14話――再開



「――――ッ」

「…………」


 片手で強く額を押さえ、床をジッと見つめる。

 顔を下げ、無言で床に視線を縫い付け、無言を保つ俺をルーカスが見ているのがわかった。

 値踏みをするような視線で、静かに俺を観察している。


 そんな妙に長く感じられた静寂の先、ふっとルーカスが張り詰めた空気をほどくように息をついた。


「どうやら、ひとまず落ち着きはしたみたいだな」

「……」


 俺は何も言わない。言えない。


 一体、こんなのどうすればいいんだよ……。

 未だに信じきれない、自分に呆れる。


 どうして、こんな、『彼女』が……、俺が、何をした……?

 俺は何をしたんだ。


 今の状況を客観的に、端的に説明すれば、こうだろう。

 ――女の子に好かれすぎて、身の危険におかされている。


「わけわかんねぇよ、……ったく」


 心からの声が漏れる。


 確かに、彼女たちに好かれるような、好感触を得られるような行動を意識し続けていた覚えはある。


 現世で見たアニメや、読んだ漫画やラノベの中に出てくるような、鈍感ハーレム主人公を頭の隅っこに意識してきた節はある。


 だって、しょうがないだろう。

 可愛くて、性格も良いと思えた女の子が身近に居たのだから。

 その全員に、良い顔をしたからって、何が悪い。

 誰にも文句なんぞ言わせない。


 俺は、この世界に転生したと自覚した日、何を思った?


 モテモテなハーレムライフを送ろうと、そう思った。

 別に心の底から決意して、自分に誓ったわけでもない。


 ただ、ぼんやりと、軽く、今度こそそんな人生が送れたらいいなと思っただけだ。


 そんで身近に可愛い女の子が三人もいて、まぁ、うち一人は実の妹だが、それでも、彼女たちと仲良くできて俺は楽しかった。そう、心から思えていたはずだ。


 なのに、どうしてこんな……。


 彼女たちの好意に気付いていながら、それを放置した俺が悪いのか?

 

「……俺の、せい、なのか?」


「……はぁ、辛気臭ぇ面しやがって」


 嘆かわしいと言外に大きく主張しながら、ルーカスが肩をすくめて首を振る。


 そんな父親の姿に、俺の体に熱いものが走った。

 怒りだ。


 こいつは、何も知らないくせに……ッ!

 一体俺がどんな目に合って、どんな状況におかされているのかも知らずに、勝手なこと言いやがって――――


「一体どんなことがあったかなんて俺は知ったこっちゃねぇが、お前が今どうしようもないことを考えてることだけは分かる」


「はぁッ?」


「俺に当たるんじゃねぇよ、みっともねぇ」


「――ッ!」


「意味のないことばっか考えてないで、これからどうすればいいかを考えてみろよ。別にこうなった以上、無理に全ての事情を話せとまでは言わない。けど、何かがあれば出来る範囲で助けてやることくらいはできる」


 雑に放たれたルーカスの言葉に、俺は耳を疑った。


「え?」


「お前ももう子供じゃないんだからな。やるべきことくらいてめぇで考えろ。その代わり、親のことは信じてみろ。もし次に、これ以上酷い状況におかされたお前を見つけたら、ただじゃおかないからな」


「……は? だから何を言って」


「精々慎重にな。どうしようもなくなったら、すぐに知らせろ」


 ピンと、ルーカスの指から弾かれたのは、小さな輪っか。

 それを俺は掌で受け止めて、眺める。

 緑色の宝石があしらわれた、指輪だった。


「これは?」


「魔力を込めれば、その時にいる位置を俺に知らせる。転移が可能になるってことだな。一回しか使えないくせに希少なもんだから変なことに使いやがったらマジでぶっ殺すぞ」


 割と本気の目付きで睨まれて、俺は得体の知れない危険に晒されているような気分に陥った。

 そこで思い出す。

 ルーカスは、彼女たちに魔術の指南を施した、超がつくほどレベルの高い魔術師であると


「話は終わりだ。あとは好きにしろ」


 吐き捨てるように言って、ルーカスが部屋の扉を顎で示す。


 俺は、ルーカスに言われたことを噛み締め、反芻して、思考する。


「……分かった。好きにしてみる」


 緑に輝く小さな指輪を握りしめて、俺はルーカスに背を向ける。


「あっと、忘れた。これも持っとけ」


「んぁ?」


 振り返った俺の鼻先に、重々しさを感じさせる灰色の袋が飛んできた。

 受け止めた途端、ずっしりとした重さが腕を直撃して、思わず床に落としそうになった。


 そのゴツゴツした袋の感触と重みで分かった。

 中に入っているのは、金だ。


「……」


 俺はルーカスに深く頭を下げてから、家を出た。


 

