21.夜闇からの襲撃Ⅰ


21.夜闇からの襲撃Ⅰ



「もー、お兄ちゃん。だからティーナ言ってたのにー」


「あ、あぁ……、悪い。でも大丈夫だ。ちょっと油断してただけだから……」


 中等部武闘大会決勝戦の後、ティーナと共に帰宅した夜人は、コップに並々と注いだ水を一気に飲み干すと、額を手で押さえながらソファに座り込んだ。


(くっそ……っ。あんな遠くから血を見ただけであんなことになるとは……)


 ――喉が渇く。


 夜人は、ついさっきまで行われていた決勝試合にて、かえでが俊を殴った際に散った血液を見て、一瞬我を失った。

 いますぐあの場に飛び込んで、フィールドに散った血を舐め啜りたいと思ったほどだ。


 原因は分かっている。

 半吸血鬼ダンピールとしての吸血欲求――ではなく、血の味を知ってしまったからだ。

 そしてあの日・・・――ティーナが夜人の元に訪れた時以来、一度も血を口にしていないからだ。


 一度でも血の味を知ってしまった夜人の吸血鬼ヴァンパイアの部分が、どうしようもなく次の血を欲している。


 でも、夜人はもう一度血を飲むことが恐ろしかったのだ。

 

 あの時、血を飲んだ時、夜人は我を失ってティーナを襲いかけた。もしティーナがただの一般人だったら、確実にあのまま襲っていただろう。

 だからティーナに、ちゃんと定期的に飲んだ方がいいし、むしろ飲まない方が危ないと言われても、どうしても飲むに気にはなれなかった。


 半吸血鬼ダンピールは血を飲まなくても死なない訳だし、血の味を知る前は衝動を抑えられていたのだから、知った後も大丈夫のはずなのだ。


 だが、血を飲まないまま過ごしたこの約二週間。変化は如実に表れていた。


 血を飲んだことで取り戻した身体の調子は日に日に落ちていき、人を見るだけでその体内に流れる血流を想像するようになる。

 決してそんな様子など表に出さないように努めていたが、その水面下で衝動は肥大化していたのだ。


 その抑えてきた衝動が、さっき本物の血を見たことで表に跳び出した。


「お兄ちゃん大丈夫……?」


「あぁ、気にすんな」


「ほんとに? 血が飲みたくなったらちゃんと言ってね? ティーナ、持ってるから」


「……あぁ」


(……こんなんじゃダメだ。意識をしっかり保たないと)


 夜人はパンパンと頬を叩いて、意識を覚醒させる。それでもまだ、身体の内に残る抑えがたい衝動がうずいていた。


「ティーナ。ちょっと俺、外走って来るわ」


 夜人は立ち上がると、一度脱いだ上着をもう一度羽織って玄関に向かう。


「あっ、じゃあティーナも行くっ」


 ティーナがタタタッと駆け寄ってきて、散歩に行く前の子犬のように夜人を見た。


「すまんティーナ。ひとりで走らせてくれ」


 夜人はティーナの頭にポンポンと手を置いてそう言った。


「……うぅ」


「帰ってきたら一緒にゲームしてやるから」


「……わかった。じゃあティーナ、かしこく待ってる」


「あぁ、えらいな」


 ティーナの頭をもう二、三度撫でてから、夜人は靴を履いて外に出た。


月は中々膨らんだ形になっていて、雲は少なく、とても澄んだ夜空だった。

 空気はキリっと冷えていて、夜に走るには良いコンディションではないだろうか。頭も冷えて丁度良い。


 夜人はなるべくひと気の少なそうな道に向かって、軽い気持ちでランニングしていく。


(たまにはこうやって運動するのもいいもんだな)


 そんなことをぼんやりと考えながら夜人は足を前に運んで、三十分程が経過する。


 気が付くと、随分と自宅から離れた、ひと気の全くない場所にやって来ていた。


「どこだここ……?」

 

 あまり見かけない場所だった。街灯もなく、建物の影に隠れて月明りもあまり届いていないが、半吸血鬼ダンピールとして慣れ始めた彼の瞳は、闇の向こうをしっかり視認していた。


「まぁ、来た道をたどれば帰れるか」


 そう思って、踵を返した瞬間――夜人は異様な気配を感じて咄嗟に飛び上がった。


(――なんだっ!?)


