二十一話ーー悪ガキにバカにされなかった話




 ふらふらと、村中を歩いていた。

 特に目的があるわけでもなく、のんびりと。


 一口に村と言えど、色々な種類がある。

 村人全員が知り合いで、ほとんど集落のような村もあれば、商店通りのようなものもあって知らない顔も沢山住んでいる村。

 

 ウチの村は、後者に属する。


 十数年も住んでいれば、過ぎ行く人に知り合いは多いが、喋ったことのない顔もよく見かける。

 そんな微妙な世界。


 俺が村中を散歩しているのは、一人になりたかったから。考え事のため。


 近い内にエレナと話をしよう。

 そんなふうに考えていたが、いざとなると、どうにも腰がひける。

 エレナがどんな顔をするのか想像できない分、余計怖い。


 さて……、一体どうやって話を切り出したらいいんだろう……。


 顎に手を当て、ふむぅと唸りながら歩いていると、誰かにぶつかりそうになった。


「あ、すみません……」


 あやまると、なぜか腰のあたりに抱きつかれる。

 なんだこれ。ていうか誰。


「お兄ちゃんっ、やっと見つけたー」

「エレナ……?」


 そこにいたのはなんと我が妹。

 

「お兄ちゃんと一緒に遊ぼうとしたけど、部屋にいなかったから」


 むぅっとエレナがわざとらしく頬を膨らませる。

 なんだか俺が悪いことをしたみたいな雰囲気。


「わざわざ探して回ったのか」

「そんなの、あたり前だよ」


 エレナが首をかしげる。


 一人になりたいと思ってる時にまで、妹とは言えど女の子に求められるとは。

 

 複雑な気持ちで、俺は苦笑した。




 村はずれの河原を、エレナと二人で歩く。


 エレナが、チラッと俺に視線をやった。


「最近ね、エレナのおっぱい大きくなってきたの」

「……どう返すのが正解なんだ」


 自分の胸に目を落として、もみもみと両手を当てるエレナ。


 いきなりそんなこと言われても困る。


「えっ? だって、お兄ちゃんっておっぱい好きでしょ」

「……なんでそんな結論に至ったのか訊いてもいい?」


 いや、間違っちゃいないんだけどさ。

 さすがに膨らみかけた妹のおっぱいに興奮するかって訊かれたら、違うと言わざるをえない。


「お兄ちゃん、いっつもソフィアお姉ちゃんや、アリアお姉ちゃんのおっぱい見てるし」


 ジト目を向けられて、俺は目をそらす。


「お姉ちゃんたちに抱きつかれて、おっぱい押し付けられて、すごい嬉しそうだし、顔にやけてるし」


 ぐさっ、くざっと、心にナイフが刺さる。

 妹にそういうことを言われるダメージは計り知れない。

 なにも言い返せないのが辛い。


 こいう時は、男なんだからしょうがない。むしろ喜ばないと相手に悪い。おっぱいに悪い。

 と、開きなってみる。


「エレナのだったら、触ってもいいんだよ?」


 エレナが、俺を下から覗き込むように見る。ちょっとだけ恥ずかしそうに、それでも平静を保って。


 突然なにを言い出すんだこの妹は。


「アホか」


 デコピン。


「あうっ」


 エレナが額を両手で押さえ、恨めしげに俺を見る。


「やっぱり、お姉ちゃんたちみたいに大きい方がいいの?」

「ちげーよ。そういう問題じゃなくて、俺たちは……」


 兄妹だろ。

 そう言おうとして、踏み止まる。


 この国では、血縁通しの結婚は、法律上なんら問題はない。

 が、しかし、世間から奇異の目で見られやすいという事実は残る。


 つまり、兄妹同士での結婚は、やはり特異なのだ。


 けど、それを理由にエレナを俺から遠ざけるのは、あってはならない。

 自分でもなんでそう思うのかはわからないが、それはダメだ。


「じゃあ、どういう問題なの?」


 太陽の光の加減で、その時のエレナの表情はうまく読み取れない。

 ただ、声のトーンはいつもと変わりなかった。


「えっと、それはだな……」


 その時。


「あっ!」


 自然と漏れ出たような、そんな驚いた声。


 見ると目線の先に、最近はあまり見かけなくなった懐かしの悪ガキ三人組がいた。

 河原で遊んでいたらしい。


 久しぶりの邂逅。


 昔は、よく彼らに罵倒された。

 けれど、確か、ソフィアの婚約騒動があったあたりか。

 その頃から、俺が彼らに女たらしだと馬鹿にされることはなくなった。

 あの時にソフィアが見せた、異様な雰囲気が原因じゃないかと俺は思っている。


 年の頃は、えーと、ちょうどエレナの二、三歳上くらいだっけ。

 あんまりよく覚えてない、ごめんよ。


 俺が悪ガキたちの方に目をやると、彼らはビクッと震え上がった。

 化け物か何かですか俺は……。


 どことなく寂しい気持ちに吹かれていると、悪ガキたちがひそひそと相談を始めた。


 しばらくすると彼らは、複雑な表情を俺に向ける。その目は、どこか蔑んでいるように見えた。嫌悪感がある。


 なんか、俺、嫌われてるっぽい?


 何もした覚えはないんだけど……。なんかショック。


 そして、彼らはその場を後にして、俺たちの前から消えた。


 ふーむ……。

 一体なんだったんだ?


 俺が悪ガキ三人組の真意を考えていると、服の裾が引っ張られる。


「エレナ……?」


 エレナはかすかに震え、俺に身を寄せていた。

 びゅうっと、川の方から冷たい風が吹き付けてきた。


 ちょっと冷えてきたな……。


「そろそろ帰るか」

「……うん」


 こくんと頷くエレナは、そのまま俺の手を握る。

 

 二人で手をつないで、帰途をたどる。


 帰り道。エレナはいつもと変わりなかったが、どことなく口数が少ない気もした。

 

 結局、結婚のことに関して、エレナとどう接すればいいのか。

 それについては、なにも考えつかなった。

 

 一人で考えてみるとか言ってたけど、やっぱり、そろそろ限界だろうか……。

 

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