24.武闘大会三日目
本日から高等部武闘大会の本選が開始される。
昨夜、血で濡れた服のままで帰宅した夜人は、その後、それを見た妹のティーナと色々あって寝るのが明け方近くになったため、高等部武闘大会の開始日とあってもさほど気に掛けることもなく、ベッドの上で熟睡していた。
だが、午前の八時を過ぎた頃、枕元に置いた夜人のスマホが着信音と共に振動する。
「……んぁ?」
睡眠が足りないと訴える身体に鞭を打って、夜人を抱き枕にしているティーナを引き剥がすと、半分眠った脳のままスマホを通話状態にする。
「……ふぁい」
『あ、ご、ごめん。夜人、もしかして寝てた?』
「……あぁ、小夏か……。あぁ、うん、昨日寝るのが遅くなってな……」
というより、眠りについたのはさっきであった。
『そ、そっかぁ……。それじゃぁ……、えっと』
「……ん? 何かあったのか?」
『あぁ、うん。えっとね?』
と、控えめな声で小夏が何かを言いかけた時。
「おにぃちゃぁん……っ。えへへ……っ」
寝ぼけた声と共に、ティーナがまた夜人に絡みついてきた。
「あぁ、ごめん。ティーナがちょっと……。……小夏?」
『よ、夜人……っ』
数秒の無言の後、小夏の震える声が返ってくる。
「な、なんだよ……」
そのただならぬ気配に、思わず夜人の声も震える。
『もっ、もも、もしかして、ティーナちゃんと……、いっしょに、寝てない……よね?』
「え? いや……、寝てるけど?」
寝起きということもあってか、素直に返答する夜人。若干の鈍感も入っているかもしれない。
『……。ごめん夜人、この前は聞かなかったけどティーナちゃんって、……何歳だっけ?』
「……」
(……そういや俺、ティーナの歳しらねぇな)
だが、妹の年齢を知らないというのも、おかしいだろう。
今の夜人が十七歳でそれより下であることは間違いないだろうから……。
えっと…………。
十四歳くらいだろうか。
確かに、見た目だけで考えたらティーナはそれくらいなのだが、言動が割と幼いので、さらに下の可能性もある。
(……わかんねぇ)
夜人は悪いと思ったが、通話口を押さえて軽くティーナを揺する。
「……ふぁ、おにぃひゃん?」
九割五分くらい寝たままモードのティーナ
「起こしてすまんティーナ。お前って、何歳?」
「…………ふぁい。十六……、だよ。……すぅ」
そう言ってティーナはまた眠りに落ちる。
「はっ!? 十六!?」
『えぇぇっ! 十六歳っ!?』
通話口を押さえた手をつきぬけて、衝撃の事実が小夏にも伝わる。
『ちょっと夜人っ!? ダメだよ、そ、そんな! ていうかわたしと同い年じゃんっ! そんな年頃の女の子と一緒に寝るのはだめだよぉっ』
「い、いや、でも妹だし……」
『“いもうと”って言っても従妹の
不意に通話口の向こうから、ドタバタじゃれ合うような声が聞こえたと思ったら、聞こえてくる声が入れ替わった。
後ろの方で小夏がわーわー喚いている声が聞こえてくる。
『あーもしもし? 衆印くん?』
「えー……、もしかして、
天木優子。クラス内でも小夏とよく一緒に過ごしている女子生徒だ。
『うんそう。今ね、私たち、武闘祭に来てるの。だから今すぐ衆印くんも来て、場所は第一決闘場の銅像前。来なかったら小夏が泣くよ? それじゃあ』
一気にまくしたてられ、ブツっと音を立てて通話が切れる。
「……何だったんだ今の」
〇
「あっ、夜人……。来てくれたんだ」
夜人が学園の指定された場所に向かうと、そこには私服姿の小夏が待っていた。
「あぁ、まぁな。あの後電話かけても繋がらなかったし」
そんな訳で、言われた通りなるべく早く学園を訪れた夜人であった。
「そう言えば、天木さんは?」
きょろきょろと辺りを見渡すが、優子の姿は見つからない。それにしても、学園内はとても賑わっていて、人が多かった。
「うん、優子、わたしのスマホ持ったままどこか行っちゃって」
申し訳なさそうに笑う小夏。
「ごめんね、夜人寝てたのに」
「あぁいや、別にいいよ。もう眠気は飛んだし。にしても、俺がなんで呼び出されたのかがよく分からないんだが」
「えっと、それは……」
小夏が俯いて、自分の両手をもてあそび始める。それを見て、夜人は不思議げに首を傾げた。
「よ、夜人」
何かを決意したように顔を上げて夜人を見る小夏。
夜人はそのただならぬ気配に少し気圧される。
「お、おう」
「わたしと一緒に、その、武闘祭見て回らない……?」
小夏が頬を朱に染めて、そう告げる。
それに吊られたように夜人の顔も少し赤くなる。
「それって――」
その時だった。
「――せんぱぁぁぁあいっ!」
「ぐぉっ」
夜人の身体に何かが凄まじい勢いで衝突してくる。
夜人は咄嗟に足を踏ん張って、何とかそれを受け止める。彼の視界の端に、狐のようなもふもふの尻尾が入り込む。
それを見て夜人は何が突撃してきたのかを悟る。
「か、かえで、てめぇっ。あぶねぇだろっ! ビビるわ!」
「えへへー、でも先輩はちゃんとボクを受け止めてくれたじゃないですかー」
「そういう問題じゃねぇんだよ!」
昨夜、夜人を襲撃して血みどろの戦いを繰り広げた
「せんぱーいっ。ふふっ、また会えましたねー」
尻尾が興奮するようにブンブンと振られていた。
「はぁ……」
頭が痛い。寝不足の頭だから余計にガンガンと痛む気がした。
かえではそのまま夜人の腕を取ると、小夏の姿に気が付いて首を傾げた。
「先輩、この人誰ですか?」
「……お前がそれを言うか」
小夏は目を丸くして、唖然と口を開けたままかえでを見て固まっている。
「よ、よ、夜人……。その子は……、もしかして」
少し我に返ったらしい小夏が、口を開いた。
「あー、うん、そうだ。昨日中等部の大会で優勝した、かえで」
「か、かえで……」
小夏の視線が、夜人の腕に押し付けられている豊かな双丘に注がれる。それから小夏は自分の胸元を見下ろして絶望したような表情を浮かべた。
「ねーねーっ、先輩。この人誰なんですかーっ」
かえでがさらに強く夜人の腕を抱き寄せる。
「あ、あぁ。
「へー、じゃあ小夏先輩ですねっ。小夏先輩、ボクは
かえでは愛嬌の溢れる顔で小夏に笑いかける。彼女の本性を知らない人であれば、一瞬で気を許してしまうような表情だ。
だが夜人は知っている。この少女が度を越した変態だということを。
自然と、夜人がかえでを見る目付きが胡乱げなものになる。
「うへへっ。そういう目で見られるのもいいですね……っ」
「はぁ……、もうお前は……」
夜人が呆れていると、小夏が戸惑い交じりに夜人に話しかける。
「し、知らなかったな。夜人って、その子……かえでちゃんと仲良いんだね」
「あー、まぁ。仲が良いとは違うと思うけど、ちょっと色々あってな」
「そ、そう。色々……」
「小夏先輩っ、よろしくおねがいしますねっ?」
「うん。よろしくね」
小夏は笑顔でそう言ったが、その視線の先はかえでと夜人の密着部分に固定されている。
「てか、かえでお前いい加減に離れろ」
夜人はかえでに掴まれていた腕を強引に振りほどく。
小夏の視線が妙に不穏だったのと、このまま密着されていたらこの変態相手に妙な気持ちになりそうだったのと、普通に鬱陶しかったからだ。
「あぁんっ、もうっ、先輩ってば、ほんと連れないんですからーっ。まぁそう言う所もいいんですけど」
夜人はそれを無視して小夏の方を見る。
「すまん小夏。こいつのことは気にしないでくれ」
「あは、あはは……、なんていうか、思ってたより面白い子なんだね」
「ふふっ、小夏先輩、ボクと仲良くしましょうねーっ。なんだかボク、小夏先輩のことも好きになれそうですっ」
そう言ってかえでは小夏の手を取る。
小夏は若干戸惑った笑みを浮かべつつも頷いた。
「うん。あ、そういえばね、かえでちゃん、一つ聞いてもいいかな?」
「はーい。なんですか小夏先輩?」
「かえでちゃんって、お姉さんいるよね?」
「いますよー、一つ上のお姉ちゃんが。先輩たちと同じ学年ですね」
「え、マジで?」
意外な事実だ。かえでの姉ということは、彼女と同じ
だが、そんな話は聞いたことない。
「うん、別のクラスにかえでちゃんと同じ苗字の
「へぇ、全然知らなかったな」
「まぁお姉ちゃんは、地味というかやる気がないというか、目立ちませんからねー。ボクと違って」
くすりと微笑むかえで。一見無邪気な笑みだが、夜人の眼にはどこか意地悪く映った。
もう夜人にはかえでを真っ直ぐ見ることができない。
「…………」
「……? どうしたんですか先輩、変な顔して」
「なんでだろうな……」
そこで夜人は、自分がここにやって来た理由を考え、かえでが登場する前に小夏が言った言葉を思い出す。
「そういや小夏。俺と一緒に武闘祭見て回りたいんだっけか」
「あっえっと……。うん、そう……」
小夏もまた思い出したような仕草をして、少し顔を俯かせる。彼女の耳が赤くなっているのがうかがえる。
「えっ、先輩たち、今から武闘祭回るんですかっ? じゃあボクも一緒に行きたいですっ。いいですよねっ?」
かえでが獣耳をピンと立て、夜人というよりも小夏に向けてそう言った。その口元は、何かを楽しむように緩んでいる。
(またこいつ変なこと考えてるな……)
夜人は呆れる。何を考えているのかは分からないが、何かを考えていることは分かる。
「……う、うん。もちろんいいよ。三人で回ろ?」
「やったー。先輩もいいですよね? まさか断ったりしませんよね?」
「好きにしてくれ」
どうせ何を言ってもかえでは付いてくるだろう。
そんな感じで、夜人は小夏とかえでと三人で武闘大会を見て回ることになった。
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