14.武闘大会予選




 森の中で魔物が凶暴化し、高等部一年生A組の生徒が危機に瀕してから一週間。

 魔物が突如として凶暴化した原因は未だ分かっておらず、この一週間に似たような現象が繰り返されることもなかった。


 不測の事態ではあったものの重傷者、死者が出なかったこともあってか、学園は通常通りに運営されていた。


 そして三日前から、学園では高等部武闘大会の予選が行われていた。

 六日間の予選を経て、二日の休息を挟み、二日間の中等部武闘大会が開催された後に四日間をかけた本選が開始される。

 中等部の武闘大会は、出場者が三年生の優秀な生徒に限られていることもあってか、予選は行われない。


 また、武闘大会の予選と本選に関連するこの約二週間には、授業が行われない。

 理由として、武闘大会出場者が大会に全力で挑めるようするためである。


 だから早くも予選で敗れた生徒や、そもそも大会に出場しない者にとって、この期間は何もやることがなく、休暇も同然であった。


「えへへっ、お兄ちゃーんっ」


 夜人がソファに寝転がってスマホをいじっていると、突然ティーナが彼の腹の上に飛び乗ってきた。


「おふ……っ、てぃ、ティーナか。どうした?」


 さっきまでテレビゲームに夢中になっていたティーナだが、もう飽きたのだろうか。


「えへへ。ティーナね、お兄ちゃんとずっと一緒にいられるのが嬉しくって」


「答えになってないぞ……」


「だからね。嬉しいからお兄ちゃんと一緒にいたいなってっ」


「そ、そうか……」


 いまいち意味が分からなかったが、ニコニコと笑っているティーナが楽しそうなのでよしとする。

 夜人は、自分が家にいるだけでティーナがここまで喜んでくれるなら、これでよかったと思う。


 夜人は、武闘大会にエントリーしなかった。

 理由としては色々あったが、無理してまで出る意味が見当たらないというのが一番大きい。

 夜人が大会で本気を出す訳にはいかないし、だとしたら既に最低に近い実技分野の成績が覆ることもない。


 なら、わざわざ面倒な思いをしてまで武闘大会に出場する意味はないと思ったのだ。


「それでティーナ。もうゲームはいいのか?」


 夜人がテレビに目をやると、やりっぱなしで放置されたゲーム画面が映っている。


「ううん、まだやる! でもね、ティーナ、お兄ちゃんと一緒にやりたいの」


「いや、でもアレは一人用だぞ?」


「大丈夫っ」


 そう言うとティーナはぴょいとソファから降りて、夜人の手を引っ張った。

 そのまま夜人はティーナに引かれるままテレビの前に連れてこられる。


「はい。じゃあお兄ちゃんはここに座ってね」


「……? まぁ、いいけど」


 疑問に思いつつも夜人はティーナに言われた通りに、あぐらをかいて座る。


「えへへ、こうしたら一緒にできるでしょっ?」


 ティーナは夜人の上に座ると、夜人の腹に背中を預けた。

 夜人の顔の真下に、ティーナのつむじがやってくる。


 そうしてティーナはコントローラーを手にすると、ゲームを再開した。


(まぁ、たまにはこういうのもいいか)


 夜人はそう思って、ティーナがゲームやっている様子を眺めながら、時間を過ごすのであった。





 ティーナと共にゲームを楽しんでいた夜人だが、不意に彼のスマホが震えて着信を示したので、スマホを取って送信相手を確認する。


「……小夏?」 


 どうやら小夏からメッセージが送信されてきたようであったので、夜人はその内容を確認した。


『ねぇ、夜人。今から会えないかな……。夜人にお願いしたいことがあるの』


 お願いの中身は不明だが、どうやら夜人に直接会って頼みたいことがあるようだ。


 夜人にとって彼女の頼みを拒否する選択などあり得ない。

 普段から何かと世話になっているのだから、恩を返せる時に返しておかないと彼女に顔向けが出来なくなる。


 だが、問題は今も夜人を座椅子代わりにして、ゲームを楽しんでいる妹のことである。

 夜人と一緒にいられて嬉しいと言っている彼女に、今から外出すると言ったら機嫌を損ねてしまうだろう。


(まぁ。仕方ないか……)


 夜人は少し悩んだ後、ティーナに声を掛ける。


「なぁ、ティーナ」


「んっ、なぁにお兄ちゃん?」


「俺さ、今からちょっと出かけなきゃいけない用事が出来たからさ、ちょっと行ってくるわ」


「えぇぇっ、それってどれくらい?」


 ティーナがゲームコントローラーを床に置いて、夜人の方に振り向く。

 その顔は明らかに不満げであった。


「分からん。もしかしたら結構遅くなるかも」


「うぅぅ……」


「ごめんな。また後で、何かお詫びするから」


「じゃあ、お兄ちゃん」


 ティーナは夜人を見つめると、両手を大きく広げた。


「ぎゅってしてほしい……」


「分かった分かった」


 頷いて、夜人はティーナのことを抱きしめる。

 こうして抱きしめてみると分かるが、思うよりずっとティーナは華奢で小さかった。


(こんな子がベヒモスを瞬殺できる俺より強いんだもんな……)


