21話――四人




 鋭い痛みを感じて、目を覚ました。視線の先にあったのは、知らない天井。

 俺は清潔感の漂う小さな個室にあるベッドの上に寝かされていていた。


 痛む身体に顔をしかめながら上半身を起こして、横を見やる。

 そのすぐ隣には、アリア、ソフィア、エレナの三人がいた。顔がかなり近い。


「うぉ!」


 驚いて少し身を引く。


「よかったぁ!」


 そんなことは構いもせずに、ソフィア以外のアリアとエレナが俺に飛びついて来た。

 身体に激痛が走る。


「痛い痛い痛い!」


 それでも二人は動かなかった。


「お兄ちゃん、おにいちゃん……っ!」

「うぅぅっ、ウィルぅぅ……」


 ポロポロと涙をこぼして俺の名前を呼んでいる二人に、俺は戸惑うしかできない。


 一体何がどうなったのだろうか。


 俺は近くにいるソフィアを見る。すると、彼女はどこか気まずそうに目線をそらした。

 でも、俺を殺すと宣言した時のような狂気と危うさは、ソフィアの中から消えているように思えた。多分。

 故に俺は割と安心した気持ちで、ソフィアに話しかけることができた。


「あー、あの、ソフィア、、姉さん。ここってどこ?」

「ウィルくん。ここは病院だよ、ウィルくん本当に危なかったんだから」


 危なかった、というのは、あのドラゴンから最後に受けたブレスのせいだな。

 彼女らがここまで運んでくれたということだろうか。


 ていうかよく生きてたな俺。死んだかと思った。


「あのね、ウィルくん、私ね……。少し、いいかな?」


 ソフィアが、俺にしがみついてぐすぐす言ってるアリアとエレナを横目にして、言った。


「なに」


 俺はまだ多少の警戒を残しつつも、話の先を促した。

 ソフィアは一つ頷いてから、若干視線を下げつつ口を開いた。

 

「今になって言うのは卑怯だと思うんだけどね、私、少しどうかしてたと思うの」


 少しではなかったけどな。


「私、ウィルくんがあんなこと考えてるなんて思わなかった。私は、ウィルくんが私だけを見てくれればそれ以外には何もいらないと思ったから……。

 ウィルくんが、私たちが意識を失ったと思い込んでルーカスさんと話してた内容も聞いて、やっぱりそれがウィルくんの本音なんだ、って思って……」


「……えッ?」


 何だか今の話だと、ルーカスのあの魔法で彼女らは、実際は眠っていなかったということになるんだが。

 理解し難い顔をしている俺を見てか、ソフィアが付け加えるように言った。


「あぁ、私はあんなので眠ったりしてないよ。ウィルくんの話を聞いて、ウィルくんが何をしようとしてるのか気になったから、眠ってるフリをしてたの。

 さっき知ったんだけど、アリアちゃんとエレナちゃんも同じだったみたいだね」


 何でもないようにソフィアは言った。

 そして、俺とソフィアは、俺に抱きついて鼻を鳴らしているアリアとエレナを静かに見下ろす。


 ……ウソだろ。

 いつかも感じたような恐怖に似た何かが胸の中に生まれる。

 やはり俺はどこまで言っても彼女らには叶わないのか……。


「――私ね、ウィルくんが好きだよ」


 呟くように言って、ソフィアがアリアとエレナを押しのけるようにして俺の体に触れた。

 俺に触れるその手つきは、撫でるようで、壊れ物を扱うようだった。


 ソフィアに押しのけられたアリアとエレナが一瞬だけ驚いたように目を見張り、そして、刺すような殺気が弾けるようにして溢れたのがわかった。

 身体がこわばる。


「私はね、ウィルくんが好きなの。そしてウィルくんに私のことを、お姉ちゃんのことを愛して欲しい。私だけを愛して欲しいの。

 それ以外は何もいらない、邪魔なだけ。

 だから、私だけを好きでいてくれないウィルくんなんてこの世にあっちゃいけないと思ったし、耐えられなかった。

 だから殺さなきゃいけない思ったんだよ?」


 クスリとソフィアが俺に微笑みかける。


「――――」


「まぁもちろん、そのあとは私も死ぬんだけど」


 ソフィアは俺に触れる手を離して、くるりとアリアとエレナに向き直る。


「でも、ウィルくんも私と同じように強い気持ちで、この四人で一緒にいたいって思ってるって知って。

 ……それで、ウィルくんが竜種の魔物ドラゴンに殺されちゃいそうになってる時、私たちを庇ってくれてウィルくんが死んじゃいそうになった時、――あぁっ、やっぱりウィルくんは死んじゃダメだって思ったの。

 諦めて、殺したくなるくらいなら、どんな手を使っても、ウィルくんに私を好きになってもらう方がずっといいって、ね」


 ソフィアが首だけを俺に向けて「ね?」と小首を傾げてみせた。


 俺はこわばった体を、解くことができない。


 ソフィアが、両の人差し指をそれぞれアリアとエレナに向ける。


「例えば――、むしろ、アリアちゃんとエレナちゃんを二人とも殺しちゃう、とか」


 しかしソフィアはすぐに腕を下ろした。

 アリアとエレナも全く動じていなかった。


「でもそれじゃあ意味ないよね。私が欲しいのはウィルくんの『心』も全部含めた『ウィルくん』なんだから」


 ふっとソフィアは表情を和らげて、正面の二人をぎゅっと抱き寄せる。


「けどそれはアリアちゃんとエレナちゃんも一緒だもんねっ」


 アリアとエレナは、嫌そうに顔をしかめた。例えるなら、とんでもなくマズイと分かっている料理を完食しろと言われた時みたいな。

 ソフィアはニコニコと笑っているが、よく見ると眼だけは笑っていなかった。

 

