27.忍び寄る闇Ⅰ





「あはははははっ! いいっ、いいねぇっ、これはいいよっ。いい! くふふっ、あぁ、今回は中々いいものが出来たよ! 見れくれルージュ」


「随分とご機嫌のご様子ですね」


「ほらほら、これを見てくれよ」


 何処かにある広々とした地下室、くつくつと笑みをこぼしている少年の人影に加え、もう一つの女性の影があった。


 少年が、目の前のソレらを手で示す。


「これは……、もしかして魔導人形ゴーレムですか?」


「そう正解っ。でもただの魔道人形ゴーレムじゃないんだー。こいつらはモンスターの死体をこねて混ぜて作った試作品プロトタイプ。それがさぁ、思ったよりも出来がよくて」


「随分と数が多いですね」


「楽しくなって作りすぎちゃったからね。二十体くらいかな」


 少年の正面には、多くの歪な影が並んでいた。


「こいつらはボクが前に森で使った失敗魔法をさ、他に利用できないかなぁって思って作ったんだよ」


「モンスターの闘争心を狂わせる代わりに、理性まで飛んでしまうあの魔法のことですか?」


「そうそう。だからボクの命令が通らなかったんだよね。でもこの魔道人形ゴーレムなら、ボクの指示が通る。あの魔法でリミッターを外しても」


魔道人形ゴーレムにリミッターを……?」


「リミッターがあった方がいいんだよ。仮にも人工生命だからね。まぁ無くそうとすればできるけど、それじゃあ意味がない。リミッターが存在しないと、すぐに身体が崩れるんだ」


「なるほど、よく分かりました。それでこの試作品たちをどうするのですか。こんなにたくさんあると、流石に邪魔です」


 彼女は部屋の大部分を占めている多くの魔道人形ゴーレムを見て、少し眉をひそめた。


「大丈夫さ。ボクに考えがあるんだ。ちょうどこいつらの性能を試すのにちょうどいいところがある」


「……もしかして、武闘大会ですか?」


 少年の愉し気な表情から、彼女は少年の考えを予測する。


「そうそうそうっ! よくわかったね! そうだよ! あそこならいい塩梅の人間たちがいっぱいいる! まさに持ってこいだよ!」


「そんなことすれば流石に騎士団が動きますよ。余計に動き難くなります」


「いいじゃないか。得体が知れない内は奴らも下手な動きはできない。それにさぁ、そろそろ教えてやろうよ」


 少年が両手をおもむろに広げ、不気味なほど沈黙を保っている魔道人形ゴーレムたちを眺める。その血のように赤い口腔は裂け、笑みを形作っている。



「――人間たちにさぁ、襲われる側の恐怖ってやつを」






「――っ!!?」


 唐突に起こったその事態に、夜人は驚きを隠せなかった。


 夜人は小夏とかえでと共に、フィールドで行われていた凛と冬乃の試合を見下ろすように眺めていた。

 が、その試合の最中、突如として空から二体の化け物が降ってきたのだ。

 その二体はおおよそヒトに近い形をしていたが、ヒトではなかった。 

 まるで生命を冒涜するような姿形。気味の悪い形をしていた。


 そしてその異形の化け物たちは、躊躇なくフィールドにいた凛と冬乃に襲い掛かった。


 その様子を見て、観客たちは何が起こっているのか呑み込み切れていないようであった。ただ茫然と、フィールドに現れた異形に視線を注いでいる。

 

 それは夜人の横にいた小夏も同じであり、「……え?」と呟きながら、フィールドに注目していた。


 だがしかし、かえでは違ったようで、興味深そうな表情で化け物を眺めていた。この異常事態を楽しむように、口元が緩められている。



「あ、先輩っ」


 不意にかえでがそう言って、フィールドの方に眼を向けたまま夜人の服を引っ張る。


「なんかやばそうです」


 かえでの視線の先、二体の内の片方の化け物がその歪な手をこちらの方に向けていたのだ。掌の先にはどんどんと魔力が集まっていき、凝縮され、凶悪なエネルギーの塊が生成される。

 化け物は無数にある眼球のいくつかを夜人たちがいる方に向けると、なんの躊躇もなくエネルギーの塊を射出した。

 その塊は驚異的なスピードで大気を切り裂き、観客たちが試合の激しい戦いに巻き込まれないように張られた障壁バリアーを易々と打ち砕いた。

 バチッと電撃が弾けたような音がして、フィールドと客席の間が激しく明滅する。

 

(ウソだろ――!?)


 その理解が追い付かない光景に、夜人は心の中で叫び、咄嗟に魔道武装マギアデバイスを展開する。

 そして、自分の相棒である黒刀の切っ先を正面に向けた。


「――《破弾デストカノン》」


 黒刀の切っ先の少し前方に魔力が高速で集中し、破壊のみを目的としたエネルギー弾が生成と同時に射出される。


 化け物が放ったエネルギー塊と、それより小さい弾丸が空中で衝突する。

 大気に震えが走り、一瞬の拮抗を経て、二つのエネルギーの塊は破裂するように消滅した。


「はぁ……っ。っぶねぇ……っ」


 夜人は息を吐き出しながら、フィールド上にいる化け物を睨みつけた。

 もし今、夜人が何もしなかったらあのエネルギー塊は確実に客席を襲っていた。実際にそうなっていた場合のことは、考えたくもない。


「え、え……?」


 小夏はたった今、エネルギーの塊同士がぶつかり合って消滅した跡を、ぽかんと口を開けて見つめていた。


「先輩せんぱいっ!」


 かえでが夜人の服をグイグイと引っ張り、フィールドの方を指さす。その顔はワクワクとうずうずが止まらない様子で、まるで遊園地を前にした子供のようである。


「なんだよっ」


 原因も不明な異常事態のため、余裕のない顔で夜人が言う。


「先輩っ、ボク、あっちに行っていいですかっ?」


「はぁっ? お前なに言って」


 現在、フィールドでは二体の化け物を相手に、凜と冬乃、そして教員の男が戦っていた。化け物の動きはさほど早くないが、激しい攻撃を受けても平然としており、凜たちの表情は苦しそうだった。



