31.邂逅





「ねぇねぇ、キミはそうなるまでに何人殺したの? 毎日血はどれくらい飲む・・・・・・・・・?」



「―――――」



 今、この少年は何と言ったのだろうか。

 

 思考が停止する。予想を超えた位置から殴りつけるように言われた言葉に、理解が遅れたのだ。


 飄々とした様子の少年が夜人を見て、首を傾ける。


 夜人は視線を巡らせる。

 隣にいる小夏、結衣や他の人々は、化け物とかえでたちの戦闘の方に注目しており、誰も夜人と少年の会話は気にしていない。

 当たり前だろう。

 だって、何も変な状況じゃない。

 偶然その場に居合わせた二人が、何気なく向き合っているだけ。


 ただ、この命の危険にまで及ぶかもしれない異常事態に置いて、まるで散歩に来たような気楽そうな少年の雰囲気は、異常ではあった。


 夜人は警戒しながら少年に注目する。

 

 そんな夜人の反応を見た少年は、安心させるように笑った。


「心配しなくてもいいよ。見たらわかると思うけど、ボク、“ディフレンター”だ。キミと同じさ」


 そう言って、少年は空に浮かぶ太陽を見上げ、眩しそうに眼を細める。


 だが、それでも夜人の警戒は解けない。

 

 この少年は何を言っているのだろう。

 ディフレンターとは何のことだ。


 今、確かに『キミと同じ』と言った。


(こいつも半吸血鬼ダンピールなのか……?)


 頭の中で疑念が渦巻く。どうするのが正解なのだろうか。どうすればいい。


「まだボクのことが信用できないかい? あ、そうだ。自己紹介がまだだった」


 少年は緩慢な動きで、自分の胸に手を添える。


「ボクの名前はサン。一応、吸血鬼・・・だけど、アイツらとは違う。そうだろ?」


「……」


 吸血鬼ヴァンパイア

 薄々予想はしていたが、やはりこの少年――サンは吸血鬼ヴァンパイアなのだ。だが、そうだとすると、外套コートも何も着ずに、この太陽で平然としているのはどういう訳だろうか。

 ティーナの話を聞く分には、吸血鬼ヴァンパイアが生身で太陽の下に出て平気でいられる手段はなかったはずだ。


 初めはこのサンという少年が夜人と同じ、半吸血鬼ダンピールなのかとも思ったが、彼は今、自分で自分のことを吸血鬼ヴァンパイアだと言ったのだ。


 そして、重要なのは、サンがティーナのことについて何も言及してこないということ。

 つまり、サンは本当に偶然、ここで夜人と会ったのだ。


「ほら、キミの名前も教えてよ」


「俺は……、夜人だ」


 警戒を解くことなく答える。


「へぇ、ヨルトか。面白い名前だね」


 サンは興味深そうな表情をつくる。


「そうだなー。ここでずっと話すのも何だし。場所を変えようか」


 そう言ってサンは、化け物と戦っているかえでたちの方を見た。


「ボクの魔道人形ゴーレムも、もう少し持ちそうだし。行くなら今の内だね」


「っ! ……あ、あの、化け物は、お前が連れて来たっていうのか?」


「え? あぁ、うん。そうだよ。結構よくできてるだろ? まぁ、まだ試作品プロトタイプなんだけどね」


 何でもないように言って、サンは夜人に背を向ける。


「人のいない所へ行こうか。付いてきなよ」


 サンは、人の集団の中をすり抜けるようにして、どんどんと遠ざかって行く。


「ん、どうしたの?」


 その途中、棒立ちになっている夜人に振り返って、サンは不思議そうに首を傾げる。


 夜人は一瞬、隣にいる小夏に視線を向ける。彼女は、祈るようなポーズでかえでたちの戦いを見守っていた。


 今、この謎の少年サンに付いて行かなければ、どうなるか分からない。

 どういう訳か彼は夜人を仲間だと思っているようだが、もしそうじゃないとバレたらこの場で戦闘になるかもしれない。

 相手は十中八九、吸血鬼ヴァンパイアで、学園に襲撃を掛けた張本人だ。間違いなく敵。戦うことになれば、夜人に小夏を守り切る自信はない。


 かと言って、この場に小夏を残していくのも心配だった。


 が、しかし、この場には結衣やかえで、もみじといった、それなりに頼れそうな人がいる。


(ごめん、小夏……)


