25.女王と戦姫Ⅰ
「……およ? 先輩、なんか人減ってません?」
右手にイカ焼きとりんご飴を持って、左手に山盛りの焼きそばを持っているかえでが、不意に周囲を見渡して首を傾げた。
「そういや、そうかもな」
武闘大会という名の催しにも関わらず、夜人たちは生徒たちの武闘試合を一つも見ることなく学園内を回っていた。
学園のあちこちでは、中等部の生徒たちがほぼ学園祭の時と同じように屋台やら何やらを出しているので、それを楽しんでいたという訳だ。
まぁ主に、視界に入った食べ物をかえでが片っ端から購入して、それに夜人と小夏が付き合っていたという形だが。
夜人もかえでに言われて気が付いたことだが、学園を回り始めた当初は鬱陶しいほど賑わっていた周囲が静かになっている。というよりも、単純に人が減っているのだ。
「ちょっとかえでちゃん、また口の周りに色々ついてるよ」
小夏が、どうやら常備しているらしいウェットティッシュでかえでの口元を拭く。さっきも似たようなことやっていた。
お前はお母さんかと夜人は思う。
「わー、ありがとうございます。ところで小夏先輩、なんで急に人が減っちゃったんでしょう」
「あぁ、うん。それなら、もうすぐ春風さんの試合があるからだと思う」
「……? それだけで人が減るか? いくら春風が凄いって言っても」
夜人は首を捻った。
「そうですよ。春風先輩よりもボクの方がずっと凄いし可愛いです」
「いや、そういうことじゃなくてだな」
「えーっ、先輩は春風先輩の方が可愛いっていうんですか?」
「だから違うっつってんだろ」
「ちょっとー、怒鳴るならもう少し気合いれて怒鳴ってくださいよ。あの時みたいに」
「誰も怒鳴るつもりなんかねぇよ。だから、そうじゃなくてだな。……お前ほんとに頭大丈夫か?」
「うぇっへへ、もっと言ってください」
「お前もう黙れ」
夜人がかえでの頬を鷲掴みにするようにして、口を塞いだ。もがもがとかえでがうめく。
「ひぇんはい、らんらんほくへのらいどにひぇんおがやうあっえいあしあね」
かえでは『先輩、段々ボクへの態度に遠慮がなくなってきましたね』と言ったのだが、もちろん夜人には伝わっていない。
「それで、小夏、なんで春風さんの試合があるから人が減ってるんだ?」
夜人がかえでを無視して小夏を見る。
「……。あっ、あぁうん、えっとね。もうすぐ、春風さんと生徒会長の試合だから、みんなそれを見に行ったんじゃないかなって」
「“戦姫”か……」
桜華学園高等部二年生、
春風凛が高等部一年生の最強だとすれば、冬月冬乃は学園最強。
容姿も相当優れており、憧れる者も多い。知名度で言えば、間違いなく学園トップ。
お姫様のような風貌と佇まい、その類い稀な強さから付いた二つ名が『戦うお姫様』こと“戦姫”。
高等部武闘大会は四つのブロックに分かれているのだが、前大会でのベスト四は予選を免除されて各ブロックに分けられる。
つまり一年生の生徒は、その枠に入る余地がないのである。
結果として、一年生最強の春風凛と、昨年、一年生にして優勝した学園最強の冬月冬乃が初日に当たることもあり得る訳だ。
冬乃には劣ると言えど、凛も学園ではかなりの有名人だ。
中等部の頃からその強さは噂になっている。それは昨年の中等部武闘大会にて、圧倒的な強さを見せつけ優勝したことで確かなものとなった。
丁度昨日、隣で口を塞がれモゴモゴ言っているかえでが、似たようなことをやったように。
そんな凛と冬乃が初日から勝負するのだ。ならば、それなりの注目を集めるのも納得である。
「なるほどね」
「うん、なんか事実上の決勝戦とも言われてるって」
「へー。全然知らなかったな」
「結構噂になってたけどね。……ねぇ、夜人、かえでちゃん」
小夏が夜人と、口を塞がれモガモガ言っているかえでを順に見て、口を開く。
「わたし、その試合見に行きたいんだけど、いいかな?」
〇
「すげぇ人だなおい」
春風凛と冬月冬乃の試合を見るために、第一決闘場に移動した夜人たちだったが、彼はその人の多さに驚愕する。
学園で一番大きい決闘場の観戦席が、余す所なく埋まっていたのだ。
立ち見で観戦するスペースもほとんど埋まっていたが、夜人たちは何とか三人で入れるスペースを見つけてそこに入る。
「むー、ボクの時より人が多いってのが気に入りませんね……」
夜人の隣では、かえでがフィールドを見つめながら頬を膨らませている。
「すごい熱気だね」
小夏が感心したように呟いた。
「たしかにな」
事実上の決勝戦とも言われているらしいが、間違いなく決勝と同等の観戦客がこの場には居る。
「でもボク、そういえば会長さんが戦ってるの見たことないですね」
「去年の試合は見なかったのか?」
「だってボク、今年の春に留学してきたんですもん」
「へー。ん……? でもお前、春風さんが自分より弱いとかどうみたいなこと言ってなかったか? それなら春風さんの試合も見たことないだろ。なのにそんなこと言ってたのか?」
「あぁ、いえ。見ましたよ、予選の試合を。クラスの女の子があんまりにも春風先輩が凄い凄いって煩かったので、どんなもんかなぁって。まぁ、大したことはなさそうでしたけど」
