十六話――変化その2 前編



 ソフィアの父親――フルロさんから聞いた話を簡単にまとめると、


 ソフィアとレーゲン・ブルムの婚約は、ブルム家の方から提案してきた話であるらしい。


 最初に聞いた時は耳を疑ったが、どうやら本当の話らしい。

 

 では、ブルム家の目的は何なのかと言われれば、それもよく分からない。


 ただ、一つ分かった重大なことは、ブルム家の実質的な当主としての権利を有しているのが、レーゲン・・・・・ブルムであること。

 父であるベネット・アラル・ブルムは老衰しており、もう既にほとんどの実権が息子であるレーゲンに委任されているとのこと。


 つまりあの見るからに頭の悪そうな、スカしたキザ野郎は、医療都市メディシアという大都市さえも自領にもつ、実質的領主さまというわけだ。

 色々と心配になってくるが、あくまで実権を持っているだけで、まさか彼一人で統治を行っているわけでもなかろうし、彼自身も為政の知識は俺よりずっと多く持っているだろう。

 俺が心配することではあるまい。

 

 だが、それを踏まえた上で、考えられることが一つある。


 つまり、ソフィアとの結婚を望んでいるのは、他でもないレーゲン・ブルム自身であるということだ。





 実を言えば、ソフィアとレーゲン・ブルムの婚約は正式に決まっていない。

 ただ、双方の話し合いでは、当然カリがあるソフィアの家が強く出られるわけもなく、実質的な決定は為されていると。


 だがしかし、まだ取り返しはつく段階ではあるらしい。


 

 自室のベッドに寝転がった俺は、ぼんやりと先ほど聞いたフルロさんの話を思い返していた。


「なんだかなぁ……」


 やるせない。俺にできることがびっくりするくらい何もない。


 今現在、ソフィアとフルロさんは、個室で二人きりの話し合いをしている。

 本日ソフィアが学校に行かなかったのは、べつに引きこもったわけじゃなくて、父親と対面して話をする為だったらしい。俺の早とちりだったというわけだ。


 一体、どんな話をしているのだろうか。


「はぁ……」


 ため息がこぼれる。


 ソフィアは今回の件についてどう思っているのだろう。


 思えば、今日の今日まで俺は本気で悩むということをほとんどしたことがない。

 この世界に生まれてからというもの、ぬくぬくとぬるい日常を過ごしてきた。


 ただ一つ、俺が真剣に悩んで非日常に立たされたのは四年前、アリアと一緒に遭難した時だけだ。


 そして今度は、ソフィア。


 しかも今回は、俺に出来ることが何もない。

 

「……なんだかなぁ」


 そこで俺は、昨晩はほとんど眠ることができなかったことを思い出す。


 一度それを思い出してしまうと、強烈な眠気に襲われる。



 そしていつのまにか、俺は深い眠りに落ちていた。






 ふと、じっとりとした寝苦しさに目を冷ますと、視界には真っ暗闇が広がっていた。


 どうやらベッドに寝転がりいろいろ考えている内に、本気で眠ってしまっていたようだ。


 それにしても、やけに体が熱い。

 寝汗がべっとりと体を包んでいるせいだ。


「……ウィル、くん」

「っぁ!」


 突然名前を呼ばれて身を震わせる。


 よくよく注意を凝らしてみれば、俺は何か柔らかいものに抱きしめられていて、すぐそばからはすすり泣くような声が聞こえる。


 その声の主は、


「ソフィア、姉さん?」

「……あ、ウィ、ウィルくん……? 起きた……?」

「えっとー……」


 理解が追いつかない。

 どういう状況だこれ。


 すぐ目の前に、ソフィアの顔が映っている。

 ほんの数センチでも近づけば、唇が触れ合いそうなほど。


「……ちょ、ちょっとソフィア姉さんっ」

「……」


 反射的にその場から抜け出そうと試みたが、ソフィアにがっちりホールドされておりそれは叶わない。


 やわらかい、やわらかい、やわらかい。


 これが女の子の体なんだなっていう感触。


 まだまだ発展途上のソフィアの体は、それでも十分に成長していて、男である俺には無い何かを持っていた。


 ぎゅうと俺の背に回される腕に力がこもる。

 