 何をどうしたいのか、どうするべきなのか、どうしようとしているのか。

 どれもこれも分からないことだらけだが、一つ、正面の向き合うことだけは胸の底に打ち付けて、俺は――――、




 

 王都。村では考えられないようなざわめきと雑踏の中をかき分けて、俺は進む。


 状況を、頭の中で整理する。


 叫びだしたくなるような現状や、全てを夢だと投げ捨てて逃げ出したくなる気持ちをねじ伏せて、静かに思考する。


 アリア、ソフィア、エレナ。

 この三人だ。

 

 俺のことを、好きに、なってくれたのは。


 ただ、その好意の方向性が少しとは言い難いほど異常だ。

 正直に言って、受け止めきれない。

 したいしたくないの問題ではなく、出来ない。


 何故なら、彼女たちは、俺との二人きりを望んでいるから。

 その前提が、存在するだけで、もうどうしようもない。


「……ッ」


 どうしたらいいのか、全く見当もつかない。


 そして、時間もあまり存在しない。

 しかし、この時点でルーカスに頼るというのも好ましくない。

 彼女たちを、俺を害する存在そのものみたいに説明したくないから。


 これは、俺の問題だ。


「でも……」


 雑踏の中の熱気に慣れない心労が重なる。

 俺は唇を噛みながら、目を閉じた。


 時間がない。

 ソフィアはもちろんのこととして、今、この王都には、アリアやエレナもいる。

 確信できる。


 彼女たち三人は、血眼になって俺を探している。

 ルーカスが言っていた『盗感魔法』。

 それのお陰で、やっと分かった。

 昔からずっと、俺の行く先を知っているように、彼女たちが俺の元に現れたその理由が。

 まさしく、俺の行く先を知っていたのだ。 

 何とも簡単なあっさりとした答えだ。

 

 それがルーカスの手によって解除された俺は、一見安全なように見えて、実は間逆。

 だからこそ余計に危ない状況になっている。


 もし、彼女たちに見つかったら、どうなるのか。


 一体、どうなる。


「どうなる、どうなって……。ッぅ、――――ッァ!」


 ズキンと頭に激痛が走る。


 頭を押さえて、呻きを上げた俺を、周囲の人々が怪訝そうに見送っていく。


「……落ち着け、落ち着けよ、俺。落ち着いて、よく考えろ。きっと、……きっと何かいい案が」


「――――」


「あぁ、すみません」


 トスンと、何か柔らかいものにぶつかった。

 こんな密度の濃い雑踏を歩いているのだ。しょうがないだろう。

 俺は一応形式的に頭を下げて、その脇を通り過ぎようとする。


「――っ」


 ぶつかった相手の顔が、横目にうかがえた瞬間、俺は息を飲んだ。


「……だ、大丈夫ですか?」


 心配そうに覗き込んでくる、人の良さそうなお姉さん。

 

 落ち着け、俺。

 女の人っていうだけで、全く似てないこの人が『彼女』に見えるなんてどうかしてる。

 

「す、すみません、大丈夫です。気にしないでください」


「そ、そうですか? では」


 心配そうながらも、その場を去っていくお姉さん。

 いい人だ。


 あんな人にも、人目には晒せないような、酷薄な裏があったりするのだろうか。


「……だから、――っ!」


 だめだ。思考が、悪い方向に進む。


 落ち着いて、俺はゆっくりと深呼吸する。

 二度三度大きく息を吸って吐いて、目を閉じて、頬を思い切り叩く。

 パシリと小気味良い音が響いて、痛みに脳が冴える。


「よしっ、」 



「あっ、ウィルみーっけ」




 日常の一部分を切り取ったような気軽さで、それは起きた。


 子供の頃と変わらない無垢な笑みを浮かべる、アリアが、目の前にいた――――

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