 心の中でそう謝って、夜人は小夏に気付かれないよう気配を殺すと、サンがいる方へ歩き始めた。今、取れる選択肢はこれしかない。


 それを見たサンは満足そうに微笑んで、また歩みを進める。夜人はその背後を追いかけながら、その場から姿を消した。





「はぁぁッ」


 凝縮された火炎を纏った斬撃が、化け物の首を斬り飛ばす。頭部が宙に舞い、そこに埋め込まれた眼球と、地面に残った身体に埋め込まれた眼球が、自分を切り裂いた相手をジッと見つめていた。

 

 それに追い打ちをかけて、さらに一振り。下段から天に向かって斬り上げる一撃が、化け物の正中線を通って真っ二つにした。


 計三つに分けられた化け物の肉体は、無様に地面に転がる。


「――《炎撃ブレイズド》」


 左手に細身の長剣ロングソードを構える彼女――春風凜は、右の掌を化け物の肉塊に向け、そう唱えた。


 灼熱の炎が噴き出して、化け物の肉体を容赦なく焼き焦がす。


 それから、魔道武装マギアデバイスを腕輪に戻した凜が、小さく息を吐く。


「ふん。慣れたら大したことないわね」


 最初に戦った時は、中々ダメージが通らずに苦労したこの異形の化け物。

 だが、凜がこの化け物を倒すのはこれで既に三体目。


 段々と、コイツにダメージを入れるコツが分かってきていた。

 単純な攻撃では、どんなに力を込めてもダメージは入らない。けれども、攻撃魔法の効果範囲を一点に絞って、魔道武装マギアデバイスの刃と共に押し斬れば、何とか刃が通ることが分かった。