『――緊急の連絡をします』



 その時、遠くから響いてくるような声が、その場に届いた。

 ざわざわと騒いでいる客席の喧騒の中でもハッキリと聞き取れるような不思議な音声で、連絡が冷静に続けられる。



『学園全域に脅威性の生命反応を多数感知しました』



「全域……?」


 夜人が呟く。


 それが意味するのは、この異常事態が起こっているのはここだけではないということ。

 そんなことが偶然や何かで起こるはずがない。

 まして、あの化け物は決して自然に生まれていいような生き物じゃない。


 詰まるところ――、襲撃だ。

 明確な意識と意図を持った何かが、この学園を襲っているという事実。


 

『大変危険です。繰り返します。学園全域に脅威性の生命反応を多数感知しました。大変危険です。速やかに学園の外に移動してください。繰り返します。大変危険です。速やかに学園の外に移動してください。

 魔道戦士ブレイバーの資格を持つ教員は、来客者、生徒の安全を守り、学園の外に誘導してください。繰り返します。魔道戦士ブレイバーの資格を持つ教員は――――」


 

 冷静なアナウンスが響く中、フィールドで凛と冬乃、教員の男が異形の化け物と戦う中、その瞬間は不意に訪れた。



「うわあぁぁぁぁぁああっ!!!」



 客席の中の誰かが恐怖に誘われた叫び声を上げ、それをきっかけに堰を切ったように客席中が悲鳴に包まれる。

 不安に染まった叫びと騒めき、子供の泣き声が混じり合う。

 次々に立ち上がり、この決闘場から逃げ出そうとする人たちが出入り口に集中し、混乱が起こっている。所々で怒号も上がっていた。


「わぁぁっ、何か凄いことになってますねー先輩」


 かえでは観客のあちこちで起こっている混沌とした様を眺め、不謹慎にも楽しげな笑みを浮かべていた。


「ねーねーっ、先輩。先輩も一緒にあっちいきません?」


 かえでが向ける視線の先のフィールドでは、未だに化け物と凛たちが戦っていた。

 彼女はどうしてもあの場に行きたいようだ。


 彼女にとって優先すべきは、自分の身の危険よりも、先の見えないスリルなのであろう。


 だが、夜人はかえでの眼を見てハッキリと言う。


「ダメだ」


「えーっ」


 かえでが不満そうに唇を尖らせる。だが、夜人の言葉に逆らう気はないようで、ただ羨ましそうに化け物と戦っている凜たちを見ている。


「小夏逃げるぞ。かえでも一緒に来い」


 夜人は右手に黒刀を握ったまま、小夏の手を取る。


「え? 夜人、で、でも」


 夜人に手を引かれた小夏が、フィールドと大騒ぎになっている客席の方を、気にしたように見ている。


 小夏の考えていることは分かる。

 彼女は化け物と対峙している凛たちや、自衛の手段を持たない来客者たちの身を案じているのだ。

 だが、この人数を全員守り切ることなど不可能だし、凛たちはその実力もあってか、今すぐ危険に陥ると言う程でもなさそうだ。むしろあの異形の化け物たちを押しているようでもある。

 それにこの場にいる皆を守るのは、夜人たちの役目ではない。

 それはアナウンスの中にもあったように魔道戦士ブレイバーの資格を持つ者の役割だ。


 だが、そのことを説明している時間はないし、言ったとしても小夏は納得しないだろう。


 だから夜人は強引にでも小夏の手を引っ張る。


「ほら、行くぞ」


「はーい先輩」


 困惑した小夏、思ったより素直に付いて来たかえでと一緒に夜人は流れてくる人の波に逆らうように走っていく。そして、周囲に他の人がいなくなったあたりで、決闘場をぐるりと取り囲んでいる壁の前に立った。


「かえで、ここ壊せるか?」


「楽勝ですよっ。任せてください。――展開アクティベート


 かえでが魔道武装マギアデバイスを展開し、彼女の両手に物騒なデザインの拳鍔ナックルダスターが装着される。


「よい、しょっと」


 かえでが軽い動きで拳を振り抜き、壁を貫く。硬い破壊音が響き、破片がそこら中に跳び散った。

 飛び散る破片が収まった後、かえでの前にはぽっかりと大きな穴が口を開けていた。


 夜人はその穴の向こうを覗き込む。地面まではかなりの距離があるが、特に障害もなさそうで、ここから飛び降りれば決闘場の外に出られそうだ。

 

「よし、いけそうだな」


「まー、化け物が出たのはここだけじゃないっぽいですからねっ。もし化け物が出てきたらボクに任せてください」


「夜人。わたし……」


「話をするのは後だ。行くぞ」


 そう言って、夜人は小夏の背を押して、壁の穴の方に押しやる。

 小夏は何か言いたげだったが、結局夜人に押されるまま穴から飛び出す。夜人は小夏が無事に地面に降り立ったことを確認すると、今度はかえでを促した。

 かえでは躊躇なく地面に飛び降りて、それに夜人も続いたのだった。

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