26.女王と戦姫Ⅱ





(――速い!)


 冬乃が操る二振りの剣の猛攻を、凛は強く握りしめたその剣でなんとか裁き切っていた。

 しかし凛の表情に余裕は見えない。彼女の額に汗が浮く。


 金属同士がぶつかり合う甲高い音が、しんと静まったフィールドに連なって響き渡る。

 つい先ほどまであんなに暑苦しく騒ぎ立てていた観客たちも、何かに囚われたように、無言で彼女らの戦いに視線を奪われていた。



「――――ッ!」


 冬乃の双剣が織りなす斬撃の乱舞は恐ろしいほど速く、一つ一つ全てが重かった。

 華奢な彼女の見た目からは想像もできないほど力強い剣撃。

 だというのに剣筋は流麗で、気付けばその完成された動きに目を奪われる。芸術とでも言いたくなるような美しい剣技、舞を踊っているようにすら錯覚してしまう。


 そんな冬乃の双眸は氷のように凍て付いており、ずっと冷静に凛の動きを見つめていた。だがそんな口元には一見穏やかな笑み。

 凜にはそれが、自分が嘗められているように感じた。



 冬乃が繰り出す怒涛なのに繊細な剣技を、凜は長剣を両手で構えて受け続ける。


(私が受けにまわるなんて……っ)


 凛は苦しさを感じていた。正直に言って予想以上。

 慢心はしていないつもりだったが、心のどこかでやはり図に乗っていたのかもしれない。

 学園トップの座――“戦姫”の名は伊達じゃない。

 同学年の雑魚たちを相手にする時とは、まるで違う。

 いま相手にしているこの白い少女は、本気で自分を殺やりに来ているのだ。

 なぜなら、勝つために。


「……ぐっ」


 凛は、彼女の双剣を剣の腹で同時に受け、わざと大きく弾き飛ばされる。それに合わせて、大きく背後にステップ。

 一旦体勢を立て直すのが狙いだった。


 しかし白い少女はそれを許さない。


「――《凍嵐ブリザード》」


 小さく唱えたのは、冬乃が得意とする氷系統の魔法の一つ。


 彼女を中心に吹雪が吹き荒れて、周囲の温度と、凛の視界を一気に奪う。一体が瞬時に凍り付いて、氷の地面が生まれる。


「チッ!」


 凛は思わず舌打ちした。


(やられた。距離を取ったのは間違い――――)



「――《氷弾アイスバレッド》」


 苦もなく連続で魔法を使用する冬乃。彼女が生成した氷の弾丸が、凛を狙って突き進む。


「っ!?」


 凛は視界の効かない吹雪の中で、唐突に飛来した氷のつぶてを剣で弾き返した。

 だが無理な体勢で剣を振ったため、バランスが崩れる。


 その時既に、冬乃は凛の正面を捉えていた。

 冬乃はタッと凍った地面を滑ることなく蹴り、回転しながら凛を間合いに入れる。そのままの勢いを全て二振りの剣に乗せ、冬乃は凛に双剣を叩きつけた。


 両手で持って凛はその一撃を剣の腹で受け止めようとした。


「っぅ――ッ」


 しかし回転の勢いも加えた冬乃の一撃を防ぎきることは出来ず、凛は後ろに大きく吹き飛ばされる。


 ゴロゴロと凍てついたフィールド上を滑り転がりながらも、凛はどうにか体勢を整えて地面に足をついた。

 そして手の平を、冬乃の周囲で吹き荒れている吹雪の方に向ける。


「鬱陶しいのよその魔法! ――《炎撃ブレイズド》!」


 ボッと彼女の手の平から巨大な炎が吹き出して、冬乃の周囲を一気に包み込んだ。


 吹き荒れていた吹雪は一瞬にして蒸発し、炎の渦に冬乃自身も飲み込まれる。


 そして炎が全て消えた後、その中から自分の周囲を氷の壁で覆った冬乃が現れた。

 彼女は氷の防御壁を溶かすように崩し、和らげな微笑みを凛に向ける。


「冬乃、驚きました。まさか一年生がここまで高度な魔法を使ってくるなんて」


「ふんっ、あんたに言われても嫌味にしか聞こえないわ」


 鼻を鳴らす凛。

 

 凛は剣の切っ先を冬乃に向かって突き付けると、高らかに宣言した。


「絶対に勝ってやる」


「いいえ、あなたには負けません。絶対に」



「……」


 ふぅと凜は大きく息を吐き出すと、狼のように鋭い瞳で冬乃を射抜いた。

 一方冬乃はそれを受け、にこりと笑う。


(さて、ここからが勝負よ)


 そう。ここまで様子見、準備体操と変わらない。


 その証拠にあれだけの剣戟を繰り広げたにも関わらず、凜は一切息切れをしていなかった。

 そしてそれは、正面にいる少女――冬乃も同じである。


 凛と冬乃の視線が交差する。ここからが本番。魔道戦士ブレイバーを目指す者として、己の価値と誇りを賭け、全霊で剣を交えるのだ。



「――――ッ!?」


 が、その時、フィールドに大きな地響きが起こった。



 轟いた音は二つ。

 一つは冬乃の背後、もう一つは凛の背後で鳴り響いた。


 ソレは異形だった。

 恐らく生き物ではあるのだろう。

 ソレは四肢を持ち、二本の脚で立っていた。

 形だけで言えば、それはヒトに似ていた。


 だがヒトではない。図体は優に三メートルを越え、皮膚の色は場所によってまちまちで纏まりがなく、動物がもつ牙や爪のようなものが至る所からトゲのように突き出していた。

 拳は厚く首は短い。目玉が多く、もしあれの全てが視野を持つならソレに死角はないだろう。


 まるで戦いを行うためだけに無理やり造り出されたようだった。


 その二体のソレは、不気味な唸り声を上げながら、無造作な動きで両腕を振り上げ、ほぼ同時に背後から凛と冬乃に振り下ろした。


「っ!」


 凛と冬乃は咄嗟にその攻撃を避け、互い背中を合わせると、異形の生き物に向け剣を向ける。


「なんなのこいつら……っ」


 凜は顔をしかめ、吐き捨てるように言う。


「どうやら空から降ってきたようですね。逆に言えば、それだけしか分かりませんが……」


 冬乃も笑みをなくし、眉をひそめた。



 唐突に起こった異常な出来事に、客席の人々は戸惑っているようであった。

 歓声が鳴り止み、代わりに不安が入り混じった騒めきが響き始める。


 二体の異形の生き物は、共に凛と冬乃の方を向いていた。

 否、その表現は少し間違っている。


 そもそもソレには目玉がいくつもあり、人型とはいえ、四肢の関節がまともではないようだった。

 

 不意に異形の生き物の内の一体が、片腕を彼女たちではなく客席の方へ向けた。

 ソレの手には魔力が集まり始め、純粋なエネルギーの塊が生成される。


「……え?」


 凜が違和感を覚えた時には遅かった。

 きっとこの二体の異形は私たちを狙っているのだろうと思い込んでいた。


 客席の方へ腕を向けたソレの掌からは、人を殺すのに十分足り得るエネルギーの巨大な塊が射出される。

 そのエネルギーの凶器は、観客席の正面に張られていた障壁バリアーを軽々と貫いたのだった。

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