 十三歳とは思えないほど豊満な胸がやんわりと、けれど力強く、押し付けられた。


 落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け。


 圧迫感による息苦しさはまったく気にならなかった。

 

 ただ、俺の顔が今真っ赤になっていることは確かだ。

 

 マジでどうなってるんだよこれ。


「あ、あの、ソフィア姉さんこれは……」

「ごめんねウィルくん……、ごめんね……」


 ソフィアは俺の質問に答えてくれることはなく、ただ「ごめんね」と繰り返すだけ。


 不意に俺を抱きしめるソフィアの力がさらに強まったかと思うと、くちびるをやわらかい感触が襲う。


「…………んぅっ。……んっ」


 ちょっと待てちょっと待て。


 突然のくちづけ。

 明らかに故意と思われるソフィアの舌が、俺の口内に侵入してきた。


 顔がびっくりするくらい近い。


 暗闇の中だというのに、ソフィアが上気した顔で目をつむっているのがわかる。


 なおもキスは続く。

 

 いやに艶かしい水音を立てながら、俺はソフィアに口内を蹂躙された。

 

 体感時間にして五分くらいだろうか。


 ひょっとしたもう少し短いかもしれない。


 けれど、長々とソフィアに強引にキスをされていた俺はようやく解放された。


「……はぁ、はぁ」


 ソフィアの荒々しい息遣いが耳につく。

 こくりとソフィアの喉元が動いたのが分かった。


 俺はベッドに仰向け状態で寝かされており、その真上にソフィアがまたがる。


 男女逆じゃね……?

 なぜかその時俺の頭に浮かんだのは、そんなどうでもいいような感想だった。


「ウィルくぅん……」


 どこか甘えるような、すがるような、熱っぽい声が聞こえる。


 あぁ、ソフィアのおっぱいって結構大きいんだなー……。

 と、現実から逃げるようにそんな思考を働かせていると、ソフィアの両手が逃げ場を塞ぐように、俺の頭のそばに置かれた。

 

「なんで………」


 思わず俺が訊ねたのは、理由。


 俺の目を合わせるソフィアの瞳は潤んでいて、すでに涙が溢れたあとだった。


「ウィルくん……」

「……」

「お姉ちゃんね、あの人と結婚することになったの」


 つまり、


「…………それは、」

「ううん、ちゃんと私が決めたことだよ。ちゃんと、いろんなことを考えて、決めたの」


 そう語るソフィアの瞳はまっすぐだ。

 けど、どう見てもそこには悲しさが入り混じっている。

 そうとしか思えない。


「でもね、」


 ふっとソフィアとの距離が縮まる。

 

 気づいた時には、俺は向かい合うような形でソフィアに抱かれていた。


「色々と、気づいたことがあったの」


 ソフィアはもう一度、俺を抱く腕に痛いほどの力を込める。


「私は、昔から弟が欲しくて欲しくてたまらなかったの。だからね、ウィルくんが産まれた時はすごい嬉しかったんだよ」


 知ってる。

 ソフィアは、俺がこの世界に生まれる前からアリシアとルーカスに面倒を見てもらっていた。


 気づいた時には、ソフィアは俺のそばにいて、これでもかというほど俺のことを可愛がっていた。

 正直、少し面倒だと思うほどに。


 それこそ始めは、ソフィアのことは俺の本当の姉だと思っていた。


「ウィルくんのことは本当の弟みたいに思ってたよ。生意気で背伸びしたがりなところがたまらなくかわいい弟だってね」


 ソフィアが、懐かしむように耳元で言う。


「今でもそう思ってるつもりだったんだけどなー……」

「……え?」


 シンと、無音が俺とソファアを包み込んだ。

 真っ暗な闇の中、それでも表情が伝わるほどの近さにいるソフィアは、不意に泣き笑いのような顔になって、


「――私、ウィルくんのこと、好きみたい」


 ……えっと。

 

