28.忍び寄る闇Ⅱ
化け物が放った凶悪なエネルギーの塊。
万一の場合に備えた
しかしそうはならなかった。
観客席の最上部にいた何者かが咄嗟に魔法を撃って、エネルギーの塊を相殺したのである。
「――っ」
凄まじい威力の魔法だった。高速で射出された高濃度のエネルギー塊を、咄嗟の判断で魔法を編み、相殺するなんて、そう易々とできることではない。
凜は反射的に身体強化の魔法を重ね掛けして、“視覚”の冴えを強化する。そしてたった今魔法を撃ち、最悪の事態を回避した張本人をしっかりと捉える。同時に驚愕し、唖然とした。
(なんで……っ!?)
見間違いではない。確かに“アイツ”が魔法を使った。
それは、学園で最弱と名高い
意味が分からなかった。理解できない。納得できない。
あの夜人が、あんなに難度の高い魔法の使い方をできるはずないのに。
「――凜さんっ」
夜人に視線を向けたまま固まっていた凜だが、その冬乃の呼びかけにハッとして意識を戻し、自分の正面で両腕を振り上げている化け物に気が付いた。
「――っ」
凜は咄嗟に後ろに下がり、振り下ろされた拳を躱す。化け物の拳は、そのままフィールドに下ろされる。
ズンと重い衝撃が波紋のように広がり、ピシリとヒビが走った。
でたらめな力だ。特殊加工されたこのフィールドの床にヒビを入れることは、決して簡単じゃない。
だが、これはチャンス。大ぶりの攻撃で隙だらけになった化け物の腕を目掛け、凜は左手に握った長剣を振るった。
「――!?」
斬り飛ばすつもりで放った斬撃だった。しかし、凜の剣は化け物の皮膚の表面を軽く裂いた程度で、とてもじゃないが切断には至っていない。
「なによこいつッ」
凜は怒りにも似た不満を吐き捨て、後ろに退がった。
「どうやら一筋縄ではいかないようですね」
凜が退がった先には冬乃がいて、二人はそれぞれ真逆の方向を見ながら横にならぶ。彼女たちの視線の先には、それぞれ化け物がいた。
凜は一瞬だけ背後に視線をやって、冬乃の先にいる化け物を確認する。
化け物の身体にはいくつもの斬撃の跡があったが、そのどれも致命傷にはなってない。どうやら冬乃の双剣でも、満足なダメージは与えられていないようだ。
その時、フィールドに二つの影が接近してくるのを凜は感じ取った。
凜は一瞬警戒を示したが、この場にやって来たその人影の正体を見て、警戒を緩めた。
恐らくこの試合を監督していたのであろう二人の教員の男。彼らは
化け物たちは成すすべもなく吹き飛ばされ、フィールドを囲んでいた高い壁に叩きつけられる。
が、しかし、何事もなかったようにすぐに起き上がると、凜たちの方に狙いを定め、ドスドスと重みのある足音を響かせながらこちらに寄ってくる。
「お前ら、大丈夫だったか?」
教員の男が凛と冬乃の方を見ながら言う。
「えぇ、先生方。冬乃と凛さんは大丈夫ですよ」
その質問に、冬乃が落ち着いた声音で答える。
「そうか。ならよかった。それじゃあ――。チッ、これ以上話してる時間はないな」
まるでダメージを喰らった様子はなく、不気味な敵意を向けてこちらにやって来る化け物たちを見て、教員の男は舌打ちをした。
「……ひとまず。俺たちでアイツら片付けるか」
彼は教師として生徒たちに戦闘の指示を出すことを一瞬躊躇したが、この場にいる二人は学園の中でも間違いなくトップの実力を持つ。
なら、彼女たちの実力を信じた方がいいと判断したのだ。
「はい。冬乃は理解しましたよ先生」
「要するにアイツらを叩きのめせばいいんでしょ!」
素直に頷いた冬乃と、鋭い目付きで正面を睨みつけていた凜が同時に地面を蹴って、二体の化け物に己の得物を向ける。
二人の教員はそれぞれ顔を見合わせて頷くと、彼女たちの後に続いた。
〇
「ねぇ夜人!」
夜人と小夏、かえでたちは学園の中央に位置する第一決闘場から飛び出して、ちょうど自宅がある方面に向かい、歩き慣れた道を進んでいた。
しかし周囲には夜人らと同じように学園の外を目指す生徒や来客者が多数いて、中々満足にスピードが出せない。
まさか彼らを蹴散らして進むわけにもいかず、人の波が作り出す強制的なうねりは、思った以上に邪魔だった。
「夜人ってば!」
周囲の人の集まりからは不安や焦燥に染まった喧騒が響いてきており、中には瞳を血走らせて、恐怖に駆られるようにがむしゃらに外を目指す者もいた。
恐らくそれは、あの“ヒト紛いの化け物”を実際に目撃した人だろう。あの異様で不気味な化け物の怖ろしさを目の当たりにして、どうにか離れようともがいているのだ。
その死への恐怖に塗れた空気はどんどんと伝播していき、この学園に何が起こったかまだ把握していない人にも容易く感染する。
生死の狭間を感じ取った剥き出しの感情に、言い訳や冗談は聞かない。
何よりも必死なその姿はどんな言葉よりもヒトの恐怖を大きく煽って、それがまた別のヒトの恐怖を煽る。
そんな負の循環を繰り返し、今や学園内は取り返しのつかない大騒ぎになっていた。
