5話――告白




「今からウィルの家に行こうと思ってたのっ」


 小さく息を弾ませながら俺の前で立ち止まるアリア。

 吐いた息は冷気に触れて、白く消えていく。


 笑いかけてくるアリアに向けて、俺は言った。


「そうか、まぁ俺は今からちょっと散歩に出かけるけど、家にはエレナも居るから。じゃぁな」

「わぁっ、ちょっと待ってよ! 違うよ、ウィルの家に行くって言うのはウィルに会いたかったからに決まってるじゃんっ。だからあたしもその散歩に着いて行くよっ!」


 そう言って腕に飛びついてくるアリアを見て、俺は思わず頰を掻く。

 大方予想していた結果通りであったが、そこまでストレートに言われてしまうとやはり照れ臭い感じは残る。

 こういうのは、いつまでも経っても慣れないな。

 経験とか、そういうのは関係ないんだろうか。

 イマイチ、よく分からない……。

 

 そうしてやっぱりいつもと変わりなく、なし崩し的に俺は 彼女 と共に行くこととなった。



 アリアの様子が普段とは違う。

 その事実に気がつくのに、そう長くはかからなかった。


 いつも通りの遊歩道。

 俺の半歩後ろをちょこちょことどこか慎ましやかまでに着いてくるアリアに、俺は強烈な違和感を抱いた。

 普段なら、所構わずベタベタと俺に触れて、好きだの愛してるだの宣ってくるような彼女ではあるが、今日に至ってはそれがほとんどない。


 チラリと気にするように後ろを見てみる。

 アリアと目が合う。

 果たして寒いからなのか、照れたからなのか、どちらにせよ頰を赤くしているアリア。

 そんなアリアは俺と目が合うと、何か言いたげに口元を動かしたが、結局目を逸らされてしまう。


 ……調子狂うな。


 無言の時間が続く。何か気まずい。彼女と居てこのような変な静寂に包まれることなんて今までほとんどなかったのに……。


 何か俺やったけ……。そういやさっきは、エレナの様子もおかしかったし……。


 気分転換のはずの散歩だったのだが、これでは悩みのタネが増えただけである。


「あー……」


 思わず声に出して呟き、頭を掻く。

 横目にアリアの様子を再度確認すると、彼女は下を向いて何やらブツブツと呟いている。考え事をしているようだ。


 ふっと、俺が立ち止まると、背中に軽い衝撃。


「ぶふっ」


 鼻を押さえ少し涙目になったアリアが俺を見上げる。


「もーっ、ウィルっ、急に止まらないでよっ! 何かあったの?」

「そりゃこっちのセリフだよ。何なんだよさっきから、アリアらしくないぞ」

「ギクっ」


 わざわざ口に出して心情を分かりやすく表現してくれるアリア。

 アリアは一瞬俺から目を逸らしかけたが、すんでのところで踏みとどまって、上目に俺を見つめる。

 その仕草はどことなくいつもの彼女より艶っぽく見えて、逆に俺の方が目を逸らしてしまいそうになる。


「……」

「……」


 無言の時間が続く。

 改めて俺が何がしかアリアに声をかけようとしたその時だ。


「あ、……あのねっ、ウィル」


 少し大きなアリアの声に虚を突かれ、俺は目を見張る。


「な、なんだ?」

「ウィルって、……、今日が誕生日でしょ?」


「………………?」


 ……。


 …………。


 ………………あっ。


 そうだ。俺、今日誕生日じゃん!!

 ちょうど十五年前のあの日。


 俺は死に、生まれ変わった。


 すっかり忘れてた。

 もうこのくらいの年になると、割と誕生日なんてどうでもよくなってくるので、忘れていた。


 そのことをしっかりと把握した俺は、恐る恐るといった具合で俺をうかがっているアリアに声をかける。

 

「あっと、そうだったな。……それで?」


 まさかプレゼントでも貰えるのだろうか。そう考えてしまうと、やはり期待してしまう俺がいるのは否定できない。


「あのね、あたしね、ずーっと前からウィルに誕生日プレゼント何あげよっかなーって、考えてたの」


 アリアは、もじもじと恥ずかしげにしながら俺を見た。


「でも……、ウィルにあげるんだから絶対に良いものにしようってすごく悩んじゃってね、なかなか決められなくって……」


 そこでアリアは言葉を区切って、手にしてきたカバンからゴソゴソと何かを取り出す。

 見たところ、マフラーのようであった。


「結局、プレゼントとはこれしか用意できなかった」

「おぉ、ありがとうアリア」

「待ってっ!」

「……ん?」


 マフラーを受け取ろうとしたら、アリアに一歩引かれてしまった。

 俺は思わず首をひねってアリアを見る。


 アリアは腕に抱いたマフラーをギュッと抱きしめて、顔を赤くした。

 