「……ふふ、えへへ」


 ティーナの息が抜けるような声から、顔を見なくても彼女がだらしない笑顔を浮かべているのが分かった。


「はい、終わり。じゃあちょっと行ってくるわ。大人しくしとけよ」


「あ」


 夜人はティーナを持ち上げて脇に移動させると、立ち上がって玄関の方を目指す。


「あっ、待ってお兄ちゃん」


 その声が聞こえたと思ったら、ティーナが夜人の正面に回り込んでいた。

 

(はぇぇよ……)


「やっぱり、ティーナもお兄ちゃんに付いて行ったら、ダメ、かな……?」


 ティーナが夜人にねだるように言う。


「え、いやでもお前、日の下に出ても大丈夫なのか?」


「うん。今日はちょっと曇ってるし、コートも着ていくから。あと、魔法で日光を弾いたりもできるし」


「そうなのか? そんなことが出来るなら、吸血鬼ヴァンパイアも案外、日の下に出られるんだな」


「うーん。まぁ、そうなるのかな。でもコートは手放せないし、場合にもよるけど」


 コートが手放せないとなると、夏場に外出するのはやはり目立つだろうが、今はまさに冬なので問題ない。


「へぇ」


「そう。だからさ、ティーナも付いて行っちゃ、ダメかな……」 


 別にティーナと外出するだけならさほど問題ないだろうが、問題はティーナのことを小夏にどう説明するかである。


「うーん……」


(親戚の子とでも言ったら大丈夫かな……)


 夜人は潤んだ瞳でじっとこちらを見つめてくるティーナを見る。こうなったら、ティーナは中々諦めようとしないだろう。


「はぁ……、じゃあティーナ。今から俺が言うこと絶対に守るって言うなら、いいよ」


「ほんとっ!? うんっ、守る! 絶対に守るっ!」


 ぴょんぴょんと跳ねてはしゃぐティーナ。


 こうして、夜人はティーナと一緒に小夏に会いに行くことにした。





 小夏に『どこに行けばいい? 家?』と返信したところ、すぐに『学園に来て』と返ってきたので、夜人とティーナは学園に行くことになった。

 学園は外部の者も自由に入れるようになっているため、妙なことしなければ、ティーナと一緒だったとしてもさほど問題ない。


 休日にも関わらず、夜人はいつもの登校ルートを通って学園に辿り着いた。


「あ、よる――」


 門の所には小夏が立っていて、彼女は夜人を見つけると片手を上げたが、夜人と手を繋いでいるティーナの姿を見つけて固まった。


「よ、夜人……、その子、だれ?」


「ティーナはお兄ちゃんの従妹いとこですっ」


 夜人が作った設定通りに自己紹介するティーナ。


「お、おにいちゃん……?」


 首を大きく傾げる小夏に、夜人が補足する。


「あぁ、うん。えっと、こいつは従妹のティーナって言って、訳あって今俺の家で暮らしてる。すまん小夏、どうしても付いてくるって言うから連れてきた」


 その夜人の言葉に、小夏は目を丸くした。


「そ、それはいいんだけど。でも、今、夜人って一人暮らし、だったよね……?」


「あぁ、うん。だから今はこいつと二人」


「お兄ちゃんと二人きりでーすっ」


 ティーナが夜人の腰に抱き着いて、薄い笑みと共に小夏を見た。


「え、えぇぇぇぇぇえっ!?」


 大声を上げて驚きを示す小夏。信じられないという顔で、夜人とティーナを交互に見ていた。


「そ、そんなのっ、ダメだよっ!」


「え……、なにが?」


「だ、だって、そりゃ、若い男の子と、女の子が一緒に住んでて、……ほら? な、なにか、変なことでも起こったら……」


 小夏は自分の手と手を絡ませながら、次第に俯いていき、その顔も赤くなる。


「……変なこと?」


「うっ、ううんっ、やっぱり何でもない! それよりもっ、急なことなのに来てくれてありがとうね、夜人」


「あぁ、うん。大丈夫だ」


「……せっかくお兄ちゃんと二人で遊んでたのに」


 ティーナがぎりぎり小夏にも聞こえる声量で呟く。


「あ、あはは、ごめんねなんか。もしかしてわたし、邪魔しちゃったのかな」


「いや、小夏は気にしなくてもいいからな。……おい、ティーナ」


「だってー……」


 夜人がティーナを咎めるように見ると、ティーナが唇を尖らせた。

 

「はぁ。まぁいいや、それで小夏、俺にお願いしたいことって何なんだ?」


「うん、あのね夜人。わたし、明日、春風さんと予選で当たることになったんだ」


「……そうか」


 小夏も運がないなと夜人は思う。

 高等部第一学年最強の生徒、春風凛。はっきり言ってしまえば、小夏が凛に勝てる可能性はないだろう。


「だからね、わたし、夜人に訓練に付き合って欲しいんだ」


「……は?」


「わたし、春風さんに勝つつもりだから」


 確かな意思を宿した鋭い面差しで、小夏は夜人を見つめるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る