7.チカラの調節
「はぁ、ほんとに君はもう……。今回は怪我がなかったからよかったものの」
悩ましげにこめかみを押さえながら、桜華学園の教師の一人である古上(ふるかみ)桜子(さくらこ)はそう言った。
夜人のクラスの担任教師で、魔法理論の授業を担当しており、見た目の年若い美人な女性で、男女問わず生徒の中で人気がある。
「すみません……」
色々あって彼女に頭の上がらない夜人は、素直に謝罪の言葉を述べた。
職員室内の対談スペースにて、夜人と桜子は話をしていた。職員室内と言っても、ここは小さな個室になっていて、他の者にはこの場所の様子や声を感知することはできないようになっている。
昼休み。夜人は、今朝に起こった鈴川との騒動の件でこの場に呼び出されていた。
「まぁでも、衆印くん個人に対する処罰はないから安心してちょうだい。校則を破った鈴川くんには、もちろん相応の罰があるけどね」
「それはありがたいです。どこかの暴力教師なら、難癖付けて俺にも罰を与えてきたでしょうけど」
桜子はそれを聞いて、怪訝そうに眉根を寄せる。
「もしかして、貴元先生のこと?」
「いきなり殴られて割と痛かったですね」
それを聞いた桜子は、心を痛めたように目を伏せる。
「……ごめんなさい。貴元先生には私から伝えておくわ」
その傷ついたような桜子を見て、夜人は少し焦った。
「い、いや、先生が謝る必要はないですよ。悪いのはあの自分が良ければなんでもいい暴力クソ教師で……」
「こら、衆印くん。思ってもそういうことは言わないこと」
桜子は呆れたように、小さく笑った。そして真面目な顔になる。
「もしそれが誰かに聞かれて、また君が嫌な目に合うかもしれないんだから」
「はい、すみません……」
「でも、君は頑張ってるわよね。なんだかんだ言って、学校にはちゃんと来てくれるし……。それに、えっと」
そこで、桜子は言葉に選ぶように唇を震わせた。桜子も知っているのだ。夜人が何故、多くの者から見下されているのか。何故、ほとんどの者がそれを咎めようとしないのかを。
また夜人も分かっていた。彼女が何かと自分を気にかけてくれることも、そこに起因していると。
「別にハッキリ言っていいですよ。俺には魔道戦士(ブレイバー)になるだけ才能がないって。あと、俺が学校に来る理由は、学費を出してくれた親への義理立てみたいなもんです」
とりあえず座学の成績を保って卒業さえすれば、魔道戦士(ブレイバー)の資格は得られずとも、高校卒業資格は得られるから。
少なくとも今までは、そう思ってきた。
「そんなことは……」
桜子は最後まで否定の言葉を続けられなかった。
「で、でも、聞いたよ衆印くんっ。あんまこういう事言うのはよくないだろうけど、鈴川くんと喧嘩しても、全部攻撃よけちゃったんでしょ? もしかしたら――」
「あぁ、はい。そのことですが古上先生。一つ俺から伝えたいことがありまして」
正直、ちょっとやり過ぎたと思った。
今朝の鈴川の攻撃を全て易々と避けたのは、今までの夜人からは考えられない。
だが、よく考えれば別に特段おかしくはない。夜人は学生だ。ある日、偶然、ちょっとした
というより、今までが弱すぎて目立っていたほどなのだ。少しくらい強くなった方がむしろ普通である。
「え、伝えたいことって……?」
「俺、ちょっと掴めてきたみたいです、魔法とか諸々合わせて、その使い方を」
「ほ、ほんとっ!?」
「えっ、ちょっ、先生っ?」
桜子は瞳を輝かせると、腰かけていたソファから立ち上がり、乗り出すようにして夜人の両肩を掴んだ。
「それ、本当なのっ?」
「あ、あぁ、はい。むしろ、こんな簡単なこと、なんで今まで出来なかったんだろってくらいで……」
「じゃあっ、今から私が見てあげるわっ。ちょうど時間も空いているし、今から適当な決闘場の場所取ってくるから、ここで待っててねっ」
弾むようにそう言って、桜子は個室から飛び出していく。横目に見えた彼女の表情は、嬉しそうであった。
ポツンと一人残された夜人は、茫然として呟く。
「え、えぇ……。マジですか」
〇
夜人たちが通う桜華学園の敷地は、非常に広い。具体的な単位に直して、敷地面積が約一〇〇万平方メートル。徒歩で周囲を一周しようとすると、一時間近くかかる。
そしてその中に、中等部と高等部の校舎、戦闘訓練時に使用される決闘場と呼ばれるドーム型施設が十三あり、他には研究設備まで揃っている。
また決闘場内においては、教師の同行がある場合、魔法の使用と魔道武装(マギアデバイス)の使用が許可されているため、実技系統の訓練授業はほとんどここで行われる。
