29.忍び寄る闇Ⅲ
凛と冬乃は、一体の化け物に対して二人がかりで立ち向かっていた。
冬乃の双剣と凛の長剣が交互に瞬いて、化け物を圧倒している。
化け物が愚直に行う攻撃は全て余裕を持って躱し、カウンターとして斬撃や魔法が叩き込まれる。
しかしその怒涛の攻撃に化け物は少しも怯むことなく、腕を振り回し、エネルギーの塊を撃ち放って正面にいる二人の少女――凛と冬乃を仕留めようとしている。
「ちっ」
凜が舌打ちを漏らす。
どんなに攻撃を与えても、相手の動きが鈍る気配がない。化け物の皮膚はどんどんズタズタに切り裂かれているが、それ以上深くには刃が通る気配がしない。
凛は視界の端、少し離れた位置で、もう一体の化け物を相手に戦っている教師の男二人の方に意識を向けた。
彼らの状況も凜たちとあまり変わらないようで、まともなダメージを与えられず苦戦しているようであった。
「――――」
凜は正面から攻撃の気配を感じ、身を捩る。
彼女のすぐ側を、溜め無しで放たれたエネルギー塊が通り過ぎて行った。
お返しにと一歩踏み込んで、お手本のように型にはまった袈裟斬りを化け物に放つが、やはり皮膚の表面が裂けるだけで、その奥に攻撃が届かない。
凜が後ろに軽く跳ぶ。それに一歩遅れて、化け物の腕がフィールドに打ち下ろされる。
腕が下ろされた直後、今度は代わりに冬乃が飛び込んで、両手に持った双剣を流れるように五連。夜空を切り裂く流れ星のように煌びやかな剣撃。
五重の斬撃が化け物の胸に刻まれるが、しかし望み通りの結果は得られない。
それを見た冬乃は不満そうに眉をひそめながら、化け物の攻撃を舞うようにかわした。
「……」
このままだとジリ貧になる。そのことを、凜と冬乃は同じように感じていた。
「――――」
戦いの中、不意に冬乃が凛に意味を込めた眼差しを送る。ある種の合図。
それを受け取った凜は一瞬迷うような仕草を見せたが、しぶしぶと言った感じで頷いた。
今はこだわっている場合じゃない。
そうして、凜と冬乃の動きが変化する。
冬乃は大きく一歩退がり、攻撃の手をピタリと止めて、瞳を閉じて魔力の操作に集中し始めた。
一方、凜はさらに一歩前に出て、化け物の気を自分に集中させる。威力に比べて速度に欠ける攻撃を落ち着いて躱しながら、化け物の意識を冬乃から逸らす。
「――――」
凜は化け物の相手をしながら、背後にいる冬乃を囲むように濃密な魔力の本流が渦巻き始めるのを感じていた。
彼女を中心として気温が下がり、大気が凍てついていく。その範囲はどんどんと拡大していく。
冬月冬乃はその強さ、可憐な容姿と美しい戦い方から、《戦姫》と呼ばれることが多い。だがしかし、まるで己の一部のように《冬》を操る彼女に畏怖と畏敬を示して、時としてこう呼ぶ者もいる。
――《
「はぁぁっ!」
重々しく振り下ろされた剛腕を、凜が両手で握りしめた長剣を振り上げて弾く。
化け物の腕の表面が浅く切り裂かれるが、それ以上のダメージは入らない。
しかし特に問題はない。この斬撃は、斬るために放ったわけではなかったからだ。
その細身と細い腕に似合わぬ暴力的な力で弾き上げられて、化け物の体勢が一瞬大きく崩れる。
そのタイミングを狙って、凜は後ろに退がった。それに入れ替わるようにして、凍える大気と魔力を纏った冬乃が駆けてくる。まるで、この時が今やって来ることを確信していたように。
すれ違いざま、凜と冬乃の視線が重なる。
(私に時間稼ぎまでさせといて、失敗したらただじゃおかないわよ)
凜はその一瞬に、その言葉を視線に乗せて冬乃に送った。それを見た冬乃は、余裕のある微笑みで以って応える。
――任せてください。
完全に無防備になった化け物の懐に冬乃は潜り込んで、その小さな掌を化け物の腹のあたりにピタリと張り付けた。
そして――唱える。
「――《凍れ》」
それは命令だった。雪世界の姫が命ずる。絶対順守を義務と定める冷えた言霊。
