1話――幼馴染



「……あったけぇ」


 我が家であるところのこの屋敷は大きく高く、村中では一番の規模を誇る。

 村の片隅にずんと聳え立ち、文面通りに村の治安を日々保っているのだ。


 俺はそんな威容を放つ屋敷の頭部、黒塗りの屋根の上に身を転がせて日向ぼっこに勤しんでいた。

 

 燦々とした陽光が全身をくまなく包み、至高の暖かさが俺に抗いがたい眠気を誘っていた。


 屋根の上からは村の様子が広く見渡せ、もちろんのことそこで暮らす村人たちも見下ろすことができる。

 人がゴミのようだ、と言いたいところではあるが、実際のところはそこまでである。村の中で一番の高層建築物といっても、言うほど地面と離れているわけでもない。

 日本の超高層ビル郡を知っている俺なら、なおさらそう感じてしまう。


 まぁでも、俺がこの村の中で一番の高みにいるという事実は揺るがない。

 気持ちい。

 最高。


 ここ、我が家の屋根の上は、最近俺が見つけたマイフェイバリットだった。

 

 最近というか、ここを見つけたのは本当に『最近』で、たった今だけど。

 今日からここを俺専用の秘密安息地にしようと決めたばかりだけど。


 そうと決めたのは他でもなく、ここのところ俺が一人になれる機会が少ないように思うから何だよな……。

 あんまり意識したことは無かったけど、気付けば大体俺の側にはアリア、ソフィア、エレナの内の誰かがいるように思う。

 女の子がいつも側にいるなんて贅沢の限りで、それを差し置いて一人きりになりたいなど、前世の俺からみたら何ふざけたことぬかしてんだてめぇ、と言った感じだ。


 しかし、やっぱり一人の時間は欲しいとは思う。


 が、


「――あっ、ウィルっ! ここにいたんだっ」


 いつの間にやら、屋根の上、視線の先で青髪を揺らしていたアリアを前にして、俺は深く考えないようにする。

 地上からでは死角になっていた俺の居場所を、どうやってこうも短時間で発見できたのか、と。


 まぁ、別に隠れようと思ってここにいたわけじゃないから、見つけられるのは仕方ないよな。うん。


 かくして、屋根の上を秘密の安息地にするという俺の計画は早くも崩れ去ったのだった。

 




「ウィールっ」


 弾むように言いながら、アリアが俺の隣に腰掛ける。

 俺も寝かせていた体を起こして、屋根の上に腰を下ろした。


 ぼんやりと眼下の村の風景を視界に入れていると、アリアが俺との距離を詰めて肩に体重を預けてくる。


「ウィルは、こんなとこでなにしてたの?」

「えっ? い、いや、昼寝でもしようと思って。ここ、暖かそうだし」

「はー、確かにそうだねー、ここぽかぽかしてるし、お昼寝なんかしたら気持ちよさそうっ。……でもよかったーっ」

「……なにが?」

「いつもの場所にウィルが見当たらなかったから、あたしちょっと焦っちゃったよ。ウィルに何かあったらどうしようって思っちゃったっ」

「いや、俺ももう子供じゃないんだからさ……」

「そうだよねっ、ふふ」


 というより産まれた時から俺は子供じゃなかったんですけどね。

 なんだかアリアは、昔は幼かった年下の幼馴染が成長して嬉しいけれどどこか寂しい的なお姉さん的な笑みを浮かべていた。

 何だか色々と納得いかないが、俺ももう子供じゃないのでそこを突っ込むのはやめにしました。


 が、しかし、アリアはそうはいかなかったようで、


「でも懐かしいね、子供の頃。ウィルもこーんなにちっちゃかった」


 言って、手の平を目線の辺りにまで掲げ、アリアは眼を細める。


「いや、小さかったのはアリアも一緒だろ」

「ふふ、そうだねー。あー、あの頃に戻りたいなっ。あたし、あの時のことすごいよく覚えてるよ?」

「あの時?」

「うんっ、ほら、あたしがウィルに魔法を教えてもらった時に森の中で迷っちゃって、ウィルが助けに来てくれたことっ」


 弾むような口調で言って、アリアが当時のことを思い出すように虚空を見つめる。


 それにしてもよく覚えているもんだな。

 前世の記憶を有していた俺は別として、あの時のアリアはわずか四歳だったのに。

 まぁでも、四歳だったとはいえ、あんな衝撃的なこと忘れるわけないか。

 事実として、二歳の頃に交わした約束を覚えている妹もいるわけだしな。

 

「あの時、確か、ウィルがあたしに無理やりキスしてきたんだよ、ね……?」

「…………」


 赤く染めた頰に手を添えて、チラチラとこちらを見やるアリア。

 

 まぁ、……間違ってはいないんだけど。そうだな、間違ってはいないんだが、なんか違う気がする。


 チラッ、チラッとこちらに視線を飛ばすアリアと、不意に目があう。

 アリアは「きゃーっ」と小さな声を上げながら、身悶えしていた。


 なんだこの反応は……。

 いや、そこに込められた理由はさすがに分かるんですけどね。

 しかし、分かったとしても、俺がどういう反応をすればいいか、分かるわけではない。

 俺は少女漫画に出てくるテンプレヒーローじゃないし、そもそもそのテンプレヒーローがどんなものなのかを知らない。

 俺が知ってるとすれば、せいぜいラノベに出てくるテンプレ鈍感主人公くらいだ。


 ゆえに、今ここで、どんな行動が正解なのか分からない俺はいつものように、その場の成り行きに任せるしかできません。


 つまりは、テンプレ鈍感ラノベ主人公を真似るだけ。テンプレハーレム系主人公を。

 そしてそれが、この新しい生に置ける俺の淡い希望、ハーレムに繋がるのではないか、と期待していないとは言い切れない。


 ラノベ主人公と俺に置ける相違点は、ヒロインたちの気持ちに気づいているか否か。

 要するに彼女らの気持ちに気づいている俺はクズな訳だが、それ以外にやりようがないのだから困る。困る。

 おかしい、俺は何も悪くないはずなのに……。


 俺は何も悪いことをしていないのに、自分をクズだと認める矛盾性に首をひねりながら、隣のアリアを見やる。


 いやんいやんと頰に手を当て、恥ずかしそうに首を振っているアリア。

 何だか、一人で勝手に楽しそうにしてるので、今日はこれでもいいんじゃないかと思ってしまう。


 いつもの、ことだった。





『あの時、確か、ウィルがあたしに無理やりキスしてきたんだよ、ね……?』



『…………』



「……お兄ちゃん、否定しないんだ……」



 ただしそこに『いつも』と違う要素が含まれていたことを、彼は知らない。

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