8.校舎裏での告白


「あ……、夜人」


 昼休みも残り少なくなり、桜子にお礼を言って別れ、決闘場から教室に戻る途中で夜人は小夏とばったり出会った。


「……」


 廊下の真ん中で向かい合う二人の間に気まずい空気が流れる。

 その原因は、今朝に夜人が鈴川と起こした騒動。魔道武装マギアデバイスを展開した鈴川に対して、同じように武装を展開しようとした夜人を、小夏が泣きそうになりながら止めた件についてだ。

 きっと小夏があんな顔をしていたのは、夜人が喧嘩したからだけではないだろう。

 出来損ないの夜人が鈴川を本気にさせて、大怪我をすることを恐れたのだ。


 あのまま小夏が止めなければ、魔道武装マギアデバイスを展開した本気の鈴川を相手にすることになっていた。

 怪我をするつもりなど毛頭なかったが、夜人が強くなったことを知らない小夏はどう思っただろう。


「あのさ、小夏」


「なに、夜人?」


 どこか無理のある笑顔を小夏は浮かべた。


「今朝の事は悪かった、ごめん。止めてくれてありがとう」


 頭を下げる。小夏は少し戸惑ったようだった。


「う、ううん。あはは、別にもういいよ。夜人も怪我しなかったんだし」


「いや、でもありがとう」


 あのまま続けていて、勢いに乗った夜人が鈴川相手に何をしたかは分からない。

 自分では冷静のつもりだったが、あの時は確かに興奮していた。


「それとさ、俺、小夏に言わないといけないことがあって」


「え、な、なに?」


 何故か小夏の顔が赤くなる。それを疑問に思いながらも、口を開いた。


「俺、少しだけだけど、魔法とか、まともに使えるようになってきた、かも」


「え……っ。ほんとっ!?」


 小夏は一瞬茫然とした後、パッと笑顔になって夜人を見た。


「あぁ、だから調子に乗って今朝みたいなことになっちまった。ていうのもある」


「そっか。そうなんだ……。でもっ、本当によかった。わたし、ずっと……っ、よかった」


「こ、小夏……っ?」


 感極まり、その青い瞳からポロポロと涙をこぼし始める小夏。

 「よかった……、本当によかった……っ」と泣きじゃくる小夏に夜人は戸惑い、どうすればいいか分からなかった。


「――ねぇちょっと、廊下の真ん中で邪魔なのだけれど」


 そんな二人に突如として場に合わない鋭い声を投げかけたのは、春風凛であった。

 夜人たち第一学年の中で最強と名高い生徒であり、昨年度の中等部武闘祭の優勝者である。その実力と、本人の高飛車な態度も併せて、陰では“女王”と呼ばれており、本人はその名前を気に入っていないようである。

 

 ついでに言えば、昨日の実技授業で夜人が殴られる一因になった生徒でもある。

 夜人の対極に位置する存在だ。


「聞こえなかったの? 教室に行くのに邪魔だから。退いてと言っているの」


 廊下の真ん中で立ち止まっていた夜人たちも悪いのだが、それを避けて行こうと考えないあたり、彼女の性格が出ている。


 泣いている小夏から夜人に視線を移して、気に入らないという顔を見せる凛。


「やる気のない雑魚が、私の道を邪魔しないで……」


「ご、ごめんね春風さん」


 気が付いたように小夏が謝って、夜人と共に廊下の端に移動した。


「ちっ」


 最後にもう一度夜人を一瞥し、舌打ちを残した凛は教室の方に向かっていった。


「あはは、怒られちゃったね。わたしたちも教室にもどろっか」


 小夏は頬についた涙の跡をハンカチで拭って、夜人に笑いかけた。


「あぁ、そうだな……」


 そう答えながら、夜人は遠ざかっていく凛の背中を見つめた。





「……ん?」


 放課後、夜人が昇降口で靴を履き替えようとすると、靴箱の中に一枚の手紙が置いてあった。


「手紙……?」


 今の時代に随分と古典的だと思いつつ、その手紙の封を切る。

 そこには、可愛らしい文字で『今から一人で高等部の校舎裏に来てください。待ってます』と記されてあった。


「…………まじかよ」


「夜人―っ、何見てるの?」


「っ!」


 背後から小夏の声が聞こえ、慌ててその手紙をポケットに突っ込む。


「い、いや大したもんじゃないよ」


「ふーん。じゃあ一緒に帰ろっ?」


 嬉しそうに言う小夏に、しかし夜人は「すまん」と返す。


「え?」


「ちょっと、今やらなきゃいけない用事を思い出したんだ。だから先に帰っておいてくれ」


「でもわたし、待つよ?」


「いや、いいよ。昨日みたいに遅くなりそうだし」


「……そっか」


 思ったより沈んだ様子の小夏に、夜人は申し訳なさを覚える。


「今度なんか奢るからさ」


「ほんとう? 食堂とかじゃなくて?」


「え? あ、あぁ、うん。ちゃんとしたとこのご飯奢ってやるよ」


「ふふ、そっか。じゃあ分かりました。それじゃぁまた明日ね、夜人」


 小夏が手をふるふると振って、夜人に背を向ける。

 その背中を見えなくなるまで見送ってから、手紙に指定された通り、高等部の校舎裏に向かうのだった。





「たぶん、ここだよな」


 丁度十メートルほど距離を置いた建物に挟まれる形になって、薄暗い空間が出来上がっているその場所にやって来た夜人。


 手紙の差出し人はいないかと、キョロキョロと周囲を見渡す夜人。だがその時、魔法の気配が夜人に向かって飛来した。


「っ!?」


 完全に死角から飛んできたソレを、身をよじって躱す。


「へーっ、今のを避けんのか。やっぱハズレ野郎てめぇ、多少はコツを掴んだみたいだな」


 嘲笑の雰囲気の中に怒りを滲ませた声が届く。

 振り返ると、物陰から三人の生徒が現れた。既に三人とも全員、魔道武装マギアデバイスを展開している。

 その三人の先頭に立っているのは、今朝に夜人と騒動を起こした鈴川だった。他の一人は同じく夜人のクラスメイトだが、もう一人は別のクラスの男子だった。


「なるほどね……」


 この状況の意味を理解した夜人はそう呟く。全く期待しないではなかったが、どことなくこうなるような予感はしていた。


「それで? 一体誰が俺に告白してくれるんですかね?」

 

「全員だよこのハズレ野郎が」


 吐き捨てて、鈴川が槍型魔道武装マギアデバイスを振り上げた。


「――《風刃ウィンレイド》」


「くっ」


 広範囲に視認しにくい風の刃が吹きすさぶ。

 大きく横に跳んで回避を計ったが、頬が浅く切り裂かれて血が流れた。

 

「――《炎弾イグニスバレッド》」


 夜人の着地のタイミグを見計らって、別生徒が放った炎弾が飛んでくる。


「チッ、――展開アクティベートッ」


 夜人は刀型魔道武装マギアデバイスを展開して、炎弾を斬り捨てる。二つに分かれた炎弾は背後の建物に衝突して、壁を黒く焦がした。

 どうやら流石に手加減して撃ってはいるようだ。


 夜人は油断なく三人の生徒に刀の切っ先を向けながら、口を開く。


「いきなり攻撃してくんのは酷いんじゃねぇの? お前らは俺と違って優秀なんだからさ、こんなことしなくてもいいだろ。三人で寄ってたかって、そんなに俺が怖いのか?」


「変な勘違いしてんじゃねぇよハズレ野郎。てめぇみたいなクソ雑魚が怖い訳ねぇだろうが。ただ俺ら全員、お前がムカついて仕方ねぇだけだ」


「……へー。随分と素直だな。弱いだけでムカつかれるなんて、俺も哀れだよ、ほんと」


「は? ちげぇよ」


「じゃあ何なんだよ」


 ここまで憎まれる理由が分からず、素直に気になった。まさか肩がぶつかっただけで、ここまでやるほど鈴川も馬鹿じゃないだろう。


「ムカつくんだよ。お前みたいな最底辺のクソ雑魚が、涼風さんと一緒にいることが」


「……小夏?」


 何故そこで小夏が出てくるのか不思議に思う夜人だったが、すぐに察する。


(あぁ、そういうことか)


 要するに、誰から見ても不釣り合いな夜人と小夏の関係は、苛立ちすら感じさせる程だったということだ。


 確かに夜人も、あの優しい少女には自分よりもっと相応しい人物がいると思っている。


 が、しかし。


「少なくともそれはお前らじゃねぇよな。何だよお前ら、もしかして三人とも小夏に告白してフラれたりしたのか? それで今度は俺に告白ってか。見境ねぇな」


 その言葉に、三人の額に青筋が浮かんだ。


 夜人は今までの意趣返しにと、思い切り嘲笑の表情を浮かべて言う。


「でも悪かったな。この告白は受けらんねぇ。テメェらは俺のこと大好きかも知れないけど、あいにく俺はそこまでお前らに興味ないんだわ。ご愁傷さま」


「てめぇっ! ちょっとやれるようになったからって、調子に乗るのもたいがいにしろよっ! 死ねっ!! 殺してやる!」


 憤怒の表情で、容赦なく魔法を撃ってくる三人。夜人は刀も活用して、それら全てをいなしながら、さっさと逃げ出そうと考える。


 人目のあるところに行けば、彼ら派手なことはできなくなる。

 ここで彼らを迎え撃ってもいいが、そうすれば、また小夏を悲しませてしまうだろう。


 だから夜人は最低限以上のことはせず、この場から脱しようと彼らから距離を取っていく。

 だが、もう容赦する気がない彼ら三人の猛攻を、同時に受け流すのは思ったより面倒だった。


「ちっ」


(ここまでやられてんだから、ちょっとくらいぶん殴ってもいいよな……)


 夜人がそう思った瞬間だった。

 その場に一陣の風が吹き抜けて、鈴川たち三人の生徒の動きがピタリと止まる。


 そしてその静止の後、彼らは足元から崩れ落ちるようにしてその場倒れ込んだ。


 

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