 ドゴォンッ! と爆発音が振動と共に夜人に届き、彼はさっきまで自分が立っていた舗装された地面に大穴が空いたことを確認した。

 舗装の破片が無差別に飛び散り、夜人は自分に向かってきた破片の幾つかを弾き飛ばす。


「――ふふっ、あはははっ!」


 愉しむような笑いが夜人の背後すぐ近くで聞こえる。聞き覚えのある声だった。だが、何処で聞いた――?


「チッ」


 夜人は背後の敵と思しき人物に回し蹴りを放つ。それは余裕をもって避けられる。

 夜人は間髪入れず追撃――連続で蹴りを加えた。

 その連撃も、人影は後ろに距離を取って回避する。


「――展開アクティベート

 

 敵が蹴りの間合いから離れた瞬間、魔道武装マギアデバイスを展開し、夜人は刀を振り抜いた。

 振り抜いた先で切り返し、一度引いて突きを放つ。突いた刀をそのまま横に薙いで、一呼吸。一瞬の間を置いて袈裟斬りを放つ。相手のリズムを崩すような不規則なテンポでの迫撃。怒涛の攻撃。


 まだ夜人が本気で魔道戦士ブレイバーを志していた頃。毎日のように特訓して鍛えた刀技。訓練を放り出した今となっても、その動きは身体が覚えている。

 半吸血鬼ダンピールとしての感覚を取り戻したことによって、技の冴えとキレが別次元の段階にまで上がっていた。


 にも関わらず――――。


「あはっ、早い速いはやいっ。凄いすごい! 死んじゃうぅっ。きゃははっ」


(当たらない……っ!?)


 血が抜けてきたせいか、ベヒモスを倒した時ほどじゃないにしろ、夜人の今の実力は並みの魔道戦士ブレイバーを遥かに超えている筈だ。

 その夜人が手加減せずに振るった刀が全て避けられた。


「誰だお前は――っ。――《衝撃インパクト》」


 ズンっと腹の底に響くような衝撃が、連続で十個以上弾ける。

 その衝撃波は、謎の人影を取り囲むように発動され、唯一空いている空き口に夜人自ら突っ込んだ。


 夜人は容赦ない勢いで刀を水平に振り斬る。人影は咄嗟にしゃがんでその斬撃を回避した。


(――かかったな)


 夜人は刀を投げ捨てると、両手でその人影を押さえに行く。だがその人物は驚異的な反応速度を見せ、横に転がり跳んで夜人の手を逃れた。


「逃がすかっ!」


 夜人の実力をここまで見せてしまったからには、逃がすわけにはいかない。


 夜人は上体を捩じって手が届く距離を延ばすと、人影の脚と思しきモノを引っ掴んだ。

もふっとした感触。


(……もふっ?)



「――ひゃぁぁぁっんっっ」

  

 瞬間、甲高い声が響いて、その人物の動きが止まる。


(これ脚か……?)


 にぎにぎと何度か感触を確かめるが、どうにも脚っぽくない。すごいもふもふだし、細いし、柔らかい。


「んんっ、んぁぁぁっ、ぁぁんっ っっっぅぅ――――んぅ」


 ビクビクと夜人が握っているモノが小刻みに震え、妙な声が返ってきた。

 

 夜人は恐る恐るその人物の顔を確認する。そして驚愕した。


「なっ!? なんでお前が……」


「あっ、はぁ……、はぁ……っ。せ、せんぱぃ……。ボク、やばいですぅ……」


 なんと、そこに居たのは獣人ベスティアの少女、杠葉ゆずりはかえでだった。

 彼女は、歯を喰いしばるようにして、上気した顔と、とろんと蕩けた瞳で夜人を見ていた。

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