16.獣人《ベスティア》の少女
小夏の訓練に付き合った翌日。
夜人は小夏の試合を観戦するために、桜華学園の第三決闘場を一人で訪れていた。
今は午前中で、ティーナは基本的に昼過ぎまで目を覚まさないため、特に何も言わずティーナは家に置いてきた。
「さて、と」
夜人は適当に空いている観客席に座って、時間を確認した。午前十時の十分前。あと十分で、小夏と凛の予選試合が始まるはずだ。
現在は、前の試合によって所々荒くなったフィールドがロボットによって整備されている。
「にしても、結構人がいるもんだな」
本来、武闘大会の予選にそこまで観客は集まらないはずだが、今の客席はいくら規模が小さめの第三決闘場とは言え、七割ほどが埋まっていた。
その理由としては、春風凛の存在であろう。
高等部第一学年でダントツのトップを誇る戦闘能力。そのことは、昨年の中等部武闘大会で証明済みだ。
観戦に来ているのは学生だけではなく、どこぞの記者、魔道騎士団の勧誘員と思しき人物まで見受けられた。
(ほんと、凄い奴だよ……。小夏は、どこまで喰らいつけるかな)
小夏には悪いが、夜人は小夏が凛に勝てるとは思っていなかった。それは、単なる事実として。
あと、それだけ注目集める少女ということもあってか、涼風凛は人気も高い。
凛々しく整った麗しい顔立ちと抜群のスタイル。誰に対しても変わらない高飛車な態度は、芯が通っている証。その不遜さを裏付ける確かな実力。
そして先週の森で起こった異常事態。凛はその強さで持って、生徒の危機を華麗に救ったのである。
非公式のファンクラブが存在すると聞いたこともある。そして特に男子より女子の人気が高いらしい。
男子のファンもいない訳ではないが、“女王”というあだ名の通り、大半の男子生徒からは恐れられており、少数の男子ファンは少々特殊な性癖を持っているとのことだ。
時折、凛に踏まれたい変態が彼女にちょっかいをかけて、キレた凛にボコボコにされるという事件が発生したりもする。
(何だかんだで女王様も苦労人なのかもな……)
そう思って夜人が苦笑した時、すぐ近くの通路から、何やら言い争うような声が聞こえて来た。
「えー? ボクはただ、純粋な事実を言っただけなんだけど?」
「何が事実よ! いくらあんたでも、凛さまに敵う訳がないでしょっ!?」
その声に続いて、「そうよ、そうよ」と同調する声が複数聞こえてくる。
夜人が横目にその方を見ると、一人の少女と、四人の少女が対立するように向かい合っていた。
一人の少女は見た目にこやかな笑顔を浮かべ、四人固まっている少女たちはムキになっている様子だ。
だが、笑顔を浮かべている少女も、その表情はどこか不自然であり、彼女たちの言い争いは中々激化しているようであった。
(リボンの色からして、中等部の三年生か……。んっ?)
その時、夜人は一人の方の少女の頭から、妙なモノが生えていることに気が付く。
その妙なモノとは、モフモフの獣耳。狐のような耳が、その少女の頭から生えていた。
(ってことは……)
夜人は視線を下ろして、少女の臀部の辺りに注目する。そこには、予想した通り、狐のようなモフモフの尻尾が生えていた。スカートに穴が開いて、そこから飛び出している感じだ。
そこで夜人は、あることを思い出す。
(そう言えば、この学園にディール連合国から留学生が来てるって聞いたことあるな)
ディール連合国とは、国民の九割以上が
ある意味で、
「なんで試してもないのにボクが春風先輩に勝てないなんて言い切れるのかな。あ、でもそれはボクも一緒か。ボクも試してないけど、春風先輩
くすりと微笑みながら
それを聞いて、向かい合う四人の少女たちの顔が真っ赤になった。
「あ、あんたなんかが、凛さまに勝てる訳ない!」
「そうよっ。あんたみたいに自分のチカラを過信して余裕ぶってる奴なんか、実際に戦ったらボコボコにやられるに決まってるわ!」
「ふーん。でも、聞いた話だと、春風先輩も自分が強いからって偉ぶってるみたいだけど?」
「っ~! あ、あんたねぇっ、これだけは言っておくけど――――」
(なんか、まだまだ続きそうだな……)
夜人はこの場にいても静かに観戦できないと思って、席から立ち上がる。
人が多いと言っても、満席ではないため探せば座れる席はある。
夜人が彼女たちの脇を通って、別の場所に移動しようとすると、しかし夜人の腕が
「っ!?」
(……速いっ)
「ねー、先輩もそう思いませんか?」
少女がその豊満な胸を押し付けるように夜人の腕を抱きしめているため、夜人はやむなく足を止めた。
「な、なにが、そう思うのかな」
「えー? とぼけないでくださいよー。ボクたちの会話、聞いてましたよね? あと、ボクのおしりと尻尾も舐めるように見てた」
ドキリと夜人の心臓が跳ねる。
まさか気付かれているとは思わなかった。これが
しかし、彼女の視線は一度もこちらに向いていない。
まさか触覚だけで夜人の視線を読んだとでもいうのだろうか。
(んなバカな……)
「あっ、でも別にボク、怒ってる訳じゃないんです。そういう視線には慣れてますし、ボクが魅力的過ぎるのがいけないんですから」
「あ、あぁ」
「それでですね、ボクが聞きたいのは、春風凛先輩は別に大して強くないってことなんですよー。ちょっと周りが過大評価し過ぎだと思うんです。先輩は、どう思いますか?」
にこやかな笑顔を浮かべる
「え、っと……。そうだな、俺にはそういうのは判断できないかな。君は知らんかもしれないけど、俺、すげぇ弱いし。あー、だから、そういう事なら他を当たってくれ。それじゃあ」
夜人は
(なんだったんだ、あの子……)
「あ、せんぱーい、ちょっと待ってくださいっ」
素直そうで明るい声。聞こえなかったと言うには無理のある距離だ。
「……なにかな?」
しぶしぶ、しかしそんな様子は表情に出さずに夜人は振り返った。
その少女は、小鳥のように小首をかしげ、後ろ手を組み、可愛らしいと表現するに十分過ぎるほど足る笑顔を浮かべる。
まるでその表情と仕草が、己を最も可愛らしく魅せることを理解しているように。
「ボク、中等部三年の
「……はっ?」
何故、たった今初めて出会った少女にそんなことを言われるのか、夜人は本気で理解できなかった。
だが、この杠葉かえでという少女に得体のしれない何かを感じて、夜人はとりあえずこの場から脱するために「あぁ、分かった」と頷く。
「じゃあね、
「かえでって呼んでください」
「…………」
「ボク、先輩には“かえで”って呼んで欲しいです」
「あ、あぁ、じゃあね、かえでちゃん」
夜人は片手をあげて、かえでに背を向けた。
「絶対見てくださいねーっ」
そんな夜人の背中に、かえでの声が追うように届いた。
(絶対見てください……か)
つまり彼女の中で、武闘大会の決勝に出るのは決定事項なのである。
いくら中等部は三年生だけの大会であるとは言え、決勝に出るのは容易ではない。
(まぁ中等部の決勝は気にならない訳じゃないし、テレビで見るか。見に
中等部と高等部の本選はこの街においてテレビ中継されるのである。
(……よく分からない子だったな。得体が知れないというか……)
出来ればもう会いたくない。
そんなことを考えながら、夜人は別の席を探してかえでから遠ざかって行った。
その背中を、狐耳を揺らす少女が愉しげに、ジッと見つめることにも気づかずに。
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