2話――妹



「あっ、お兄ちゃん。外に行くの?」

「っ! なんだエレナか、いつの間に後ろに居たんだよ」

「えへへ、お兄ちゃんをびっくりさせようと思ってっ」


 俺が玄関のドアに手をかけようとした時、唐突に声をかけられ、振り返る。

 そこには、背後に妹のエレナが居た。

 全く気配を感じなかったのがそこはかとなく恐ろしいが、よく考えてみると俺に気配を察知する能力なんてなかった。


 まぁ、こんなこともあるだろう。


「お兄ちゃん、なにしに行くのか聞いていい?」

「いや、別に大したことはないけど。ちょっと外の空気に当たりに行こうと思っただけだよ」

「じゃぁっ、エレナも着いて行ってもいいよねっ?」

「ん、あぁ、いいぞ」

「わぁっ、お兄ちゃん大好きっ」


 エレナが俺の腰に飛びついて、そのまま押し出されるようにして俺は家の外へ出た。

 当たり前のように密着してくる妹。

 きっと日本などでは、あまりない光景であろうが、幼い頃からこれが平常だったエレナには違和感を感じなかった。


 外にでると、屋内とは違う開放感のある風に吹かれる。

 

 俺はエレナと手を繋いで、歩く。


 あてもなく村中を散策していると、村の人たちが微笑ましいものを見る目で俺とエレナを見ていることに気が付いた。


「あらあらエレナちゃん、今日はお兄ちゃんとデートかしら」


 からかうようで柔らかい、そんな声に意識を向けると、そこには恰幅のいいおばさんがエレナに微笑みかけていた。どうやらエレナの知人らしい。


「デートっ。お兄ちゃん、これってデートなのかなっ?」

「え、えー……、まぁ、そうですね」


 否定してその場の空気を濁すのもアレなので、俺はおばさんの言葉に適当に頷く。


 「デート、デートっ」と嬉しそうに呟いているエレナを見て、おばさんが頰に手を当てた。


「まぁ、大好きなお兄ちゃんと一緒にデートなんて羨ましいわぁ」


 とかなんとかそのようなことを言いながら、おばちゃんはその場を去っていった。実に『おばちゃん』らしい。


 嬉しそうにおばちゃんに手を振っていたエレナは、ぱっと俺の方に目を向けて眩しい笑顔を見せた。


「お兄ちゃん、デート、の続きしよっ」

「わかったわかった」


 隣で小刻みにジャンプしているエレナの頭を撫でて落ち着かせて、俺はまた前方へ歩みを進める。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは、エレナのこと好きだよ……ねっ?」


 何でもないような雑談を交わしてながら散歩をしていると、ふと、何の脈絡もなくエレナがそう言った。

 

 あの、エレナとの婚約騒動が落ち着いたあたりからだろうか。

 時折、エレナは表情を、よく観察しないと分からないほど微妙に硬くしてこういうことを聞いてくることが多かった。

 きっと、エレナが『不安』なのであろうことは分かっていた。だから、その度に俺はエレナを安心させた。エレナは『一人』じゃないことを、実感させるために。

 

 そのおかげもあってか、ここの所はエレナがそのような質問をしてくることは少なくなってきていた。

 のだけど、何のきっかけがあってなのか、再びエレナが俺に自分が好きかどうかを確認してくることが多くなった。


 何も、おかしなことはしてないと思うんだけどな……。

 ここ最近の記憶を探り出して、俺は自分がまた何かをやらかしてしまったのか、どうかと考えるが、思い当たる点はない。


「ねぇ……、お兄ちゃんはエレナのこと好きだよね?」


 エレナの雰囲気は、いつもと変わらないように見える。

 ただ、少し不安げに見える表情で、上目に俺を見つめるエレナ。

 そんな彼女の頭に手を乗せて、俺は言った。


「当たり前だろ。俺はエレナのこと好きだって」

「……うん、そうだよねっ! あは、いきなり変なこと聞いてごめんねお兄ちゃん。うんっ、でもよかった、うん」


 よかった。と、そう言いながら、エレナは可愛らしい笑みを見せてくれる。

 歩きながら、エレナは少し考え込むように俯いて、また俺を見た。

 ぎゅぅと、俺の手を握るエレナの手に力がこもる。


「あのね、お兄ちゃん、また、変なこと訊くかもしれないけど、ね。エレナがおかしくなったわけじゃないからね。いっこだけ、訊いてもいいかな?」


 抑揚の少ない口調。

 エレナのその言葉に含まれた雰囲気に、また、俺はあの時に似た空気を感じたような気がして、胸がざわつく。


 何だ……?

 訝しんでも答えなど得られるはずもない。俺に心当たりはない。


 エレナを待たせるのも良くないと思ったので、俺は顎を引いてエレナに話の続きを促す。


「うん、あのねお兄ちゃん。その、エレナ――」


 と、その時だ。エレナが言葉の先を飲み込む。

 エレナの目付きが変わった。否、纏う空気そのものが変化したとでも言うべきだろうか。

 

 エレナの突然すぎる変わりように、俺がまたぞろ首をひねり怪訝な思いを抱いていると、エレナに手を引かれた。


「――っあ、……お兄ちゃん、やっぱり何でもないや。それよりも、エレナ行きたいところがあるの。ほらお兄ちゃん、こっちこっち」

「えっ、は? わ、わかったって、引っ張らなくてもちゃんと行くから」


 強引に俺の手を引いて、先を急がせようとするエレナ。

 小走りで俺を先導するエレナに、俺も合わせて小走りでついていく。


 何なんだよ、一体……。

 まるで訳がわからん。


「――――」


 そんな時、ぼそりと、エレナが何かを呟いたようだっだ。

  


「……お兄ちゃんは、エレナの――……」


 ウィルの背後をチラリと盗み見るようにうかがうエレナ。その瞳には、敵意によく似た炎が燻るように燃え始めていた。


 

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