 凜は完全に化け物が息絶えたことを確認して、背後に振り返る。

 視線の少し先では、立ち止まって凜と化け物の戦いを見守っていた人々の集団があった。凜が化け物を倒したことで、歓声が上がっている。


 凜はその声を少しも気にかけることなく、ポケットから通話の状態が維持されているスマホを取り出して、通話相手である冬乃に声を掛けた。


「こっちは片付いたわ。進んで大丈夫よ」


『了解です。お疲れさまでした凜さん』


 そう返答があったと思ったら、スマホの向こうから、冬乃が何かの指示を出すような声が聞こえてくる。

 そのすぐ後、少し離れた位置に留まっていた人々の集団が、学園の外に向けて動き出した。



 今現在、凜と冬乃は指示を受けた通りに、化け物に対抗し得る手段を持たない人々を守りながら、学園の外へと向かっていた。


 二、三十人ほどの人々を冬乃が先頭になって誘導して、その最後尾に凜が付く。

 道中で人を見つけたら集団に加え、化け物を見つけたら凜か冬乃のどちらかが人々の護衛について、残りの一人が戦闘に当たる。

 そして、どうしても凛と冬乃は距離を置くことになるので、スマホを通話状態のままにして、連携を取っていた。


 そんなことを何度か繰り返しながら、凜たちは学園の外へと着実に近づいていた。


 凜は冬乃の指示を受けて動き出したのであろう人々の集団を確認して、それに追いつこうと足を踏み出す。


 その時だった。


「――っ!?」


 背後から、凄まじい勢いで“何か”が接近し、大気が震える気配を感じた。


 凛は咄嗟に横に跳んでその何かを回避する。

 すぐ隣を、ゴツゴツした太い腕が通り過ぎていくのを視界に捉える。


 凜は地面に手を付いて体勢を整え、両足で立ち、魔道武装マギアデバイスを展開しながらソレの正体を確認した。


「……っ?」


 結論から言うと、あの化け物だった。

 学園に突如として現れ、襲い掛かってきた異形の化け物。凜が既に三体ほど倒して、それほどの脅威ではないと見切った相手。


 だが、たった今、凜に攻撃してきたコイツは、明らかに何かが他と違った。


 まず他との分かりやすい違いを上げるのなら、身体中に埋め込まれた複数の眼球の色が真っ赤に染まっていることだろうか。血走った眼球。

 それと同じ眼を凜は以前にも見たことがある。

 二週間ほど前に起こった、原因不明の魔物凶暴化事件。凜も当事者としてその場に立ち会った。

 あの時、死に物狂いで襲い掛かってきた魔物の瞳とよく似ている。


 発声するための器官を持たないらしい化け物は、そのまま無言で凜に襲い掛かってくる。


「っ!!」


 恐ろしいほどのスピード。

 来ると分かっていたはずなのに、凜の回避はギリギリだった。

 カウンターを入れる暇もない。


 化け物が無駄にでかいモーションで振り下ろす腕。

 他の化け物を相手にした時は遅く感じられたその攻撃も、まるで別物だった。


 速すぎる。

 その愚鈍そうな図体から放たれているとは思えない俊敏さで、化け物は凛に攻め立てる。

 躱すだけで精一杯。

 

 だが、何とかして隙を作ろうと凜は強引に魔法を発動させた。


「――《炎撃ブレイズド》ッ!」


 纏まりのない、だが激しい威力の火炎がその場に渦巻く。

 化け物の身体が焼かれ、肉の焦げた臭いが漂う。


 凜はその間に大きく一歩退がり、呼吸を整えた。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


(何なのよコイツ……ッ。他とは明らかに動きが……)


 凜は炎に包まれている化け物を睨みつける。


『――凜さんっ。凜さんッ? ご無事ですか?』


 ポケットに入れたスマホから、珍しく冬乃の焦ったような声が聞こえてくる。


「ふんっ、愚問ね。あんたは足手まといを連れて先に行きなさい」


 凜はスマホを手に取って、離れた位置にいる人々の集団に目線をやりながらそう言った。


『どういうことです?』


 冬乃が疑問の声を上げる。


 凜と冬乃は、化け物が現れた場合、より近い場所に居た者が相手をし、残った一人が皆の護衛を行うという取り決めをした。

 だが、たった今、凜は『私を置いて先に行け』と言ったのだ。

 

 冬乃が疑問に思うのも当然である。

 

「他とは明らかに違う個体が出たのよ。何をしてくるか分からない。そっちに被害がいくかも」


『っ! それなら、冬乃も』


「馬鹿ね。だったらその足手まとい共は誰が守るの?」


『……』


「はっ、もしかしてあんた。私の心配してる? 冗談じゃないわ。私はあんたに心配されるほど弱くはない。だから早く行きなさい」


 スマホの向こうから、一瞬逡巡する気配が伝わってくる。だが、すぐに冬乃はこう言った。


『凜さん後で会いましょう。冬乃とあなたはしっかり決着を着けないといけませんから』


「そうね。すぐに行くわ」


 そう言って、視線を正面に向けたままだった凜は、化け物の新たな動きを察知する。

 化け物は火炎の渦を振り払い、凜に向かって突進し始めたのだ。


 化け物の身体は所々焦げが付いているが、それだけだ。突進のスピードはむしろ先ほど以上に思えた。


「チッ」


 余裕がないと判断した凜は、手に持っていたスマホを投げ捨て、代わりに自分の得物である長剣ロングソードを構える。


 愚直な突進。ただ速く、勢いがあるだけの突進。だがその速さと勢いが尋常ではなかった。


 何とか見切って、突進を躱し、それと同時に剣を振る。

 剣は化け物の横腹を切り裂き、だがその瞬間、凜は自分の身体に強い衝撃を感じた。


「――っぁ」


 避け切れていなかった。

 凜は化け物が伸ばした腕に吹き飛ばされ、その先にあった建物の壁に衝突する。

 ピシリと壁にヒビが走り、瓦礫となって崩れ落ちる。

 次々と連鎖するようにヒビは広がって、大量の瓦礫が凜の上から降り注いで彼女の身体を隠す。


 それを見た化け物は、血走った眼球を一様に凜が埋もれた瓦礫に向けながら停止する。

 

 が、その次の時、瓦礫の山が一瞬にして燃え上がった。

 ゴウと渦巻くように上がった火炎は、その場にあった瓦礫を燃やし尽くす。


 そして、炎の中から人影が現れる。

 

 春風凛は口の端から垂れた血を拭い、しっかりと握りしめた長剣を正面に差し向けると、一呼吸置いてから挑発的な笑みの形に口元を歪めた。


「――あんたはここで殺すわ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る