13話――現実



 大通りのど真ん中、俺とルーカスは驚愕の表情のまま、向かい合っていた。


「な、なんでこんなとこに……?」

「おいおいそれはこっちのセリフだろうが。もう一度聞くぞウィル、何でここにいるんだ? お前は今、『エレナ』と一緒に家で大人しく留守番してるはずだよな。それがどうしたことか、のんびりと王都の往来を歩いていやがるんだ? ん?」


 ルーカスのその表情は、明らかに怒りをはらんでいた。

 一人の父親として、無責任な息子を叱りつけている。

 それは分かった。だが、しかし――



 俺は、今、ソフィアと駆け落ちをしているはずだ。

 ならば、何故、それを反対した人物の一人であるだろう、俺の父親が――


 ――待て。


 ――『あるだろう』?


 何で確信を伴っていないんだ?


 俺とソフィアは、何故・・、駆け落ちなんかをした。

 答えは一つ、俺とソフィアの仲を、反対する者がいたからだ。


 では、誰が? ……誰だ?


 おかしい、何かがおかしい。


 では、何故、ルーカスはここにいる?


 彼の言った言葉がそのままだ。


 俺は『――――』と一緒に家の留守を任された、両親が王都に行っている間に。


 そうか、俺の両親が居ない間に、俺とソフィアは逃げ出したのか。

 それなら、つじつまが合う。


 ……いや、違う。だとしたら、わざわざ両親がいる王都に俺たちが逃げるはずがない。


 意味がわからない。


「ど、どいうことだ?」


「おいウィルっ、人の話を聞いてるのか? ていうかお前がここにいるってことは、エレナも王都にいるのか? まさかエレナを一人だけ家に置いてきたなんて言うつもりじゃないだろうな え?」


「はぁっ? 誰だって? 誰を一人だけ家に?」


「は? エレナだよ、エレナ。お前の妹だろうが」


 『エレナ』……? 誰だソイツ。聞いたことすらない。

 そんな奴が俺の妹だって? 何言ってるだ。

 第一、俺に妹なんて――――、


 いや、妹……?


 そうだ、確かに俺には『妹』がいた。


 では、名前は?


 俺の妹の――名前は?


 思い出せない。否、――知らない。


「いや、妹の名前が、――『エレナ』、なのか?」



 ズキン――と、頭が、脳が、体が、心が、軋んだ、歪んだ。



「っあ゛あ゛あ゛あ゛――――!!」



 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイ。――れる、ナ――が壊れる――崩――るオ――クナル消――なるなるなる――なる――消―る軋む――――む崩――壊れ―無くなる――る。――、、、――……、――。



「――――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――…………、」


「おいっウィル!? どうした! おいウィル! しっかりしろ! おいッ!! ウィル、――――――」





 ――まず、頭が割れた。


 脳味噌に直接、指先が突っ込まれる。

 ぐちゃぐちゃとナカミをかき混ぜられて、カタチが変わる、カワル。


 イタイ、いたすぎて、泣キたくナル。


 不思議な感覚だった。


 イタイのに、やけにスッキリとする。


 体の仲に直接水を流し込まれて、汚れを洗い流されているような。


 そんな感覚。





 目が覚めた。


 深い深い水の底から、釣り上げられたようだった。

 

 光がやけに眩しい。

 窓の外から差し込む陽光は、昼時のモノだ。


「お、目が覚めたか」


 俺は無駄に豪奢で巨大なベッドの上に一人で寝かされていた。

 まず最初に、俺の視界に飛び込んできたのは、ルーカスの顔だった。


「……ッ。……ここは……?」


「ソフィアちゃん家の一室を借りさせてもらってんだよ。はぁ……、たくもう。ちょっと俺が家を離れた隙に一体何をやらかしたんだ、てめぇは」


「……え? どいうこと……」


 寝起きのせいか頭がぼんやりとしていて、今の自分が置かれている状況がうまく理解できていない。


「禁忌魔法――『呪術』を二つをかけられてやがった。お前自身が術に抵抗する意思が強かったから何とかなったが、そうじゃなかったら俺でも上手く解呪できたかどうかわかんねぇ。……あと、その二つだけじゃなくて、これもほとんど禁術紛いの『盗感魔法』が、三つ。こんなもんかけられてたら、一日中休む暇もなく真横で監視されているのと変わんねぇ。それが三つもだ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺が、何だって?」


 俺が慌てて聞き返すと、ルーカスは嘆息する。

 そして顔を上げて、真剣な目で俺を見た。


「そうだな。もうちょっと詳しく話してやろう。お前は、呪術っていう禁じられてる魔法のせいで、記憶と精神を捻じ曲げられていたあげく、四六時中何者かにずっと監視されてたんだよ」


「……は? だ、誰に?」


「んなこと俺が知るかよ。でもお前には心当たりがあるんじゃないのか? この類いの魔法は手間がかかる上に、一度は必ず当人と接触する必要がある」


 まて、一度状況を整理しよう。

 一体、俺はどうなったのか。


「何か不自然な感じでお前に接近してきたヤツはいなかったか?」


「……」


 記憶を探る。


 少なくとも俺が今まで通りの生活をしていた時から。

 

 両親が王都に行くことになって、妹のエレナと一緒に家での留守番を任された。


 少なくとも、一週間ほどは、何事もなくすごせていたはずだ。

 そのあとに、何があったんだ?


 そうだ、確か、俺はアリアに告白をされて――――


 ――瞬間、ここに至るまでのすべての記憶が流れた。

 光のような速さで、俺の頭の中をソレラは駆け巡っていく――


 ――ああそうだ。

 俺は、俺は、彼女たちに――――


「あぁ……はぁ、はぁっ、ッぅぁあああッあっぅぅ、ぅ、――はぁ、ぅ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああぁぁ――――」


 頭が軋む、認めたくない現実が、頭の中を無情に、無慈悲に、蹂躙していく。


 嘘だ、うそだろ? こんなことがあり得るはずがない。


 心の中では全力で否定しながらも、先ほどルーカスに言われた言葉と、記憶の中の現実が重なり、絡み合って、今まで意味のわからなかったつじつまが合っていく。


「違う、ちがう、チガウチガウチガウ違う違う違う――――あ゛あ゛あ゛あ゛――っ」


「チッ、……落ち着け」


 頭蓋骨が軋むほど力強く頭をつかんで、絶叫をあげていた俺の体を淡い光が包み込んだ。


 その光は、暖かく、柔らかで優しい。


 そのお陰で、俺の心は強制的に落ち着けられた。

 心は必死で拒絶しようとするのに、その淡い光がそれを許さない。


 父親のお陰で、――俺はついに現実を認めた。

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