「あぁっ、勘違いしないでね。ウィルくんのことは前から、ウィルくんが産まれた時から大好きだよ? でもね、私が今言った好きは……、うーん、そうだなー……」


 神妙な表情から一転、わたわたと慌てるようにソフィアは顔を赤らめる。

 そして目をつむり、しばらく悩んだ後、俺を抱きしめる手を離した。


 一体何をするのかとあっけにとられた気持ちで見ていると、ソフィアが服を脱ぎ始める。


 寝巻きのような薄い部屋着を順番に脱ぎ捨てていく。


「ちょっ、ちょっと!? ソフィア姉さんっ!?」


 ぎょっとした俺がそれを止めようとした時、何か凄まじい圧迫感が俺の全身を包んだ。魔法の気配。


 身動きが一切取れない。


 かろうじて動かせる首から上を駆使して、圧迫感の原因を探る。

 

 その正体はすぐに掴めた。


「ごめんね……ウィルくん……。お姉ちゃんの最後のワガママに付き合って? ……できれば、お姉ちゃんのことを嫌わないでくれるとうれしいな」


 すでに身につけていたものを全て脱ぎ終えたソフィアが、儚げに笑う。


 そのどこか異様な雰囲気に俺はなにも言えず、抵抗することも封じられている。


「私、ウィルくんのことが好きみたいなんだ。もう、分かるよね……?」


 ソフィアがおもむろに、俺が着る服に手を添える。


「ちょっとっ! ソフィア姉さん待ってよ!」

 

 色々とおかしい。

 一つ一つの説明を飛ばしすぎている。


 頭が状況を完全に理解していない。


「……ウィルくんは、そんなにいやなの?」


 ソフィアの顔が、ひどく悲しげに歪んだ。


 これはダメだ。

 なんの根拠もなく、俺はそう思った。


「……ソフィア姉さん、どうしちゃったの?」


 まっすぐに、単純に、訊きたいこと訊ねる。


 真剣な目でソフィアを見ていると、その端正な顔立ちが不意にハッとする。


「……あぁ、本当にごめんねウィルくん。お姉ちゃん、色々と焦りすぎちゃってたみたい」


 落ち着いた声で言われて、俺はようやく安堵の息を吐き出した。





 着ていた服を全て脱いでしまったソフィアは、代わりに毛布に身を包んで俺に身を寄せていた。


 あたりは相変わらず真っ暗闇で、森閑としている。


 しばらくの沈黙を保ったのち、ソフィアが静かに口を開いた。


「……あのレーゲン・ブルムっていう人はね、お隣のすごい大きい都市の領主さんの息子でね、このまえ、私のお父さんが困っている時にいっぱい手助けしてくれたんだって」


 ぽつりぽつりとソフィアが語る内容は、俺がフルロさんに聞いた内容とほとんど同じだった。

 ただしソフィアなりに、幼い俺にも分かるようによく噛み砕いて。


 俺はその話を黙って聞いていた。


 けど、ソフィアが話す内容は、やがて俺の知らない部分を交え始める。


「お父さんは、私がいやならべつに婚約なんか結ばなくてもいいって言ってくれたの。でもね、そうしちゃうとお父さんの仕事のいくつかがブルムの家の人に取られちゃうみたいなの」

「……」

「それでね、私があの人との結婚を断ると、ウィルくんのお父さんの仕事も無くなるって言われたらしいの。下手したらウィルくんのおうちがこの村に住めなくなるって……。なんでそんなことになるのかわからないけど、そう言われちゃったらしょうがないよね」