「お前なぁ」
「す、すごいね……。春風さんのことをそんな風に言えるなんて」
夜人とかえでの会話を横で聞いていた小夏が、どこか落ち込んだ様子で言う。
「わたし、春風さんに負けちゃったから……」
「あー、そうなんですね。でも気にすることないですよ。アレくらい、ちょっと頑張ったら勝てるようになります。ちょいちょいっでいけますよ」
「あはは、ありがとうかえでちゃん。うん、わたし、頑張るよ」
「……そうだな」
血を飲んだだけで、見る世界が変わってしまった夜人は、その会話に神妙な表所を浮かべた。
元々本来の自分のチカラだと言われても、納得しきれない部分があるのだ。恐らくそれは、気持ちの問題なのだろうけど。
その後は、割とどうでもいい話題、主にかえでがさっき食べたもので何が美味しかったなどについて、ほぼ一人で喋っていると、試合開始が近付いてきたらしく、解説のアナウンスが流れ始めた。
『――さぁさぁ皆さんっ! 盛り上がってますかーっ!? そろそろ試合の開始が近付いてまいりましたので、Bブロック第二試合の前解説に入りたいと思います! 解説者は昨日の中等部試合決勝の解説も務めました高等部一年の
まずは一人目――っ。昨年度中等部大会の優勝者っ。堂々たる凛とした佇まいはまさに名の体現! 高等部一年生、春風凛選手ですっ! その身に宿す実力はまさしく本物! 細身の
さてさて、そしてっ。そんな凛選手のお相手となるのはなんとっ、この桜華学園のトップに立つ生徒会長――高等部二年生の冬月冬乃選手です!』
ワァァァッ! と、客席から一際強い歓声が湧く。
凜が紹介された時にも歓声が上がったが、それ以上の興奮度であった。
『凄い歓声ですねーっ。ですが、それもそうでしょう。冬乃選手はこの学園一の有名人とも言える人物です! 可憐な容姿、戦う姿の圧倒感と舞うような美しさから、彼女には“戦姫”という二つ名もついています! 得物は双剣、得意な魔法は氷属性。未だ冬乃選手が繰り出す剣舞と無慈悲な氷魔法に太刀打ちできた者はいないと聞きます!
おっとっ、私としたことが大切なことを言い忘れていました。凜選手が昨年度、中等部大会の優勝者であるのに対し、冬乃選手は昨年度高等部大会の優勝者であります!
冬乃選手、凜選手は共に無類の強さを今まで誇ってきた女性たち。これは面白い試合になりそうですねーっ。私、ワクワクしてまいりましたっ!』
そうして、決闘場の両端から、二人の少女――春風凛と冬月冬乃が入場してきた。
第一決闘場の会場に歓声と熱気が席巻する。
多くの者がこれから始まる試合に期待を寄せていた。
魔法の才を持つ者が生まれ得るようになったこの世界で、
そんなこの世界において、人々を守り、未来に新たな可能性を示す
故に強ければ強いほど、
そのことは
今から凛と冬乃は互いの力をぶつけ合い、強さという名の己の価値を証明するのである。
彼女たちは中央付近まで歩み、一定の距離を取った状態で向かい合う。
審判担当の教員が二人に指示を出し、凜と冬乃がそれぞれ
凛の手には赤く彩られた細身の
(これが……、冬月冬乃)
自らの正面にいる小柄な少女。
凜は冬乃の顔を見据え、長剣を握りしめた。
腰まで届きそうな長く艶やかな銀髪。まつ毛の長い円らな瞳。今にも折れてしまいそうな華奢な身体。腕も細く、脚もスラリと細い。肌は陽の光を一度も受けたことがないように白く。
少し触れるだけで何かがズレてしまいそうなその儚げな様は、降り積もった処女雪のように神秘的だった。
まるでおとぎ話の中からそのまま飛び出してきた印象を受ける。
身体つきだけを見れば、この小さな少女が学園のトップだと何かの間違いだと思ってしまいそうだ。
だけど、こうして相対してみて分かる。
その佇まい。奥が見透かせない威容。落ち着き払った雰囲気を感じ取れば、一筋縄ではいかないというのが理解できた。
ここで凜が彼女に勝利すれば、学園のトップを名乗ることが出来る。そうすれば、目標にまた一歩近づく。
「あなたが冬月冬乃? こうして直接会うのは初めてだけれど、随分と小さいのね」
「はい。初めましてですね凜さん。あなたと会うことが出来て、冬乃はとても光栄です」
冬乃はにこりと丁寧に凜に笑いかける。
一見すれば、可愛らしく無邪気な笑顔だが、凜にはその真意が見えなかった。
(やりにくそうな相手ね……)
「先輩には悪いけれど、今回は私に負けてもらうわ」
凜は少し抱いてしまった不安をかき消すように、冬乃の瞳を見てそう宣言した。
「いいえ凜さん。勝つのは冬乃です。冬乃、負けることが大嫌いなので」
あくまでも笑顔は崩さず、だが少しだけ張りつめた声音で冬乃は受け応えた。
全く動じない冬乃に、凜は顔をしかめる。
「――それでは、試合開始です」
二人は鋭敏に研ぎ澄ませた感覚の端っこでその合図を受け取ると、同時に地面を蹴りつけたのだった。
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