2.妹襲来
「ったくあのクソ教師……!」
とっくの昔に日は沈み、もう夜の時刻となった帰路を
放課後。暴力クソ教師こと貴元の元に言われた通りに向かった夜人は、授業をさぼった罰ということで問答無用で大量の雑用を押し付けられた。
さらにそれらは肉体労働が多く。魔法を使うことも禁止された。
まぁ、夜人にとっては魔法が使えようが禁止されようがさほど変わりのないことだが、それでもそこまで徹底するあの
ぶつけようのない怒りを抱え、肉体の疲労を堪えながら、脚を引きずるようにして、ようやく自宅に帰ってくる。
「た、ただいま……」
返事がないと分かっていながらも、反射的にそう口にしながら扉を開ける。
だが――――。
「おかえりなさい! お兄ちゃん!」
「――――」
快活な声が聞こえ、顔を上げる。そこには、満面の笑みを浮かべる小柄な少女がいた。
見たことのない少女だ。
夜人と同じ黒色の長く艶やかな髪に、瞳の色は血のように赤い。肌の色は陽の光を一度も浴びたことのないように白く透き通っており、面立ちの整った可愛らしい少女だ。隠しきれない愛嬌があふれ出ているようである。
が、しかし、見覚えがない。
なにより問題は、彼女が口にした「お兄ちゃん」という言葉だ。
唐突すぎる異常事態に夜人の脳の処理が追い付かず、彼は口をぽかんと開けたまま固まる。
「あぁ……っ、やっと会えた。ずっと、ずっと逢いたかったんだよお兄ちゃん……っ!」
そうして「お兄ちゃーん」と言いながら、その小柄な少女は夜人の腰にピトリと張り付いた。
「お兄ちゃんお兄ちゃん……っ! あぁ、いい匂いがする……。これがお兄ちゃんの匂いなんだね」
夜人の腹にグリグリと顔を押し付けてくる少女に、夜人はようやく思考停止の世界から舞い戻ってきた。
(誰だよこいつ……っ!!)
内心でそう叫んだ。そして、腰にしがみついて離れようとしないこの少女を観察する。
とても小柄な少女で、見たところ夜人より二、三歳は歳が下であるように思える。
服装はレインコートのような黒い外套を身にまとっていた。
「えへへっ」
花が咲いたような笑顔で、夜人のことを真下から見上げる少女。
血のように赤い瞳が、夜人の黒い瞳とぶつかる。
少女の口腔もまた血のように赤く、牙のように鋭利な歯がチラリと覗いた。
本当に嬉しそうな笑顔である。彼女に犬の尻尾がついていたら、間違いなくブンブンと振られているだろう。
少女が不審であることには間違いないが、すぐに自分に危害を及ぼす存在でないと悟って、ひとまず落ち着きを取り戻す。
「あー、あのさ」
「うんっ、なにっ? お兄ちゃん?」
瞳を輝かせる少女。期待の輝きだ。
「いくつか君に聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「いいよっ。なんでも聞いてっ」
ぴょんぴょんと軽く跳ねながら少女が言った。
「じゃあ聞くけど……。君は誰? どうやってここに入った?」
「あのねっ、ティーナはお兄ちゃんの妹だよっ。この部屋にはね、窓が開いてたから勝手に入っちゃったの。ティーナね、お兄ちゃんを早く感じたかったから……。でもね? なにも変なことはしなていから、だから許してお兄ちゃん……」
少女はかなり興奮しているようだった。彼女の言動から、それがありありと伝わってくる。
どうやらティーナという名前らしい少女は、懇願するような瞳で夜人のことを下から見つめる。
「わかった。勝手に入ったことに関してはもう何も言わない。だからもう少し落ち着いて、詳しく話してくれないか」
話を早く進めるためにティーナという少女の不法侵入を許し、彼女に落ち着くことを促す。
すると少女は、ハッと何かに気付いた様子になると、少し身を引いた。それでもまだ、彼女の両腕は夜人の腰に回されたままであるのだが。
「ごめんなさいお兄ちゃん……。ティーナ、お兄ちゃんに会えて興奮しちゃって。そっか、そうだよね。お兄ちゃんはまだ、何も知らないんだもんね」
「え……?」
「じゃあちゃんと自己紹介するね。――
そう言って、明るく笑うティーナ。
だが夜人は動揺した。
「
激しい動揺の結果、乾いたような笑いが夜人の口からこぼれ落ちる。
衆印夜人は捨て子である。
それに関して、夜人はもう何も気にしていない。
こんなどうしようもない自分をここまで育ててくれたのは今の親に違いないわけだし、それについては感謝しかない。
だが、ここで問題なのは、夜人には他に生みの親がいるという紛れもない事実である。
いつからか、薄々と感じていることがあった。
この、他とは明らかに異なるこの体質は――常に身体が気怠く、日光に異常に弱いこの体質は――、自分の本当の親と何か関係あるのではないか……? と。
そして、それはあまりに恐ろしくて、普段は考えないようにしていることだが、確かに夜人は何度も感じたことがある。血液に対する、抗いがたい引力のような魅力を。
怖かったから。もしその欲求に感情的に従ってしまったら、自分が自分でなくなるような気がしていたから。
だからもし、本当に自分が
「――違うよ?」
「――――っ」
「違うよ。お兄ちゃんは
そうハッキリと言われた時、夜人の胸の内に妙な感情が沸き上がった。
それはまるで安堵と落胆をない混ぜにしたような、不思議で気味の悪い感情だった。
「そう、お兄ちゃんは
口端を吊り上げて、ティーナは冷静にそう言い放った。
「っ!?」
夜人の心臓が跳ね上がる。動悸が今までにないくらい速かった。
ソレは日光を嫌い、血を飲むことを好み、あまりに強大なチカラを持つため、数の暴力で人間によって駆逐された種族だということだ。
ティーナが夜人の腰に回した腕をギュッと締め付ける。そして、愛おしむように頬を夜人にこすりつけた後、上目に彼を見上げた。
「お兄ちゃんはね、人間と
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