「あたしが考えてきたプレゼントっていうのはね、これだけじゃないんだ。こんなのじゃなくて、もっと……。本当にあたしがあげたいもの」

「……?」

「……ウィルってさ、今日が誕生日なんでしょ?」


 急に何を言ってるんだアリアは……。俺が誕生日だという事に気づいていたのはアリアでたり、当の俺は忘れていた。

 なぜわざわざ確認を取ろうとするのかよく分からなかったが、俺はアリアの問いに頷く。


「つまり、ね。……ウィルってもう『結婚』できるんだよね?」


「――――」


 その瞬間、


 珍しく殊勝そうな態度で首をかしげ、上目に俺を見つめるアリアを見て、脳内に電撃が走った。


 これから何が起こるのかを、理解できてしまった。


 別に俺は鈍感でも何でもない。むしろ前世では敏感で、よく話しかけてくれる女の子なんかを『もしかしてこの子俺のこと好きなんじゃない?』と思い込んだりしたものだ。

 そのあたりは黒歴史になるのであまり思い出したくはないが……。


 まぁ、ともかく、今の問題は目の前のこと――


「あのね、ウィル。あたし、ウィルのことが好き」

「……え、えっと、うん、それは分かってるけど……」


 あ、ちょっと待った。俺、何か今余計なこと言った。

 今の発言は、俺がアリアの好意に気付いていたことを示唆するもので、それだと俺が今まで何となく装ってきた『鈍感』がウソだってことがバレてしまう。


 と、思ったが、どうやらアリアは違うように解釈したらしく、


「ううん、違うの。あたしね、いっつもウィルに好きだーとか言ってるから軽く見られちゃうかもしれないけどね、これは本当なの。昔からずっと一緒にいた友達としての好きとかじゃないの。……ウィルは知らなかったかもしれないけどね、あたしウィルのこと、本当に、結婚してずぅっと一緒に生活したいくらい大好き」


 ……まぁ、全部知ってたんだけど。


 なんて野暮なことはさすがに口にしない。


 さてさて、困ったことになりました。

 いつかはこういう時がくるとは心のどこかで覚悟していたが、こんなにいきなり来るとは思ってなかった。


 そんな俺の動揺を、どうやら突然の告白に衝撃を受けていると勘違いしたらしいアリアは、一歩だけ俺から距離を取って、


「ごめんねいきなり。びっくり、したよね……?」

「……あ、あぁ、うん」


 待て待て待て待て、どうする。どうする。


 『結婚』と『好き』を別にして考えることが出来たエレナの時とは状況が違う。


「あたしね、ウィルのためだったら何だってするよ? ウィルと一緒にいられるなら、何だって出来る。それくらいウィルのことが好きだし、ウィルのことが欲しいの」


 顔を真っ赤にしながらも、溢れ出てくる言葉を止められないようにアリアはそんな愛の告白を続けていく。


 もちろん、真っ向からそんな言葉を直撃した俺の顔も真っ赤である。


「あはは、ウィル顔真っ赤だよ……? あたしも、だけど……」


 あっ、かわいい。

 ぎゅっと頰に手を当てるアリアの仕草を見て、反射的にそう思った。


 いやいやいやいや、だから今はそうでなくて。

 この状況をどうするからだ。


「でも嬉しいなぁ……、ウィルがあたしの気持ちを聞いて、照れてくれるなんて……。それだけで、すごく、嬉しい。…………もし無反応とかだったら、あたし自殺してたかも」


 えへっと、赤い顔のままで笑ってみせるアリア。


 ――シャレになんねぇ!


 アリアは本当に思ったままのことを、それがどんなに異常でも実行する節がある。

 

 俺が今までにないほど高速で脳を回転させている間、気づけばアリアが俺の目の前に立っていた。

 十数センチ近づけば、鼻と鼻がくっつきそうな距離。

 

