10.屋外実技訓練と動き出す闇Ⅰ




「ったく、なんで最近こんな天気ばかりなんだよ……」


 夜人は頭上で燦々と輝いている太陽に恨めし気な視線を向ける。

 目を細めて、嫌そうな表情を浮かべている夜人の周りにはたくさんの生徒がガヤガヤと雑談をしながら待機していた。


 ここには夜人を含める高等部一年生Aクラス合計三十二名の生徒たちが集まっていた。

 場所は外壁の外、西側にある草原とは別方向にある森林地帯の近くの平野だった。その森林地帯とは、魔物の住処である。


 本日は、屋外で行われる実技訓練の授業日であり、それは成績にもある程度関わるそこそこ重要な授業である。

 来週から始まる武闘大会予選の直前にある、魔道武装マギアデバイスを思い切り使用できる機会という意味合いもあり、生徒たちも気合が入っている様子だ。


 授業の内容は、まず生徒の半数が二人一組ツーマンセルで森の中にはいり、定められた時間までにどれだけの魔物を駆除できるか、というものである。

 倒した数の魔物は自己申告制であるが、感知魔法に長けた二人の教師が、森の中の生徒たちの安全を守る意味でも常に監視しているので、不正はできない。


「はーい。みんな静かにしてね。そろそろ前半組の出発時間だから、決められているペアで並んで前に出てきて頂戴。後半組の人たちもペアで固まっておくように」

 

 担任教師の古上桜子がよく通る声でそう呼びかけた。

 言われた通り、先に森に入る十六人はペアと一緒になって桜子の方に寄っていく。

 桜子の隣には、感知魔法で生徒を監視する二人の教師と、生徒が危険な状況に陥った場合に助けに向かう実力を持った教師が二人いた。その片方は、先日夜人を殴った挙句、罰を押し付けた暴力教師こと貴元である。


 夜人は貴元に苦々しい視線を向けた後、隣にいる自分のペアを確認した。


 目鼻立ちがくっきりした端正な顔立ちと、桃色のミディアムヘアー。髪と同じ色合いの桃色の鋭い瞳が、夜人を捉える。


「なに見てるのよ……」


「いや、別に何でも」


 そう返すと、代わりに舌打ちが返ってきて、春風凛はそっぽを向いた。

 見るからに機嫌が悪そうである。

 原因は言うまでもなく夜人とペアを組まされたことであろう。

 今回の訓練では、いつものようにランダムでペアが決められるのではなく、実力の近い者同士で組まされていた。

 

 では、何故学年最強の凛と最弱底辺の夜人がペアを組んでいるのかだが、二人とも他に比べて飛びぬけているからである。

 凜は強すぎて、夜人は弱すぎた。言葉を選ばなければ、余り者同士という訳だ。


 夜人が弱すぎて、教師が十分に警戒しているとは言え、魔物の住処に放り込むのは心配なので、確かな実力のある凛と組ませたというのもあるだろう。


「まったく、こんなどうしようもない雑魚と組まされるなんて。これじゃあ雑魚のお守りをしながら戦う全く別の訓練になりそうね」


 凜が腕を組んで、イライラを隠そうともしない口調で不意に言った。


「一応、守ってはくれるんだな」


 夜人が日光を避けるように両手でガードしながらそう返した。


「はぁ? あなたみたいな雑魚でも、私の隣で死なれたら私の沽券に関わるの。それだけのことよ。だから、私の見ていない所でならお好きに死んでくれてもいいのよ。ほんと、雑魚は考え方まで気持ち悪いのね」


 高慢に口端を吊り上げて、凛が夜人を見た。


 散々な言われようだった。軽い気持ちで言ったつもりだったが、これ以上何かを言おうものなら夜人のメンタルが削れる。

 

 そこで凛が何かを思いついたように口を開いた。


「あらかじめ、あなたには言っておくわ」


「えーと、何をですか?」


「これから、私の命令に無条件でしたがうこと。いいかしら?」

 

「は?」


 いきなりこんなことを言われたら困惑するに決まっている。


「な、なんでだよ? あとこれからって言うのはいつまで……」


 この訓練中、魔物を効率よく討伐するため格上の凛の指示に従うというのなら頷ける。

 だが“これから”というワードが、夜人は妙に気になった。


「いいから、私に従いなさい。じゃないと斬るわ」


 凜が魔道武装マギアデバイスが可変した右手の腕輪を夜人に見えるように持ち上げた。

 

 有無を言わさない迫力。傲岸不遜なその態度。“女王”と呼ばれる訳だ。


(どんな育ち方したらこんな性格になるんだよ……)


 だがそこに実力が伴っている以上、誰も文句を言えないのは事実なのである。


 夜人はこれ以上抗っても無駄だと感じて、しぶしぶ頷いた。


「はいはい、分かりましたよ」


「ふんっ。じゃあ最初の命令よ。訓練が始まるまで、私の視界に入ってこないで」


そう言ったかと思うと、凜は森の方向に視線を向けた。


(まさに女王様だよ……)


