15.小夏の決意



 自分と同じ学年で一番の高見に立つ生徒――春風凛。

 武闘大会の予選を三回勝ち抜き、あと一つ勝てば本選というところまで来た時に、小夏の次の対戦相手が凛に決まった。


 正直に言って、凛と戦うと分かってすぐは、絶対に無理だと思った。

 でも、そんな気持ちじゃダメなのだ。


 小夏は強くならないといけない。

 

 先週、魔物が生息する森で起こった異常事態。その時、小夏は何もできなかった。

 あげく、自分より弱いはずの夜人に助けられ、彼を危険に晒してしまった。


 もし小夏が春風凛と同じくらい強かったら、そもそも夜人に心配をかけることもなかっただろう。


 誰にも心配をかけないくらい強くなって、今度は自分が夜人を助けられるようにする。

 小夏はそう自分に誓うことにしたのだ。


 ならば、凜と戦うからと言って、初めから諦める訳にはいかない。

 だから勝つ。

 勝つつもりでやるのだ。


 そのために、少しでも強くないといけない。

 気持ち一つでどうにかなるほど、春風凛という少女は甘くない。


 例え凛と戦うまで一日しかなかったとしても、少しでも強く。


 そして凛は最も効率の良い特訓の方法を考え、夜人に頼ることにした。

 別に夜人に会いたいと思ったからではない。


(ま、まぁ、その気持ちもゼロってわけじゃないんだけど……)


 最大の理由としては、夜人が“強い”からである。

 小夏はそのことを知っている。


 皆、夜人のことを“出来損ないの最弱”だと評価する。


 でも、違うのだ。

 夜人が最弱たる最大の所以、それは『身体強化をまともに使えない』ことにある。


 当たり前だろう。身体強化が使えなければ、夜人は『素質』を持たない一般人と変わらない。

 いくらそもそもの戦闘技術が高くても、身体強化を使うと使わないとでは、その身体能力に赤ん坊と大人ほどの差がある。

 そして、桜華学園の実技授業では、魔道戦士ブレイバーの基礎中の基礎、最たる中核をなす『身体強化』を常に使用するように定められている。


 だから夜人は弱いのだ。

 その最も重要な『身体強化』が何故か・・・まともに扱えないから。


 だがしかし、その“技量”だけに目を向ければ、夜人は決して弱くない。

 むしろその水準は、学年トップの凛にも劣らないと小夏は睨んでいる。


 故に――、小夏も『身体強化』を使わずに、夜人と対等な条件で訓練の相手になって貰えたら、凜と戦う上での貴重な経験になる。


 そう思ったのである。





「はは、小夏は随分俺を過大評価してたんだな」


 夜人は小夏の『夜人は技量が凄い。だから訓練の相手になって欲しい』という話を聞いて、冗談でも聞き流すように笑った。


「そ、そんなことないっ。夜人は強いの! だからわたし、夜人と練習したいと思ったんだもん」


「あぁ、でも分かったよ。小夏が俺と訓練して、それで満足してくれるなら、俺はいくらでも付き合うよ」


「ほんとっ!?」


 小夏はパッと顔を明るくする。


「あぁ、当たり前だろ」


 夜人がさも当然とでもいうように頷いた。思わず小夏の口元が緩む。が、その時、小夏の背筋に悪寒が走った。


(な、なに……っ?)


 そして彼女は、その悪寒の正体に気が付く。

 夜人の隣で彼に密着しているティーナという少女(曰く、夜人の従妹で同居中らしい)が、恐ろしい目付きで、小夏のことを睨んでいたのだ。


 小夏は「あはは……」と誤魔化すようにティーナに笑いかけてみたが、ティーナは不満そうに小夏のことを睨んだままだった。


 小夏はすぐに察した。このティーナという少女が、夜人に好意を抱いていて、二人きりの時間を邪魔した形になった小夏に対して良い感情を持っていないということを。


 気温が低いためか、真っ黒なコートを限界まで覆うように羽織っていて、さらにはフードも被っているため、いまいち彼女の全貌が分かりづらいが、チラリと覗いている彼女の面差しから、相当に可愛らしい子ということが予想できた。

 肌もとても白くて小柄であり、お人形さんのような印象を受ける。


(かわいい子だなぁ……。夜人、こんな子と二人で一緒に住んでるなんて……、うぅ)


 小夏の胸の内に様々な心配事が浮かんでは消えていくが、生憎今はそのことを気にする余裕はない。


 凜との戦いに備えて、少しでも強くならないといけないのだから。


「そういえば小夏、訓練って言ってもどこでやるんだ? 決闘場は今はどこも予選会場になってて使えないだろ?」


「あぁ、うん。だから学園のあいてるとこを使わせてもらおうと思って。別に魔法や魔道武装マギアデバイスを使う訳じゃないし」


「ふーん。なるほどね」


 ということで、小夏と夜人は、自らのロッカーに立ち寄って自分専用の木製武器を取ってから、適当に開いている広場のような場所に向かった。


 早速訓練を始めるということで、小夏と夜人は少し離れて向かい合う。

 ティーナは少し離れた場所に座って、二人の訓練を眺めるようであった。


「じゃあ夜人、お願いね。本気でやってよ?」


「あぁ、分かってる。えっと、互いに身体強化は使わないってことなんだよな」


「うん。そういうこと」


 すなわち技量のみを鍛える訓練。


 夜人と小夏はどちらともなく、互いの武器を構える。

 夜人は木刀。小夏は木製の片手剣と盾だ。

 この木製の武器は、個々人の魔道武装マギアデバイスに合わせた特別製で、重さや形状に関してはほぼ同じになっている。さらに魔法による特殊加工で、壊れにくくなっているのだ。


「よし。いくぞ」


 夜人が地面を蹴って小夏との距離を縮め、上段から木刀を振り下ろす。

 小夏はそれを木盾で弾くと、木剣を振り上げた。


「ええいっ」


 夜人は小夏の剣を最低限の動きで避けると、すかさず突きを放った。

 小夏はそれもまた木盾で防ぐ。が、思った以上に力の入ったその一撃に、一瞬動きが止まる。


(やばっ)


 気付いた時には、夜人が袈裟懸けに刀を動かしてた。

 避けるのは無理だと判断して、小夏は木刀と自分の間に木剣を挟み込む。


 カァンと木同士がぶつかる固い音が響く――と、彼女は思った。

 だが、実際は。


「――あれ?」


 衝撃に備えて腕に力を込めていた小夏の身体が浮き上がる。

 一瞬遅れて理解する、刀と剣がぶつかる直前、夜人が刀を引いて、小夏に足払いをかけたのだ。


 見事に足を掬われた小夏は、夜人に抱き留められるような形で倒れることとなった。

 その拍子に、剣と盾も落としてしまう。


「誰も刀以外は使わないなんて言ってないだろ?」


 気付くと、夜人の顔がほんの数センチの距離にあった。

 小夏の顔が熱くなる。


「う、うん、そうだね……。夜人、もういっかいおねがい」


 そう言って、小夏は自分から夜人から離れた。

 熱を持った顔に、冷たい風が気持ちよい。


(でも、夜人はやっぱりすごい。こんなにすぐやられちゃうなんて。これで、もし……、夜人が身体強化をちゃんと使える素質をもってたら……)


「小夏?」


「あっ、ううん。何でもないの。大丈夫だよ」


 そう言って小夏は木剣と木盾を拾う。



 そんな小夏と夜人の様子を、少し離れた位置で膝を抱えながらティーナが気に入らないという顔で眺めていた。


 

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