十三話――素直なお姉ちゃんの話
「ご、ごめんねウィルくん……、あんなにびっくりするとは思わなかった」
「……いや、うん、大丈夫だから」
「なんだかウィルくんがつめたいよーっ!」
パンツ一枚。
半裸になった俺の前には、パチパチと音を立てながら炎が木材も何もないところで燃え上がっている。
俺が先ほどまで来ていた服はその炎の近くに浮かんでいて、そこを爽やかな風が吹き抜けている。
服を乾かすための風も、俺を温めるための火も、ソフィアの魔法によるものだ。
場所は河原。
体育座りになって炎の前でくしゃみを漏らした俺に、ソフィアがガバっと抱きつく。
「ウィルくんごめんね。バカなお姉ちゃんを許して、私、ウィルくんのためならなんでもするからっ! だから嫌いにならないでーっ!」
俺に抱きついて鼻先を肩のあたりにスリスリと擦り付けるソフィアのブロンドの髪が、素肌に当たってこそばゆい。
というか恥ずかしい。
人目のある場所で、下着一枚の少年に年上のお姉さんが謝りながら抱きつく状況とか。
なんだよこれ。
「ソフィア姉さんっ、分かったから。別に怒ったりしてないから。恥ずかしいからここで抱きつくのはやめてください」
ソフィアを強引に引き剥がす。
「あーっ、私のウィルくんがぁ……」
ソフィアがわざとらしく切ない声を上げる。
「っぅ!」
ピタっ……、と。
その時、俺の背中にひんやりとやわらかいものが当たった。
寒気が走り、震え上がる。
振り返ると、エレナが首を傾げていた。
小さな手のひらを俺の背中に押し当てながら。
「おにいちゃん、だいじょーぶ?」
「あ、あぁ大丈夫だよ」
「よかったーっ」
「ちょ、ちょっとエレナちゃん、お兄ちゃんの背中を撫で回すのはやめてね」
ぺたぺたと冷えた手で俺の背中を撫で回すエレナを持ち上げて、そのままソフィアに押し付ける。
小さい手で触られるのって結構こそばゆいのね。なんかソワソワする。
俺にあしらわれていじけていたソフィアは、エレナの体を受け止めると、パッと表情を明るくした。
「あっ、エレナちゃん! おりこうさんにしてた?」
「うんっ、おにいちゃんとあそんだ!」
微妙に噛み合わない会話をするソフィアとエレナを見て、俺は思わず吐息を吐いてしまう。
どうしてこんなことになったのか。
とりあえず、この状況を簡潔に説明するとするなら、俺は川に落ちた。
いきなり目の前に現れたソフィアに驚いて、だ。
そしてすぐさま川の底から救出された俺は、ソフィアに「ウィルくんが風邪をひいちゃうっ!」と服を剥かれて今に至る。
あと、どうやってソフィアが気配なく俺の目の前に登場したのかというと、転移魔法だ。
転移魔法とはその名の通り、ある地点から目的地に瞬間的に移動する魔法である。
ソフィアは、俺の父親が使うその魔法で、先日まで王都にある学校に通っていたのだが、ついに昨日、ソフィア自身もその魔法を使えるようになったのだとか。
俺がパパから聞いた話では、転移魔法は相当高難度に属する魔術で、まともな魔術師が習得しようとしても最低五年ほどはかかるらしい。
が、天才ソフィアお姉ちゃんには関係なかったらしい。
そんな高レベル魔術のお披露目を兼ねて、ソフィアは俺の目の前に転移してきたわけだ。王都の学校から。
「けどソフィア姉さんも……、そんな転移魔法なんてすごい魔法を練習してたのに、なんで俺に教えてくれなかったの?」
エレナと楽しそうにしているソフィアにそう訊いてみる。
ソフィアはパッとこちらに振り向くと、なぜかふくれっ面をつくった。
「だってー、ウィルくんを驚かせたかったんだもん」
「イタズラしようという気持ちは初めから持ってたんだね」
「あぁっ! 違うんだよウィルくんっ! 私は、ウィルくんの驚く可愛い顔が見たかっただけなの!」
むんっ、と気合をいれてソフィアが力説する。
その迫力に気圧されて、俺は「へ、へぇ……」としか言えない。
他にも色々言いたいことはあったし、納得も出来ないが、仕方ない。
昔からの話だが、どうにも俺は彼女に敵わないのだ。お姉ちゃんパワー、つおい。
エレナはソフィアの真似をして、可愛く腕に力をこめていた。
そんな我が妹の可愛さに、思わず口元がデレっとにやける。
「もうっ、ウィルくんたら、ほんとにエレナちゃんにデレデレなんだからっ! そんなだらしない表情、私には見せてくれないのにぃっ。あぁっ、もうウィルくんかわいいっ!」
大丈夫かなこの人……。
頰に両手を当てて、くねくねと身をよじっているソフィアを見て、俺はそう思った。
なんだか歳を重ねるごとにお姉ちゃんの変態度が上がっていると思うんだが。
その証拠に、先ほどから一つ。
とても気になる物体が、俺とソフィアの中間あたりの空中にふらふらと浮かんでいたりする。
見た目の感じは、球体。
