十四話――悪ガキにバカにされた話
「あーっ! よわむし男だっ!」
「アイツ、いつも女と一緒にいるよなぁっ」
「女と一緒じゃないと、外を歩くこともできないんだぁっ」
なにを失敬な。
帰路を進む俺たちの前に現れたのは、近所でも有名な悪ガキ三人組だった。
俺より年下で、たぶん四、五歳くらいだったはず。
時折、顔を合わせることがあるが、例に漏れず毎回こんな扱いを受ける。
モテる男は辛い。
「ばーかっ」
「よわむしー」
「おんなおとこーっ」
悪ガキ三人は俺の方を指差して大笑いしながら、すぐそばを通り過ぎていった。
散々バカにされながらも、俺の胸中は大変穏やかだった。
確かに俺に、この世界における同性の友達はいない。
だがしかし、
女の子といつも一緒にいる?
なんという名誉。いいじゃないかそれで。
この俺が予言してやる。
君たちにはいつかこの先、女の子とおしゃべりをしたくてたまらない日が訪れるだろう。
自分の好きな女の子と距離が縮まらなくて、もやもやする日がするだろう。
そんな時、こう思うわけだ。
今この瞬間の俺を、可愛い女の子といつも一緒にいる俺のことが、羨ましい、と。
はーっはっはっはーーっ!
しかし心の中で哄笑をあげる俺の隣。
ソフィアは悪ガキたちの雑言にビクッと肩を震わせた。
ヤバいっ!
本能的に危機を感じて、次に理性でも危険を察知する。
一つ確認しておこう。
自分で言うのもなんだが、ソフィアは俺のことを弟のように見て、溺愛してくれている。
それはもう、相当な可愛がりようであると、他でもない俺が感じている。(ありがたいことにね。美少女に好かれるなんて最高!)
そして、ソフィアは俺のこととなると、見境がなくなる傾向にある。
「……ちょっと、君たち」
ソフィアの静かな声。
空気が震えた。
比喩じゃない。マジで震えた。
悪ガキたちの悪言の意味を理解できず、首をかしげていたエレナが、俺とつなぐ手にぎゅっと力をこめた。
ソフィアの殺気は、真っ直ぐに悪ガキ三人の方へ向けられている。
直接俺に向けられているわけでもないのに、震えが走る。
こえぇー……。
もちろん悪ガキ三人からすれば、ただでは置けない。
「「「ひぃっ」」」
悪ガキ三人が悲鳴をあげる。
彼らの目尻には大粒の涙が浮かぶ。
ちよっと。ちょっと、ヤバいよ。
いやいやいや、まだまだ子供の言うことなんだからソフィアお姉ちゃん。そんなに真剣に受け止めなくても……。
このままでは悪ガキたちが大変なとこに……。
俺は慌ててソフィアに抱きついて、その動きを止める。
「ソフィア姉さんっ、子供の言うことだから!」
いや俺も子供なんだけどさ。
「ちょっと、……離してウィルくん。お姉ちゃん、ウィルくんをバカにしたあの子たちと、お話しないといけないから」
ひどく冷たい声。
いや怖いってお姉ちゃん。
お話ってなんだよ。
「ソフィア姉さん、俺は気にしてないから。俺はソフィア姉さんと一緒にいれたらすごく楽しいしっ、それで満足だからっ!」
少し大きな声で言うと、ソフィアの動きがやわらいだ。
「そ、そう……?」
と、まんざらでもないようなソフィア。
張り詰めた空気が少し落ち着く。
瞬間、悪ガキ三人は逃げ出した。それはもう一目散に。
「あっ!」
ソフィアが声をあげるが時すでに遅し、悪ガキたちの影は遠い。
めっちゃ早いな、逃げるスピード。
しかし俺はホッと息を吐く。
ソフィアも色々と過激だからな。
俺のせいで彼らが一生抱えるトラウマを負わなくてよかった。
その時ーー、
俺はエレナの様子がおかしいことに気がつく。
それと同時に俺は悟った。
あっ、泣く。と。
◯
二歳と半年ちょっと。
それが我が妹たるエレナの年齢だ。
エレナはまだ幼い。幼すぎると言ってもいい。
要するに、エレナにとって、先ほどの不穏な空気は我慢ならなかったんだろう。
結論を言えば、きれたソフィアの怒りにびびってエレナが泣いた。
「ごめんねエレナちゃん、泣かないでっ、お姉ちゃんちょっと感情的になっちゃって、ちょっと怖かったよね?」
「かなり怖かったけど……」
「あぁっ! ウィルくんまで! もうっ、お姉ちゃんも泣いちゃうっ!」
俺の胸でぎゃんぎゃん泣き喚きながら、上着を鼻水まみれにしてくれるかわいいかわいい妹のエレナ。
一方で、ソフィアがむくれてそっぽを向いた。
「うぁぁぁあんっーーーー」
「あぁっエレナっ、大丈夫だからっ。こわくないこわくないっ」
必死にエレナをあやしながらも俺たちは帰途をたどる。
そして、そろそろ我が家の影が見え始めた頃、
いよいよエレナも泣き疲れて落ち着きを取り戻し、俺に抱きかかえられたままのエレナが甘えるように身をすり寄せてきた。
「おにいちゃん……」
「おう、お兄ちゃんはちゃんといるから。もう泣かなくていいからな?」
「……うん」
ぎゅう、とエレナが俺に抱きつく力を強めた。
ふぅ……。
なんとか、これでひと安心。
まったくお姉ちゃんたら、もう。
俺のために怒ってくれるのは嬉しいけど、ちょっとあれはやり過ぎだよ。
ソフィアのあんな冷たい気配、初めて感じた。
俺がこの世界に生まれてからもう七年が過ぎるが、その時から一緒にいるソフィアにもまだまだ知らない一面があるんだなー……。
よし、ソフィアのことは決して怒らせないようしよう。
そう俺が新たな決心をしていると、ソフィアがうらやましそうな顔をしていた。
「ねぇ、ウィルくん」
「なに? ソフィア姉さん」
「……私も、ウィルくんに抱っこしてもらいたいなぁ」
指でもくわえそうな勢いで、ソフィアがじっと見つめてくる。
俺の頰を冷や汗が流れる。
「いや、それは物理的に無理が……」
そんな時だった。
そいつは、我が家の軒先にいた。
隣には、大人の雰囲気を醸し出し、傍らに背丈ほどもある杖を抱えたローブ姿の女の人がいる。
そいつーーソフィアが身につけているのと同じ、王都にあるナントカ学園の制服を身にまとった一人の男(十七歳くらいだろう)は、歩み寄ってくる俺たちの姿を見つけると、大きな反応を示す。
やがて彼と距離が、手を伸ばせば届くような案配になった時。
「あぁソフィアさんっ、今から貴女の邸宅を訪ねようとしていたのだが……、まさかソフィアさんの方からボクのもとに来てくれるとは……!」
大げさに感情を込めて彼は言った。
くすんだ金髪を整髪料か何かで綺麗に整えた美丈夫。イケメンはしねばいいと思うの。
そんな彼は、一歩こちらに近寄ると、両手を広げてソフィアを見た。
後ろにいる魔導師っぽい人は、そのまま彼の傍につく。
「えー……っと、あなたは、確か……ブルムさん、ですか?」
自信なさげにソフィアが言うと、ブルムくんと呼ばれた彼は笑顔を浮かべる。
なんか嫌な笑い方だなー。
ブルムは、大きく首をふる。
「いやいやっ、ソフィアさん。そんな他人行儀な呼び方じゃなくとも、構わないよ。家名でなくとも、僕は全然構わないからさっ」
ブルムは爽やかに言った。
隣でソフィアの顔が引きつり、「私、ブルムさんのファーストネーム覚えてない……」と呟く。
しかしその呟きはブルムくんには届かなかったらしく、彼はさらにこちらに一歩近寄って、ソフィアの目の前に立った。
「今日からは、特にね」
意味深な発言とともに、目配せしたブルムくんは膝をついてソフィアの手を取る。
そして彼女の手の甲にそっと唇を押し当てた。
「っ!」
アァッ! テメッなんてことしやがる!
怒り心頭!
俺はブルムくんを鋭く睨みつける。
許可も取らずいきなりソフィアの手の甲にキスをかましたこと罪は重い。
そんなかっこいいこと、俺だってやったことないんだよっ!
これは相応の誅罰をくらわしてやらなければ……。
そう思った俺の視界にソフィアの姿が映った。
ソフィアは俯いてブルムくんに手を取られた状態で固まり、しかしよく見れば小刻みにぷるぷる震えていた。
ぶつぶつと何か呪詛のような呟きが聞こえてくるが、声量が小さいためなにを言っているのかまでは分からない。
ただ、穏やかじゃない気配だけはありありと伝わってくる。
「そ、ソフィア姉さん……?」
あまりの異様さに俺はブルムくんに対する怒りも忘れて、ソフィアに話しかける。
「姉さん……? あぁ、なるほど、そうかそうか、君がソフィアさんがいつも話していた『ウィルくん』か……」
納得したようにブルムくんが俺を鋭く睨む。
はいそうです。わたしが、ウィルくんです。
俺に視線を向けながらもソフィアの手は掴みっぱなしのブルムくんに、いよいよ苛立ちまで覚えて、俺が思わず罵詈雑言を吐き出しかけたその時。
ソフィアがふっと顔を上げた。
その晴れやかな笑顔が、なぜかどんなものよりも恐ろしい。目が笑ってない。
より本能的な部分で俺の背筋に震えが走る。
が、しかし、ブルムくんは平然としている。それどころか、嬉しそうにしている。
まるで、欲しかったおもちゃを偶然手に入れることができた子供みたいに。
ぱかっと口を開けて何かを言おうとしていたソフィア。
そんな彼女を遮って、ブルムくんはとんでも無いことを口にした。
その言葉のせいで、俺の怒りも苛立ちも、ソフィアが纏う不穏な空気も、すべて霧散することになる。
「さぁ、ソフィアさん。いや、ボクのかわいいソフィア。……ボクとの婚姻を結ぶ準備は、出来ているかい?」
……は?
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