 夜人はそんな凜を呆れたように眺めた。




「さて、それじゃあ前半組、出発して。もう一度確認していくけど、四十五分経ったら戻ってくるように」


 桜子が森に入る準備が完了した生徒たちにそう告げた。


 そして、二人組の生徒たちが一斉に森の中に入っていく。

 その生徒たちを目で追っていると、小夏の姿を見つけた。


「……っ」


 たった今気づいたことだが、小夏のペアは鈴川であった。

 夜人と小夏の仲を妬んで、先日に夜人を三人がかりで襲った生徒だ。


(まぁ……、俺が気にしても仕方ないか)


 しかし、やるせないなと思う夜人であった。





「えいっ」


 小夏が片手剣型の魔道武装マギアデバイスを目の前の標的に向けて振り下ろす。

 狼に姿形が似ている四足の魔物――アノイヴォルフは、その攻撃を易々と跳んで躱す。


 だが、その瞬間、予め準備していた魔法を発動させた。


「――《樹縛(プラント・グラスプ)》」


 アノイヴォルフの足元から植物のつたが勢いよく飛び出して、四肢に絡みつき動きを封じた。


「鈴川くんっ」


「しゃっおらぁっ!」


 鈴川が地を蹴って加速し、槍型の魔道武装マギアデバイスをアノイヴォルフの身体に真っ直ぐ突き刺した。

 それが致命傷となり、アノイヴォルフは倒れ伏した。

 

「よし、これで三匹目」


 鈴川が満足そうに言って、槍先を倒れたアノイヴォルフに向ける。


「――《発火イグニション》」


 そう唱えた途端、アノイヴォルフの身体のみが発火し、一瞬の内に燃え上がる。今回の授業では、倒した魔物は燃やすことになっているのだ。


「やったな涼風。俺たち結構いいペースだと思うぜ」


「うん、そうだね」


 小夏はアノイヴォルフが燃え尽きた跡を顔を伏せて一瞥した後、笑顔をつくって鈴川に言った。


「この調子なら十匹以上は絶対やれる。どんどん行こうぜ」


「うん」


「じゃあちょっと待ってろ。ここら辺にいるヤツを探ってやっから。――《探風フィール・ビエント》」


 鈴川が目を閉じ風に感覚を乗せて周囲を探る魔法を使った。

 目を閉じたまま数秒ほどが経って、鈴川がニヤリと笑みを浮かべる。


「見つけた。ここからすぐ近くのとこに、アノイヴォルフが三匹固まってるとこがある。そこに行こう」


「え? 三匹って、ちょっと危ないんじゃ……」


「大丈夫だって、アノイヴォルフなんてしょせん雑魚だろ。安心しろよ、危なくなっても俺が守ってやる。どこかのハズレ野郎とは違って、俺なら雑魚が三匹集まった程度は楽勝だぜ」


「……。で、でも」


「大丈夫、大丈夫だって。ほら、俺について来いよ」


 鈴川が口端を上げて、小夏の返事を聞く前に歩き始める。


「う、うん……」


 小夏は煮え切らない表情で曖昧に頷いて、右手で片手剣を、左手で盾の持ち手を握りしめながら、鈴川の背中についていく。


 そうして気配を殺しながら移動して、鈴川と小夏は標的である三匹のアノイヴォルフを発見した。

 物陰に隠れて、小夏はアノイヴォルフの様子を観察する。

 

 アノイヴォルフたちは水たまりで水を飲みながら休憩しているようであった。


「よーし。やってやる」


 鈴川が槍を握りしめて、仕掛けるタイミングを見計らう。


 ――その時だった。


 ざわりと、風にも似た何気ない波動が森林地帯に広がった。


「……っ?」


 強烈な違和感を覚えた小夏は辺りをキョロキョロと見渡して、その正体を探ろうとする。

 そして彼女の視線は、最終的に、前方数メートルの位置にいるアノイヴォルフに向けられて止まった。


 小夏はハッと息を呑む。明らかに何か様子がおかしかった。

 今さっきまでのんびりと休息を取っていたアノイヴォルフたちだったが、その双眸は血走って、息は荒くなり、口の端からは涎がダラダラと流れている。


 不意に一匹のアノイヴォルフの視線がこちらに向けられる。


「っ!」


 小夏の身体に悪寒が走った。今、アレを相手にしてはいけないと、本能が警告していた。身体がガチガチに強張る。


「す、鈴川くん……っ。やっぱりやめよう、逃げた方がいいよ」


 しかし鈴川は、その異変に気が付いていないようであった。


「は? なに言ってんだよ涼風。今がチャンスだろ? いくぜっ」


「ま、待ってっ!」


 だが、制止の声は聴き届けられず、鈴川は槍を構えて物陰から飛び出した。


「っぅ!」


 仕方がなく、小夏も鈴川に続いて物陰から飛び出し、アノイヴォルフたちの前に姿を出す。


 三匹のアノイヴォルフたちは、いきなり現れた小夏と鈴川に血走った眼を向けて、低くどこか調子の外れた唸り声を鳴らした。


 

 どこかで、愉しげな笑い声が聞こえた気がした。


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