ソフトボールくらいの真っ暗な球体の一点に、半透明のこれまた球体の鉱石がはめ込まれている。
その半透明の球体が、まるで目玉の如く俺を注視しているのが、大変落ち着かない。
「ソフィア姉さん、さっきから気になってたんだけど。これって、
「そうっ! 今日の朝、王都の市場で偶然見かけて、衝動買いしちゃった」
薄桃色の舌をチロッと出すソフィア。
端正な容姿も相まって、彼女のその仕草はかなりかわいかった。正直に言って。
そうなのだ。
ソフィアは美人なのだ。それも超がつくほどの。
噂によれば王都の学園では、彼女は何度も絶え間ない愛の告白を受けているらしい。
上層階級の政略的な意味合いも無くはないが、それ以上にその告白はソフィアの容姿と立ち振る舞いによるものが大きいとのこと(この話は、以前ソフィアと父ルーカスに連れられて王都に行った時、知り合った学園生に聞いた)
しかしその度にソフィアは、
「ウチのウィルくんよりかっこよくて可愛い人以外はお断りです」
と、頑なに言い放っているらしい。
なんとも気恥ずかしくも悩ましい話である。
そんなソフィアお姉ちゃんの発言には、優越感と危機感を感じざるをえない。
ソフィアの態度は男として嬉しさを感じることに否定できるはずもないが、いつか怨嗟と嫉妬を持ってそのフレラタ男共に刺されるんじゃないかという恐れもある。
……悩ましい。
と、話が逸れてしまった。
今は、ソフィアが持ってきたコレについて話をつけねば。
俺とソフィアの視線が『ビデオカメラ』に集中すると、エレナもそれに気がつく。
エレナは「わぁっすごいっ、これういてるーっ!」と左右色の違う両目をキラキラと輝かせた。
「すごいでしょっ? これはね、持っている人の魔力に反応して、撮りたい映像を自動的に撮って保存してくれる、すごい賢いカメラなんだよっ!」
「すごーいっ、すごーいっ!」
「すごいでしょっ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるエレナにつられて同じように興奮するソフィア。
それを尻目に、俺は空にふわふわ浮かぶその黒い球体をガシッと鷲掴みにした。
ふむ、所有者の意思に通じて自動的に撮りたい映像を保存してくれるのか。つまり勝手に飛んでベストアングルを定めるし、勝手にREC状態になると。
たしかに便利だ。
「アァッ、ウィルくん何するのぉっ!」
「……」
ソフィアの悲痛な叫び。
それを黙殺する。
『ビデオカメラ』の使い方は、似たものをルーカスも持っているから把握してる。
俺は黒い球体の半透明な目玉を額に押し付け、魔力を込めた。
すると、脳裏に直接『とある映像』が流れ込んでくる。
俺が突然現れたソフィア驚いて川に落ちるシーンから、今この瞬間に至るまでの全てが、第三者的な視線で。すべて俺を中心にして。
「ソフィア姉さん、……これ何に使うつもりだったの?」
有無を言わせぬ迫力で訊くと、しかしソフィアはあっけらかんといった様子で、
「えっ? そりゃもちろん。……ウィルくんの寝顔とか、ウィルくんがお風呂入ってるところとかを撮ったり、ウィルくんが私と遊んでいる時の様子をおさめたり、あとはウィルくんが自分の部屋にいて色々一人でやっているところを撮ったり、もういっそウィルくんのすべてを――……」
そこまで聞いて俺はその
プライベートもクソもあったもんじゃない。
ソフィアは一つ一つのやることが過激になる節があるんだよなぁ……。
俺はそれをポケットにしまおうとして、しかし今の自分が半裸であることを思い出す。
風魔法に揺られていた服は驚くことに、ほとんど乾いているようだっだ。
なので俺はそれらを身に付けた上で、上着のポケットに『ビデオカメラ』を押し込んだ。
「よし、じゃあ服も乾いたし、そろそろ帰ろうか」
俺は爽やかに言ってエレナの手を取った。
「うんっ、かえろっかっ!」
エレナも素直に俺に従い、俺たちは帰路を目指す。
その隣でソフィアが
「お願いウィルくんっ、何でもするから、なんでも言うこと聞くからそれ返してっ! いやむしろウィルくんっ、お姉ちゃんに何でも言うこと聞かせてみてっ! 推奨っ! むしろ推奨っ! お姉ちゃんに色々命令してみてよっ!」
と、あまり深くまで理解したくないことを言っていたので、「じゃあこれ返すけど俺のことは勝手に撮らないでね?」と返したところ、
「それはむりっ」
即答された。
何でもじゃなかったのかよ……。
相変わらず、いい意味でも悪い意味でも素直なソフィアお姉ちゃんに若干辟易しなながら、それでも変わらない幸せを感じながら、俺とエレナとソフィアの三人はお家に向かって歩を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます