18.武闘大会開始




 

 小夏と凛の武闘大会予選試合が終わってしばらくした後、夜人は医務棟に向かった。


「小夏、大丈夫か?」


 部屋に入ってすぐ、夜人はベッドの脇に座っていた小夏に声をかけた。


「あ、夜人。うん、すぐに治癒してもらったし、全然大丈夫だよ。もうすぐ家に帰ろうかなって思ってた」


「そうか。じゃあ、一緒に帰るか」


「……うん」


 小夏はベッドの上に置いてあった鞄を手に取ると、ベッドから降りて夜人の方に近寄った。


「それ持つよ。治癒してもらっても、疲れまではとれてないだろ」


 夜人が小夏の鞄を見て手を差し出す。


「ううん、悪いからいいよ」


 小夏は鞄の持ち手を両手で握りしめて、俯いた。


「いいから、気にするなって」


「……そう? じゃあ、持ってもらおうかな」


 小夏は控えめな笑みを夜人に向けて、鞄を夜人に渡した。

 夜人はそれを受け取ると、小夏を先導するように部屋から出た。小夏はその後に続く。


 廊下を歩いてしばらくは無言が続いていたが、不意に小夏が口を開いた。


「あはは……、わたし、負けちゃった。やっぱり勝てなかったなー」


「まぁ、仕方ねぇよ。春風さんとお前とじゃ、元々実力に差があり過ぎた。そんであそこまでやり合ったんだから、十分よくやったと思うよ」


「そっか。仕方ないか……」


「そうそう。だからあんま気にすんな。そうだ、帰りにコンビニよって何か奢ってやるよ。小夏頑張ったんだから」


「うん、ありがとう。でも、でもね夜人、わたし、諦めたくないな。実力差があるってだけで、気にしないなんてできないよ」


 夜人は立ち止まって、振り返る。小夏は真っ直ぐな瞳で夜人を、夜人の先を見ていた。


「それで、これからもっと頑張る。だからね、夜人も……」


 そこで小夏は言葉を切って、一瞬考える素振りを見せた。


「ううん、それだけ。だからわたしのこと応援してね。はい、ということでこの話は終わりにします」


 そして、小夏は歩みを進めて夜人を追い越す。


「ふふ……っ、コンビニでなに奢ってもらおうかなぁ」


 今度はいつもの微笑みを浮かべて、小夏は軽い足取りで廊下を進んでいく。


「いいよ。なんでも奢ってやる」


 夜人はそんな声を掛けて、その背中を追った。





 武闘大会が始まった。


 武闘大会期間の六日間は、生徒の間で“武闘祭”と称されるほどの盛り上がりを見せる。

 桜華学園の一年を通して、学園祭を越える最大のイベントということで、この期間、学園の敷地内はずっと熱気に包まれる。


 中等部三年の優秀生よるトーナメントと、予選を勝ち抜いた選ばれし三十二人の高等部生の試合を中心に据え。

武闘祭の熱気に充てられ、暇とエネルギーを持て余した中等部の一、二年生、トーナメントに参加できなかった三年生たちが、“有志”という形で様々な催しをしたりもする。


外部からも多くの客が訪れ、雰囲気としてはまさにお祭り。

この武闘大会が、“武闘祭”、“第二の学園祭“とも呼ばれている所以である。

 

 

「やっぱ盛り上がるんだよな……」


 そんな武闘大会の様子をテレビの中継で眺めながら、夜人は呟いた。

 テレビの中ではリポーターが生徒の一人に、大会について色々インタビューしていた。

 その背景には、カメラに向かって手を振る学園生や、中等部が催している出店、家族連れが学園に訪れている様子などが映っている。


 この街限定ではあるが、武闘大会の様子はこのようにして中継される。

 有数な魔道戦士ブレイバー育成機関ということで、注目度も高いのだ。


 本日は武闘大会が始まってから二日目。

 ティーナがまだ眠っているため特にやることもなく、夜人はテレビで武闘大会の中継を見ることにした次第である。


(今日の決勝は見ろって言われてるしな……)


 あまり気が進まないが、別に見て夜人に不利益があるわけでもなし。夜人も仮に魔道戦士ブレイバーの卵の一人である以上、気にならない訳じゃない。


 そんな風に自分を納得させ、しばらくテレビを眺めながら時間を潰していると、中等部のベスト4の試合の一つが始まった。

 

「……おっ」


 その試合で戦う二人の内、片方は夜人の知る生徒だった。

 先日、いきなり夜人に絡んできて、何故か自分の試合を見るように言った謎の獣人ベスティアの少女――杠葉ゆずりはかえで。


 かえでの対戦相手は、上背のある髪の短い少女だった。

 アナウンスの紹介によると、河合かわい咲希さきという名前らしい。


 審判の合図に合わせて、両者が己の魔道武装マギアデバイスを展開する。


 咲希の魔道武装マギアデバイスは身の丈ほどもある薙刀なぎなた

対して、かえでの装備は両拳に装着する拳鍔ナックルダスターだった。テレビで見ると分かりづらいが、拳鍔ナックルダスターの先は凸凹と鋭く尖っていて、あれで殴られたらひとたまりもないだろう。


(あんな可愛い顔して、割とエグイ武器使うんだな……)


 夜人がそう思ったその時だった。


「――ぃひゃぁぁぁぁっぁぁあああぁぁぁあぁぁッっっ……っ」


 寝室の方から断末魔のような叫び声が聞こえてきた。


「ティーナっ!?」


 夜人はすぐさま寝室に飛び込んで、ティーナの安否を確認する。


「ぁぁぁぁぁああああああぁぁぁああっっ!!」


 寝室に入ってまず、夜人の視界に飛び込んできた光景。それはベッドの上でティーナが両手で顔を覆って、ゴロゴロ転がりながら悶えている様子だった。

 次に、窓の僅かに空いた隙間から強い風が吹き込んで、厚手のカーテンをふわりと持ち上げているのが目に入る。それによって、燦々と輝く陽光がベッドを照らしてた。


「あっ」


「うぅぅっ、ううぅぅぅっ、ううっ! おにいちゃぁぁあああああんんっ!」


「うぐぉっ」


 まるで弾丸のような速度で、ティーナの身体が夜人の腹に激突した。夜人は勢いに押され、仰向けに倒れる。


「うぅっ、うぅぅぅっ! おにいちゃああんっ。びっくりしたぁっ! びっくりしたよぉぉぉぉぉおっ!」


 ぐりぐりぐりっとティーナが鼻先を夜人の胸に高速でこすりつけ、泣きわめく。

 とりあえずティーナが無事そうだと分かって、夜人はほっとした。


「わ、悪かった。マジでごめん。朝、換気したあと窓閉めるの忘れてたっぽい」


「うぅぅっ、酷いよっ。ひどいよぉぉぉぉっ! ティーナ寝てたのにぃぃ」


「ご、ごめんって。お詫びに何かするから」


 何の対策もしていないと、太陽の光を浴びるだけでこうなるのかと、夜人は思う。


「うぅっ、ギュってして! お兄ちゃんティーナをぎゅっとして!」


「分かった分かった」


 夜人は自分の腹の上に乗ってるティーナを抱き寄せる。


「……ぐす。ふぅ、うぅぅ……」


「悪かったよ。俺が完全に悪かった」


「じゃあ、ティーナのこと撫でて……っ」


「はいはい」


 夜人は間近にあるティーナの頭を撫でる。するとようやく、ティーナは落ち着いたようであった。


「……ふふ、えへ……うへへへっ」


 静まったと思ったら今度は、妙な笑い声が聞こえてくる。この位置ではティーナの顔がよく見えないが、どんな表情をしてるか想像できる気がした。


「お前、実は割と大丈夫だったろ」


「そ、そんなことないよっ。ほんとにびっくりしたんだから!」


 ティーナがガバッと顔を起こして、夜人を見る。頬が少し膨らんでいた。


「そうか。それは悪かった……。今度からは気をつける」


 日光に当てられる辛さは夜人も理解しているつもりだ。しかも、純血の吸血鬼ヴァンパイアとなると、夜人の比ではないだろう。

 夜人は心から謝罪して、もう二、三度ティーナを撫でると、彼女を脇に退ける。そして立ち上がった。


