22.夜闇からの襲撃Ⅱ





 夜闇の中、突如として夜人に襲撃を仕掛けてきたのは獣人ベスティアの少女、杠葉ゆずりはかえでだった。

 彼女はほん一時間前まで、学園の決闘場で武闘大会の決勝試合に出場していたのだ。そんな彼女が、何故?


 夜人は怪訝な表情をつくり、半ば放心状態になっているかえでに話しかける。


「えー……。かえでちゃん。何でこんなことしたか、教えてくれるよな?」


 夜人は少し語気を強めて言った。場合によっては、ただでは済ませない。


「せ、せんぱぃ……っ。んっ、その前にまず……っん、ボクのしっぽ、離してほしいですぅ……っ。っぅ」


 かえでは潤んだ瞳で夜人を見上げ、ふにゃふにゃの声音で訴えかける。


「あっ」


 夜人が脚だと思って掴んだのは、かえでの尻尾であり、彼女はそのせいで力が入らない様子であった。頭に生えている獣耳も、ペタンと倒れていた。


「あ、あぁ、悪かったな……」


 少し気まずい感じになって、夜人は尻尾をパッと離す。――――が。


「――っっぅ!?」


 ドスン! と至近で大砲でもぶち当てられたような衝撃。

 ほぼ反射だけで腕を挟み込んでガードしたが、そうじゃなかったら鳩尾に今の衝撃が入っていた。


 衝撃をモロに受けて背後に吹き飛ばされる。一瞬飛びかけた意識を覚醒させて、夜人は逆方向に魔法で風を生み出すことで勢いを殺した。


 なんとか両足で地面に着地して、前方を睨む。


 ジンジンと腕が痛みを叫んでいる。折れてはいないが、ヒビが入ったかもしれない。


「すごい。今のも防いじゃうんですねー。さすが先輩♪」


「て、てめぇ……っ」


 かえでは蹴りを放つために持ち上げた脚をゆっくりと戻して、立ち上がる。そして、自分の大きな尻尾を片手で持った。


「でも、せんぱーい。強く握り過ぎですよー。ボク、ちょびっと本気で感じちゃいました」


 そう言って、かえでは頬を赤らめる。


獣人ベスティアの尻尾はデリケートなんですから、女の子のものを触る時は特に気を付けなきゃダメですよ? 場合よっては本気で嫌われます」


「んなこと俺は知りたいんじゃねぇよ。何が目的だ」


 夜人は殺気にも近い気迫で、かえでを射抜く。


「いいですねーっ。そういうのゾクゾクします……っ」


 かえでは身体を震わせて、自分の身を両手で抱いた。


「調子に乗るなよ……。痛い目がみたいんだったら、素直にそう言え」


 夜人は魔道武装マギアデバイスの活性化状態を一度解除して、再び展開することで、自身の手に戻す。

 刀の切っ先をかえでに向け、夜人は鋭く言った。


「え? ほんとですか? じゃあ言います」


「……?」


「先輩、ボクを殺してみてください」


 ――ただし、やれるものなら――――。


 かえでは両拳に装着した拳鍔ナックルダスターを一度打ち合わせると、夜人に向かって突撃した。


 愚直なまでに直線的な突進。だがそのスピードは恐ろしく速かった。夜人にですら、彼女の動きを明確に捉えられない。


 夜人は刀を一度引くと、かえでを迎え撃つように刀を振った。


 切っ先がかえでの肉を切り裂く。夜闇の中に血飛沫が舞い上がった。


「――っ!?」


「あははっ! ほら、行きますよ先輩っ」


 かえでが拳鍔ナックルダスターを振りかぶり、夜人の顔面を狙う。夜人はそれを顔を逸らせて躱すと、カウンターとして突きを放つ。

 刃がかえでの腕に掠り、また血が上がった。


「っ!」


「ふふっ」


 肉を切られているというのに、かえでは笑い声を上げながら拳鍔ナックルダスターを夜人に向ける。

 

「チッ」


 夜人はかえでの拳を刀の背で弾き上げ、切り返すと、袈裟懸けに斬り下ろした。

 かえではそれを避けようともせず、結果として彼女の肩から腹にかけてが切り裂かれた。

 大量の血が吹き上がり、地面に血の花を咲かせる。


 それを見た瞬間、夜人の心臓が大きく跳ねあがった。


(落ち着け……俺っ)