 どいうことだそれは……。


 確かにルーカスは、ソフィアの父親であるフルロさんから仕事をもらってはいるが……。


 そういえば、今のブルム家で実質的な当主はあのスカしたクソ野郎だったな。


 もし、アイツがソフィアとの結婚だけを望んでいるのだとしたら。

 そのために、それ以外のソフィアが嫌がるようなことを楯に取ることは、ありえるかもしれない。


「私、ウィルくんのことが好き、なの……」


 いつもはガンガン突っ込んでくるソフィアにしては珍しく、恥ずかしげに言われる。


 そんな殊勝なソフィアも見てたら思わず俺も恥ずかしくなって、少しだけ顔をそらしてしまう。


 それ見て、ソフィアは嬉しそうに微笑んだ。


「だからね、私はこの婚約の話を受けようと思うの」

「えっ? で、でも……」

「私が好きなウィルくんには、幸せに暮らして欲しいから……。そうなると、私もうれしいし」


 そう言ってソフィアは笑う。


 だけどその笑顔の中に、途方も無い悲しみが混じっているように感じてならない。


 「だけど」と、ソフィアが前置きして、自らの身を包んでいた毛布を取る。


 彼女の裸体があらわになって、とても十三歳とは思えないその色っぽさに俺は再び目をそらす。


 ソフィアの、満足げな吐息が聞こえた。


「最後に、ウィルくんに私の初めてもらって欲しいなぁ……。そうしたら私、ちゃんと諦められるような気がするから。これが、お姉ちゃんの最後のワガママだよ?」


 ここでいう、『初めて』っていうのはつまり……。


「…………えっ!? ちょっ!」


 ぽんと押し倒される。


 眼前数センチにソフィアの顔が近づく。

 

「さっきはいきなりキスしちゃってごめんね。どーしても、抑えられなかったの」


 わずかに顔を上気させたソフィアは、さらに顔を近づけてくる。


 薄桃色の艶っぽい唇が目にちらつく。


 思わず目を閉じた次の瞬間、額の中心にやわらかい感触を感じた。

 

 予想していた場所との違いに驚いて目を開けると、そこには穏やかに微笑むソフィアがいた。


「でもね、」

「ソフィア、姉さん……?」

「ウィルくんが嫌がることはできるだけしたくないなーって思うから」


 よく言うよ……。

 今の今まで散々好き勝手に、こんな俺のこと可愛がってくれたくせに。

 ちょっと、過剰な部分もあったりはしたけど。

 それでもソフィアは、俺のことを可愛がってくれたのだ。


 鬱陶しいと感じる時がなかったといえば嘘になるが、彼女と共に過ごした時間は楽しかった。

 これだけは、確実に言えること。


 さて、そんなところで今の状況を整理してみようか。

 落ち着いて、客観的に。


 まず一つ目、ソフィアは自分を犠牲にして、他者を救おうとしている。

 その対象の中には、どうやら俺も含まれているらしい。


 そして二つ目、ソフィアは俺のことが好きだと言った。

 だから全てを諦めるために、俺に初めてをもらってくれと言った。


 たった、それだけのこと


 そこまで考えて、顔が焼けるように熱くなるのを感じる。

 

 あまりにも女の子に関わらず、奪われる恐れもない純潔という名の貞操を守り通してきた前世が嘘みたいである。


 だがしかし、あくまでもそれは前世で、俺が今いるのは、ここだ。


 自問してみる。

 今ここで、もしソフィアの望む通りにしたとして、それで俺はいいのか?

 

 いいわけがない。


 絶対に後悔すると、そう確信する。


 確か俺は、この世界で生まれ直して、一つの目標を掲げたはずだ。

 ハーレムをつくる、と。


 最近はそのことも忘れて、ただ平凡で幸せな毎日をだらだらと過ごしてきた。

 それで俺には、十分だったからな。

 

 でも、今、それが崩されようとしている。

 

 ソフィアという可愛いお姉ちゃんが、気に食わない変態に取られようとしているのだ。


 ハーレムを目指す身として、それは許されない。

 付け加えて言えば、彼女は俺のことを好きだと言ってくれている。


 これはもう、逃す手はない。

 

 やれるだけのことをやってやろうと、そう思った。


 ソフィアの方に目を向けてみると、彼女は不安そうな表情をしていた。


 それを見て、自然と小さな怒りが湧き上がる。


「ソフィア姉さん……」

「ひゃ、はいっ! な、何かな、ウィルくん……」

「ソフィア姉さんは、それでいいの?」

「……えっ?」

「俺とそういうことして、そしたら全てに諦めがついて、後悔もないの?」


 少しきつめになってしまった俺の声を聞いて、ソフィアが動揺を見せる。


「俺は、いやだよ……」

「……っ!」

「俺はもっとソフィア姉さんと一緒に居たいし、笑っていたいな……。このままソフィア姉さんが誰かのモノになっちゃって、今までみたいにソフィア姉さんのそばに居られないのは、いやだ」