「えぇぇっ!? もう終わりっ?」


 不満爆発の顔でティーナが夜人を見上げる。


「終わりだ」


「うぅっ、ティーナ、お兄ちゃんのせいで酷い目にあったのに、お兄ちゃんのせいで……」


 チラッチラッとティーナが夜人を見ながらいじけたような声を出す。


「だから悪かったって……」


 夜人も悪いことをしたと言う自覚はあるので、言葉に詰まる。だが、ここでティーナの気が済むまで付き合っているといつまで経っても終わらないということは知っているので、夜人はもう一度だけティーナを撫でると、今度こそ彼女に背を向けて居間に戻る。

 背後からティーナがわーわー言っているのが聞こえたが、無視した。


 あの獣人ベスティアの少女の試合の行方が気になるというのも、夜人が居間に早く戻った一因であった。

 

 ――――だが。


「……っ」


(マジか……)


 居間に戻りテレビの方に目を向けると、既に試合は終了して、獣人ベスティアの少女、杠葉ゆずりはかえでが勝利者のインタビューを受けているところだった。


 夜人がテレビの前から離れていた時間は三分程度だろう。つまりその間に試合が開始され、決着がついたということだ。


『さて、これでかえでさんは決勝に進出ということですが、決勝に臨むにあたって何かける思いはありますか?』


 インタビューアーがかえでにマイクを向け、コメントを促す。


『うーん、そうですねー。まぁ決勝でもボクの勝ちは揺るがないと思うので、特に懸けるとかはないんですけど-。実は決勝の試合を見て欲しい人がいるんです』


『凄い自信ですね。試合を見て欲しいというのは、ご家族の方ですか? そういえばかえでさんはディール連合国からの留学生ということですが……』


『あぁ、いや、家族とかでは全然ないです。なんて言ったらいいのかなー。気になる人って言えばいいのかな?』


『あぁっ、もしかして、好きな人……だったりしますかっ?』


 女性のインタビューアーの反応が俄かに良くなる。


 その質問に、かえでは薄く微笑んだ。


『じゃあっ、そういうことにしておきます。ボクの好きな人ですっ。せんぱーいっ、もう見てたりしますかっ?』


 かえでカメラに向かって手を振る。愛らしい笑顔を浮かべ、狐耳がぴくぴくと揺れた。


『先輩ですかっ。ということは高等部の生徒さんですよね? よろしければ、その先輩さんのことをもう少し詳しく聞かせてもらってもいいですか?』


(おいやめろっ)


 と、反射的に夜人は思ったが、よくよく考えれば彼女は夜人の名前すら知らないはずだ。

 もしかしたら、ここで言っている先輩も、夜人のことではないのかもしれない。多分……、そんなことはないだろうが。


 夜人には分かった。彼女は今まさに、夜人のことについて話していると。


『いや。もしかしての時のために、先輩に嫌われたくないので遠慮しときます。……ふふっ』


 くすりと微笑んで、かえでがカメラの向こうに視線を送った。

 あの時と同じ視線だ。


『そうですか。それは残念ですねー。では、そろそろ終わりにしたいと思います。最後に決勝に向けて、もう一つだけコメントをもらってもいいですか?』


『いいですよ。では、決勝でボクに負ける人に、ご愁傷様とでも言っておきまーす』


『あは、あはは。本当にすごい自信ですね。それでは、準決勝第一試合が行われた第十決闘場からお送りしました』


 かえでの一見無邪気で滔々としたコメントに、インタビューアーが苦笑いを残して、場面が切り替わった。


「すごい子だな……」


 女王さまこと春風凛とは全く雰囲気が違うが、何処となく通ずる部分がありそうだと思う。


「決勝はちゃんと見るか」


 純粋にあの少女がどのような戦い方をするのか気になる夜人だった。

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