 それを見た瞬間、ゾクリと悪寒がした。


 ソフィアは二人から手を離す。

 すると、ソフィアから解放されたエレナが俺の元に寄って再び抱きついてきた。


「おにぃ、ちゃん……」

「エレナ……」


 その様子を、ソフィアは変わらず瞳の笑っていない微笑みで見守った。

 背筋が震える。


「あぁ、大丈夫だよウィルくん。ウィルくんが起きるまでの間、私たちちゃんとお話したから」


 ソフィアがアリア、そして俺に擦り寄るエレナを見やった。


 アリアが少しだけ迷うようなそぶりを見せながらも、口を開く。


「あのね、ウィル。あたしもね、別にソフィアちゃんやエレナちゃんとケンカしたいわけじゃないの。二人とも大好きだよ、

 でも、それでも、ね。

 ウィルのことを一人で勝手に連れ去っちゃうなら、――話は別」


 ヒヤリとその場にある空気が凍りついたような錯覚を得た。


 しかし、それは一瞬のことに過ぎなかった。


「だからね――」


「え?」


 アリアが一度伏せた目を再び上げてそう言った時。

 その時、ずっとその場に張りつめていた『何か』が剥がれ落ちたように感じた。


 心をキリキリと押さえつけていたソレが溶けるようになくなる。

 一言でいうなら、とても安心できる空間。

 

「みんなで話し合って、そういうことはナシにしようっていうことにしたの」


 アリアがどこか不服そうに言った。

 言われたことの意味がわからず、俺は困惑する。

 意図せず、説明を求めるようにソフィアに視線を送ってしまった。


「私はね、ウィルくん。ウィルくんのことが好きなの。それでね、一言で言っちゃうとウィルくんを独り占めしたい。

 けどそれは、ウィルくんが望んでないことだって知らされちゃったの。

 ホントに困っちゃう。

 そして、それはアリアちゃんとエレナちゃんも同じことなの」


 そこでソフィアは一度言葉を切った。


「……だからね――、

 私たちは、もうウィルくんを勝手に独り占めしませんっ、てことにしたの」


 微笑むソフィア。

 それは先程と違って、本当の笑顔に思えた。

 アリアを見る。彼女は少しだけ唇を尖らせて、ソフィアを視線から外して俺を見ていた。それでも、そこに『あの時』のような危うさは感じられない。

 エレナは、そんな内容の話が出てきても、全く動じずに俺に抱きついたままだった。


 けれども、どうにも違和感が拭えない。

 それでは、あまりに俺に都合が良すぎる。彼女たちは本気でそれを言っているのか。どうにも心が信じられなかった。


 だから、俺の口から溢れるのは純粋な疑い。


「……それで、いいのか?」

「ウィルくんが言ったことでしょ?」


 その通りだ。


「私たちだって、ウィルくんと二人きりに慣れないのは嫌だけど、また『あんなこと』になるのもいやだよ。

 私は、アリアちゃんとエレナちゃんも大好きなんだから」


 俺は、不服そうにしているアリアに視線を向ける。


「あたしも……っ、ソフィアちゃんも、エレナちゃんも好き、だもん。

 それで、誰よりも、ウィルが大好き」


 絞り出すように言って、アリアは拗ねるようにそっぽを向いてしまった。

 俺は、先程からずっと強い力で俺を抱きしめているエレナを見下ろした。

 

「……エレナはっ、お兄ちゃんがエレナの側にずっと、ずっとずっとずっとエレナと一緒にいて、エレナのことを見てくれるなら、それでいい……、」


 心から直接吐きだしたような声音だった。俺は、気付けばエレナの髪を撫でていた。

 エレナは嬉しそうな吐息を漏らして、さらに顔を押しつけるようにして俺に身を寄せた。


 俺は、信じられない気持ちで、視線を上げた。そこで、ソフィアと視線がぶつかる。

 彼女は「ほらね」とでも言いたげな顔をしていた。

 その表情に、ゴンと心を直接殴りつけられたような気がした。


「ウィルくんは、私たち三人と一緒にいたいんでしょ?

 ウィルくんは、私たちのことを好きで、愛してるんでしょ?

 ――三人とも・・・・愛してくれ・・・・・るんでしょ・・・・・?」


 真っ直ぐ俺を捉えて離さない、俺の心に向けられたその問いかけ。

 俺は少しだけ逡巡した。

 ここで即答できないというのが、どこまでも締まらなくて笑えてくる。


 けれども、彼女たちがそう・・言ってくれるなら、

 『あの時』の彼女たちの狂気が、俺に対する好意から生まれたもので、彼女たちが誰よりも俺を想って、こんなことになってなお、当たり前のように、好きでいてくれるなら、


 俺は覚悟と意志を持って、頷いた。


 だって、こんなにも素敵な彼女たちなのだから――――


「アリア、ソフィア、エレナ。俺は三人のことが好きで、絶対にそれは違えないって確信できるよ」


 異世界に来て十五年とほんの少し、大変なことにもなったが、


 ――――今ここに、俺のハーレムができたのだった。

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