 ワガママだった。

 そんな俺一人の感情だけで済ますことのできる問題ではないのに、一度溢れた言葉は止まらない。


 けど、けれど。

 後悔だけはしたくないから、やれることをやろうと思う気持ちは揺るがない。

 たとえ出来ることが何もないように見えても、やれることをやる。


 ソフィアは俺のワガママを聞いて、唇を震わせた。

 形のいい眉が歪んで、大きくてつぶらな瞳に涙がたまる。


 ソフィアに、ぎゅっと抱きしめられた。


 すぐそばで、遠慮のない泣き声が聞こえ始める。


「そんなのっ! 私だっていやだよ! 私……、私だってウィルくんとずっと一緒にいたいよ……、せっかく、ウィルくんのことがほんとに好きだって分かったのに、でも、でも」

「…………」

「だからっ! ウィルくんに迷惑かけたくないから、ウィルくんに傷ついて欲しくないから……っ。私、決心したのに、決めたのに……。そんなこと言われちゃったら……!」


 ソフィアの泣き声が、耳について離れない。


 ソフィアの泣き声はどんどん大きくなっていって、俺の心をひどく苛んだ。


 ここで、きちんと言っておかないと。


「ソフィア姉さんは、一つ間違ってるよ」

「……え?」

「俺だって、ソフィア姉さんに傷ついて欲しくないんだよ。そのためなら、別に俺が傷つくくらいなんてことない」


 ソフィアが、驚いたように俺を見る。

 

「勝手に決めないでよ。別にソフィア姉さんが自分を犠牲にしなくたって、誰かの命が取られるわけでもないんでしょ?」

「……でも、でも、そうしないと、お父さんに、ウィルくんのおうちに、ウィルくんに……、みんなに迷惑がかかるって……」


 ソフィアの弱々しい声を聞いて、俺はいよいよ我慢できなくなる。


 だいたい、おかしいんだよ!

 意味がわからない。どうして、ここまでソフィアが、気負っているんだ。

 ソフィアの思い違いにイライラする。

 いや、思えばソフィアは、まだ十三歳だったんだっけ……。


 日本で言えば、まだ中学生になったばかり。

 置かれる環境の違いから精神的な成長速度は違うだろう。

 でも、十三歳だ。

 

 そりゃ、先を見据えたり、自分や周りを客観的に見て、正当な判断ができるわけない。


 だから、俺がはっきり言ってやらないと。


「たとえ、ソフィア姉さんが自分の身を犠牲にしたら皆を助けられる状況に置かれたとしても、ソフィア姉さんが義務を感じる必要はない」

「……え?」

「だってソフィア姉さんは何も悪いことしてないんだよ? それなのに、ソフィア姉さんだけが皆のために、不利益を被るなんてこと、あっていいはずがない」

「……」

「別にソフィア姉さんが逃げたとしても、そのことを責める権利を持った誰かはいない」

「でも、それだと、私……」


「俺がいるから」


 脈絡なく放った俺の言葉に、ソフィアが目を丸くする。


「絶対に、全てを丸く収めるなんてこと言えないけど。俺は絶対にソフィア姉さんの味方でいるからさ。やれる限りのことはやってみる。だからソフィア姉さんは独りにはならないから、安心して」


 いつの間にか泣き止んでいたソフィアの瞳に、また涙が浮かぶ。


「最後に、これだけ聞かせて」

「……ウィル、くん」

「ソフィア姉さんは、本当はどうしたいの……?」


 そう口にした途端、俺のくちびるがソフィアのくちびるで塞がれる。


「っ!?」

「んぅ……っ」


 俺の口内がソフィアの舌によって一通り侵されつくした後、パッとソフィアが離れて、バツの悪そうな顔をつくった。


「ご、ごめんねウィルくん……どうしても我慢できなかった……」

「……」


 何も言えない……。

 どうにも俺は、ソフィアお姉ちゃんには敵わない節があるな……。

 

 艶めく唇を舌で舐めて、申し訳なさそうな表情のまま、ソフィアが俺をまっすぐ見つめる。


「私、ずーっとウィルくんと一緒に居たいなっ」




 

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