人々がそれぞれ人の話を聞かず、合理的な判断を行えるものがどんどんと減っていき、無秩序な人の波が生まれる。
そのせいで夜人たちはどんどん前に進みづらくなっていく。そして、問題はそれだけじゃない。
今も続いている学園内アナウンスによると、出現した化け物の数は少なく見積もっても十以上とのことだ。
今この場にあの化け物が現れる可能性も十分にある。その時、周囲がこんな状況では戦闘ができない。
最悪の事態を想定する。もしそうなった時、夜人が取るべき判断は……小夏を守ることだ。
夜人は握っていた小夏の手を引いて、一度この場から離れることを決める。この大通りは人が多すぎる。多少遠回りになるとしても、人の波がない方が早く学園の外に辿り着けるだろう。
夜人は背後にいる小夏とかえでの方に振り返った。
「おい二人とも、一旦ここを離れて――」
「夜人お願い聞いて!」
「っ!」
小夏が夜人に向かって声を張り上げる。その瞳には涙が溜まっていた。
夜人はそんな小夏から少し視線を逸らして、口を開く。
「無理だ」
「えっ?」
「小夏が何を言いたがってるのかは何となく分かる」
そう言って、夜人は視界の端を流れていく人たちに意識を向ける。
その中の多くは、夜人たちのように魔法の素質を持つ訳ではない一般の人たちだ。
この街で年を通して最大のイベントと言えるこの武闘祭に、楽しもうとやって来た人たちである。
激しく派手な
だが、
まさにこのような異常事態をそのチカラで以って収めるために存在しているのだ。
「化け物がまだ出てくるかもしれないから、他の人たちを守ろうってんだろ?」
「……」
「でもそれは俺たちの仕事じゃない」
夜人やかえで、小夏は別に
「だ、だけど、夜人、わたしは……」
「いや、無理だと思いますよ?」
何かを言いかけた小夏に、すぐ側からかえでが声を上げた。
「さっきあの妙な生き物が春風先輩や生徒会長と戦ってるのを見ましたけど、小夏先輩には普通に荷が重いと思います。まぁ小夏先輩が死んでもいいって言うのなら、ボクにそれを止める権利はないですけどー」
周りが騒がしいため、少し声を張るようにかえでが言う。ただその語調は酷く平坦で、ただ目の前にある事実をそのまま読み上げているようであった。
それを聞いた小夏は少し驚いたようであったが、すぐに視線を地面に落として唇を噛む。
小夏も理解していた。どうあがいてもアレが自分の手には負えないことを。
しかし、だからと言って“戦う”という選択肢を持っている自分が、周囲で逃げ惑う人たちを見捨てられるかというと、そうではなかった。
「……ほら、いくぞ小夏」
夜人は顔を下げたままの小夏の手を引っ張る。
彼も別に何も感じない訳じゃない。夜人が本気を出せば、守れる人の数は少なくないだろう。
だけど今、彼にとっての最優先事項は小夏の身の安全である。これだけは譲れない。
そして――。
「……」
その場から動こうとしない小夏を、夜人が抱き上げてでも連れて行こうかと考えた時だった。
荒れ狂いながらも大まかには学園の外に向かって流れていた人の波に、大きなどよめきが走ったのだ。
少し先の方から悲鳴の声が重なって聞こえ、人の流れが逆流し始める。
夜人はいつでも発動できるように準備していた感知魔法を使い、正面で何が起こったかを確かめる。
「一体か……」
大体の予想通り、人波が流れる正面にあの化け物が現れていた。
建物の影から姿を現したソレは、複数埋め込まれている目玉をこちらに向けると、ドスドスと地鳴りを上げながら迫り来ている。
それを見た人たちが叫びながら逆走して、流れが変わったのだ。
「……ッ!」
化け物が歩みを進めながら腕を正面に向ける。掌の先にはどんどんと魔力が集まっていき、凝縮され、凶悪なエネルギーの塊が生成された。
その魔力の流れには覚えがあった。
ついさっき、決闘場のフィールドに現れた化け物が撃ち放ったエネルギー塊。あれと全く同じ流れ。
間に合わないと夜人は悟る。
人が居なければ余裕だろうが、こうも辺りに人が散っているとどうしようもない。
なすすべもなく、夜人は感知魔法で化け物が凶悪なエネルギーの塊を射出するのをただ眺めていた。
そのままエネルギー塊は人の波の正面に吸い込まれるように進んでいき――――、
一番前にいた人たちに衝突する直前に、その軌道を変えた。
急激に上空へと折れ曲がるようにして、エネルギーの塊は浮かび上がり、空の彼方へと消えていった。
「っ!?」
何が起こったのだろうか。
夜人は瞬時に感知魔法の精度を上げて、人波の正面に居た人物に注意する。
「……しっぽ?」
そこにいたのは二人の少女だった。
片方は、長めの金髪を後ろで一つにまとめ、切れ長の瞳が特徴的な少女。
そしてもう一人は、ふわふわした長い髪と眠たげな瞳を持ち、もふもふの尻尾をのんびりと揺らしている少女。その頭からは狐のような獣耳がぴょこりと生えていた。
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