「ウィルぅ、好きだよ。好き、好き、好き、あぁ好き、大好きなの、あぁもう、どうしようもないなぁ……ね、ウィル?」

「……ぅ」


 アリアの手がふっと動きを見せ、俺は咄嗟に身構える。

 しかし次に衝撃が訪れたのは、俺の首元。


 ふわふわした柔らかく暖かい感触が、首元を包んでいた。

 見ると、誕生日プレゼントだとアリアが俺に見せてくれたマフラーが俺とアリアの首を繋ぐようにして包んでいた。


「あー、あったかい。熱いくらいかも……えへへ」


 とん、と。

 軽く触れる程度にアリアが両手を俺の胸に当てる。

 吸い込まれそうになるほどの濃紺の瞳が、じっと俺を見つめていた。

 ふとした瞬間に、その下にある薄桃色のくちびるが目に入った。


 このままではアリアのペースに完全に持って行かれると思って、俺は無理やりにでも口を開く。


 ここで俺が言えること。言うべきことは……、


「アリア……」

「ん……、なぁに、ウィル」

「俺もさ、アリアのことが好きだと、思う」

「……ぁっ」


 アリアが目を丸くして、しばらく呆然とする。

 やがてその瞳に理解の色が浮かび始めて、何かを口にしようとするが、その前に俺が声を上げる。


「――でも待って」

「……え?」


「俺はアリアが好きだけど、それと同じくらいソフィア姉さんのことも、妹としてだけどエレナのことも、好きだと思うんだよ」


「…………あたしは、」


 その瞬間、俺の唇を柔らかい感触が襲った。

 

 ――――っ!?


「あたしは、ウィルのことが誰よりも一番大好きだよ。好きで、好きで、大好き。だからウィルにはあたしのものでいて欲しいの。……ね? ウィル、分かる?」


 分かる? と問いかけながらも、俺が返事を返す前にまたアリアは俺の口を自分の唇で塞ぐ。

 ぎゅっと体を抱きしめられて、まるで逃げ場がない。


 俺の脳は突然の事件に対処しきれず、まともな活動をしていなかった。


「っふぁ、……あのね、ウィル……あたしね、ウィルの誕生日プレゼントに何をあげようかずっと悩んでて、結局このマフラーしか準備できなかったの」

「…………え、え」

「でも、他にもあたしが今すぐウィルにあげれるものがあるんだ」


 アリアは俺の背に手を回したまま、顔だけを一定距離を離して、言葉を紡ぐ。


 俺といえば、完全に、狼狽えてた。


「ウィルは今、あたしのこと好きって言ってくれたよね?」

「……え、いや、でも」

「言ってくれたよね?」

「……あ、うん」

「ホントに? 本当に本当?」

「……う、うん」

「あぁもうっ、すごく嬉しいな……。あたし、ウィルにそんな風に思ってもらえてたなんて……、あぁもう、どうにかなっちゃいそう……」


 陶然とした面持ちで、アリアは湿った唇を舌でさらに湿らせる。

 俺は何故だかどうして、思わずとその場から逃げ出そうとしたが、アリアに抱きつかれているためそれは叶わない。


「あぁ、まってよウィル。落ち着いて……。恥ずかしいのはあたしも一緒、……うん、一緒だよ? えへへ。あー、もう、ウィル、大好き」


 ふっと、その瞬間、俺の体に浮遊感が訪れる。

 アリアに押し倒されたと気付いたのは、硬い地面が背に当たっているのを実感できたその時だ。


 また、アリアにキスされる。


 数分にも数時間にも感じられる酷く曖昧で長い時間が過ぎさって、ようやくアリアは俺の口から唇を離した。


 押し倒された状態は、なんら変わっていない。


「あたし、ウィルの誕生プレゼントにね、もちろん、ウィルが欲しかったらの話だけどね、『自分』をあげたいなって思ったの」

「……それ、は、どういう……」

「そのまんまの意味だよ? もしウィルが受け取ってくれるなら、あたしはその瞬間からウィルだけのモノ。その代わり、ウィルもあたしだけのモノになってほしいの。ウィルはソフィアちゃんやエレナちゃんのことも好きかもしれないけど、……そういうのはナシで、あたしだけのことを好きって言って欲しいの……。ね、ウィル……どう、かな?」


 はぁはぁと、暖かく、荒い息遣いが絶え間なく聞こえてくる。

 その合間に、真剣で熱っぽいアリアの声がぽつぽつと俺の耳に届いた。

 甘い熱を持ったその声は、俺の耳に届いてもまだその熱を宿していて、何だか頭の中まで熱くなってくる。


 頭の中が白くて、ぼうっとする。


 有り体にいえば、俺の理性が限界に近づいていた。


 ソフィア姉さんと、似たような状況が以前にもあったが、あの時とは違って今のこの俺を縛っているのは、俺の理性のみであった。


「……、アリア」


 俺を覗き込んでいるアリアの頰に手を当てる。驚くほど熱い。

 つまりそれだけ彼女も緊張しているということ。


「ウィル……、ね、あたしのこと、好き?」


 そうして呟いたあと、瞳を閉じたアリアの顔がだんだんと俺に近づいてくる。

 薄桃色の柔らかい唇がだんだんと、ゆっくりと、近づいてきて、


 そして、俺は……、

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る