそのように映った。


 次に夜人がサンを認識したのは、その姿が正面に現れた時。サンが振るった血の剣が、夜人の首を狙う。


「っ!?」


 音もなく首に迫った血の刃を、刀を振り上げて迎え打つ。

 キィンと、おおよそ血の塊とぶつかったとは思えない音と共に、夜人はサンの剣を弾き上げた。

 続けざまに刀を振り下ろし、サンがそれを後ろに退がって躱す。


 タッと地面に足を着いて、驚愕している夜人を見ながら、サンは飄々と言った。


「いいねぇ。少しは運動になりそう」


「つっ……」

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