「――――」
沈黙が訪れる。
白色の息を冬乃が吐き出す。
彼女の正面には、全身を氷の塊で覆われ固まった化け物の姿があった。
「それじゃあ、最後はお願いしますね。凜さん」
白い息を漏らしながら、頬を朱に染めた冬乃が背後にいる凜にそう伝える。
「ふん。手こずらせてくれたわね」
凜は氷の像となった化け物をひと睨みしてから、左手に持った長剣を二度振った。
すると、化け物の身にクロスするような直線が二本走って、ずるりと滑るように身体が崩れた。
四つに分けられた化け物の肉塊は、冬乃の魔法の余波で凍り付いたままの地面に転がる。
「……」
凜はその肉塊を警戒して見つめていたが、流石にもう動き出す気配はなく、化け物の身体に溜まっていた魔力も大気に流れ出していく。
どうやらこれで終わりのようだ。
「あちらも片付いたようですね」
冬乃が教員の男二人が化け物と戦っていた方を見やる。
疲れたように大きく息を吐き出している教員たちの前には、片腕が千切れ、黒焦げになった化け物の肉塊があった。
向こう側も、凜と冬乃が化け物を倒したことを知ってか、安堵したような表情を浮かべている。
そして教員の男たちは、こちらに駆け寄って来る。
「よくやったな。流石だ」
「当たり前でしょ。私を誰だと思ってるのよ」
こんな状況だと言うのに普段と変わらぬ調子で腕を組み、鼻を鳴らす凜に、教員の男は逆に頼もしいような、少し呆れたような笑みを浮かべる。
そして教員の男は、既に誰もいなくなっている空っぽの観客席を見渡して、苦い表情を浮かべると、凜と冬乃を交互に見やる。
「さっきアナウンスがあった通りだとすると、この化け物が現れたのはここだけじゃない」
「そうですね。では、冬乃と凛さんはどうすればいいでしょう?」
冬乃が頷き、教員の男たちを見上げる。
あくまでの彼女は一人の学園生として、教師の指示に従おうとしている。
「そうだな。じゃあ俺たちと一緒に行動して、来客者や他の生徒のサポートをしながら一度学園の外に向かう――――と、言いたいところだが」
そこで彼は苦い顔を浮かべて、手に持っていたスマホの画面に目を落とす。
「今学園で起こっている異常な事態は、明らかな悪意によって引き起こされている襲撃だ」
そこに疑いの余地はない。
「俺たちは学園の安全を守るために、その悪意ある誰かを見つける必要がある。ソイツが学園内に潜んでいる可能性は高くないだろうが、潜んでいないとも言い切れない。だから俺たちは、もうすぐ到着する魔道騎士団と情報を共有して、その首謀者を特定するために今から動かなきゃならない」
「誰からの指示なんですか?」
冬乃が男の教員のスマホにちらりと視線をやりながら尋ねた。でも彼女のその聞き方は、半ば確信を得ているような響きがあった。
「学園長だ」
「なるほど、分かりました」
冬乃が頷いて、隣にいる凜を見る。
「では冬乃と凜さんは、今から二人で他の人たちのサポートしながら学園の外に向かうこととします」
「……助かる。正直お前たちにこんなことを頼むのは、」
「大丈夫ですよ、先生。冬乃と凜さんはそこそこ強いです。それに冬乃は、この学園の生徒会長ですから、みなさんの安全を守るのは、冬乃の仕事なんです」
冬乃は笑顔と共にそう言って、凛の手を引いた。
「行きましょう凛さん。なるべく早く行動した方がいいです」
「ちょっと……、私は別にあんたと行くなんて」
「冬乃は凜さんと一緒がいいんです。だからさぁ、行きましょう」
冬乃はにこりと微笑んだまま凛の手を放そうとせず、凜はそれに至極不満げな表情を作ったが、それ以上文句は言わなかった。
「では、先生方も頑張ってください」
最後に冬乃はそう言って、凜と一緒に既に誰もいなくなった決闘場を後にしたのだった。
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