そして夜人は今、テンションの上がった桜子に高等部校舎の近くに位置している第八決闘場に連れらて来ていた。
「あの、先生……。ほんとにやるんですか?」
「もちろん。衆印くんがどこまでやれるようになったか、知りたいもの。思えば私、君の実技を直接見るのは中等部の時以来ね」
「……じゃあ、わかりました」
「よろしい。じゃあ魔道武装(マギアデバイス)を展開してもいいわよ。その状態で、どれくらい魔法が使えるのか見せてちょうだい」
魔道武装(マギアデバイス)。それは、科学と魔法の発展によって生まれた魔道戦士(ブレイバー)専用の個人武器だ。
使用者個人の認識によって展開――活性化して初めて武器としての性能を発揮する。
本人の魔力によって武器の強度や性能の向上が可能である点も革新的だが、何より魔道武装(マギアデバイス)を媒介にすることで、魔法の使用が格段に楽になるのだ。
威力そのものを上昇させる効果はそこまで大きくないが、それによって魔法の精度が増す。つまりより緻密な魔法を編めるようになるのだ。
「――展開(アクティベート)」
夜人は桜子の言葉に頷いて、言われた通りに魔道武装(マギアデバイス)を展開した。
彼の右手に黒の刀が握られる。
「……ふーっ」
夜人は大きく息を吐き出して、意識を集中させる。
(集中、集中しろ。もしここで、昨日みたいな規格外の魔法を使ったら、それこそまずいことになる)
だが、これはいずれに必要になることだ。夜人がこれから平均的な実力を装うならば、これくらい簡単にやらなければ。
(強すぎず、弱すぎず、平均より弱いくらいの威力で……。大丈夫、俺ならやれるはずだ)
夜人も、自分が出来損ないだからと言って、初めから努力を捨てていたわけではない。
努力して、魔法や剣術を頑張って、無理だと悟って諦めたのだ。
(あの時を思い出せ。今の俺なら、魔法の威力の調整くらい、訳はない)
「……よしっ。――《衝撃(インパクト)》」
心を決め、そう唱える。魔力を魔道武装(マギアデバイス)を媒介に通して、魔法を発動させた。
すると、夜人が狙った通り、十メートルほど離れた場所の中空に、ズンと大気を震わせる衝撃が生まれた。
昨夜とは全く違う、イメージした通りの小規模の衝撃波だった。
「……できた」
安堵に胸を撫でおろす。
「衆印くんっ!」
桜子が駆け寄ってきて、刀を握る夜人の手をその上から包むように握った。
「せ、先生?」
「すごいじゃないっ。できるようになってる! ほらっ、やっぱり衆印くんはできる子なんだよ! 私ずっとそう思ってたの!」
桜子の満面の笑みを浮かべて、夜人の成長を心底喜んでくれているようであった。
「あ、ごめんね。嬉しくてつい」
桜子が夜人の手に触れている自分の手に気付いて、少し照れたように笑った後、そっと手を引いた。
「……っ」
夜人は自分の顔が熱くなるのを感じた。彼女に妙な気がないことは分かっているが、それでも期待してしまうのが男だ。
でも本気でやめて欲しいと思った。こういう悪意なき天然が、純粋な男子生徒を勘違いさせるのである。
桜子はかなりの美人なのだ。
(まぁ、でも……)
こんな風に喜んでくれる人がいるなら、夜人は自分がチカラを得てよかったと思えるのであった。
「さぁさぁ衆印くんっ。せっかくだからもっと色々試してみせてよっ。時間いっぱいまで私が付き合って上げるから」
拳をギュッと握って、期待するように夜人を見る桜子。
「それで、今日からいっぱい訓練して、今年は無理かもしれないけど、武闘大会の本戦にも出場できるようになるかもっ」
(武闘大会か……)
この桜華学園にて、十二月の半ばに行われる武闘大会は魔道戦士(ブレイバー)を志す生徒たちにとって最も重要なイベントである。
学園内の決闘場にて行われる、魔道武装(マギアデバイス)を使用した一対一の真剣勝負。
成績にも関わり、魔道騎士団のスカウトが将来有望な生徒を見定めにやって来たりする。注目度も高く、自分の実力を示すための絶好の機会と言える。
中等部三年生限定の武闘大会が先に行われ、そのまま続けて高等部全学年混合の武闘大会が行われる。規模も注目度も、高等部の方が上だ。
武闘大会本選に出場するには、任意のエントリーを経てから幾つかの予選を勝ち抜く必要がある。
生徒の九割以上が出場するため、実質生徒内でのナンバーワンを決める大会なのだ。
もちろん自信の弱さを自覚している夜人は、エントリーする気などさらさら無かったが、大きな力を得た、否――本来の実力に気付いた今ならどうだろう。
(……さて、どうしたもんかな)
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