「ふふっ、あはっ、あははっ」


 かえでの拳が夜人の肩口辺りを打ち抜く。拳鍔ナックルダスターの凸凹の刃が、夜人の肉を抉るように切り裂き、血が流れる。


「ほらっ、ほら先輩っ。ボクを殺さないと死んじゃいますよっ?」


 その後も、かえでは夜人の攻撃を避けようとせず、しかし致命傷には至らず、身体のあちこちに切り傷を作りながら夜人に拳を振るった。

 避けることを考えていないかえでの攻撃は止めどなく、幾つかがいなし切れずに夜人にヒットする。


「つっ、はぁ……っ、はぁ……いってぇ……」


 夜人はかえでの拳鍔ナックルダスターにやられた傷口を押さえながら、前方で笑っているかえでを睨みつける。


「ふふっ、痛い。痛いですね先輩……。痛すぎて、熱くて、ボクほんとに死んじゃいそうです……っ」


 全身の至る所から血を流しながら、かえでは両手を広げて夜人を見る。

 中には深くない傷もあり、このまま放っておけば本当に命に関わるだろう。


「お前、頭大丈夫か……? ワザと俺の刀受けてんだろ」


 いかれていると本気で思った。この少女の目的が分からない。


 夜人はがんがんと痛む頭に顔をしかめる。少しでも気を抜けば、理性が飛びそうだった。


 場に充満するむせ返るような血の匂い。視界に広がる鮮血の明るい赤。呼吸をする度に、血の味を錯覚して、頭が狂いそうだった。

 視界がかすむ。かえでという敵ではなく、かえでが流す血液にしか目がいかない。


 ――――飲みたい。


「えー? 先輩なら分かってくれると思ったんですけど」


「あぁ? なにがだよ……っ」


「先輩も、血、好きですよね?」


「……っ! ……“も”ってどういうことだよ」


「あーはい。ボク、血、好きなんですよね。綺麗だと思いません? 殺す気でやり合って、それで血が花火みたいに広がるんです」


「……」


「でも、それを見てるだけじゃダメなんですよ。ボクもそこに居ないとダメなんです。だからですかね? ボク、強い人が好きなんです。ボクを簡単に殺せちゃうくらいに強い人」


 うっとりと、恋愛を語る年頃の少女のような表情を見せるかえで。

 ただしその身体は、傷だらけで血まみれだった。


「学園にはいると思ったんですよ、ボクより強い人。でもみんな点で的外れで……。でもっ、ボク、先輩を見つけたんですっ。一目見て分かりましたっ。この人は強いだろなぁって。なんで今まで気づかなかったんでしょうね?」


「……なるほどね」


 この少女が異様に夜人に拘って、そして今、こんな状況になっている意味が何となく分かった気がした。


(別に俺が半吸血鬼ダンピールだってことに気付いた訳じゃないのか)


 それが分かって、少し安堵した。

 しかし依然として、この状況は解決しない。


 一体どうすれば、この狂った少女を止められるだろうか。


 だが、この少女とまともな会話ができる自信がない。だとしたら―――。


「力づくしかねぇか……っ」


 夜人は刀を構えて、かえでとの距離を詰める。


 かえでが血を流したがっているのだとしたら、もう彼女の思い通りにはさせない。既に彼女は大量の血を流している状態。表情に変化がなくても相当なダメージが溜まっているはずだ。

 動きは確実に鈍くなっている。


 夜人は刀を振り下ろし、刃がかえでに当たる直前で止めて、彼女の手首を取りに行く。

 だがそれは躱され、カウンターとして拳鍔ナックルダスターが返ってくる。


 夜人はかえでの拳を屈んで躱すと、足払いをかけた。


「おっ?」


 かえでの身体が宙に浮いて、夜人は刀を捨てると両手でかえでの腕を掴み、背負い投げた。


「――かはっ」


 かえでは地面に叩きつけられ、衝撃で肺から空気が押し出された。


「せ、せんぱい……ッ」


 かえでが咄嗟に立ち上がり、拳鍔ナックルダスターを構える。が、彼女の視界から夜人の姿は消えていた。


「あれ?」


「――後ろだよ」


「っ!?」


 ハッとしてかえでが振り返った時には、再び彼女の身体は浮いていた。

 次の瞬間、身体の横方から強い衝撃が加わり、かえでは吹き飛ばされる。


「がぁ……っ」


 不安定な体勢で壁に身体がぶち当たって、衝撃が全身を駆け巡る。

 その時、僅かな間ながら、かえでの動きが完全に停止した。


「――《樹縛プラント・グラスプ》」


 舗装された地面を突き破るようにして、植物の太いつたが出現し、かえでの全身を絡めるように拘束する。


「……ったく。迷惑な後輩だよ」


 夜人は身動き一つとれなくなったかえでを見下ろして、大きく息を吐いた。

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