十一話――それでも平和な日々の話



 ソフィアのお陰で無事救出された俺とアリア。

 俺はやむなく、遭難に至った経緯を全て白状し、アリア共々ソフィアお姉ちゃんに怒られた。めっちゃ怒られた。


 そして森から出て村に戻り、日が暮れた頃、なぜか俺たちはそれぞれの両親に囲まれていた。怒られた。


 どうやら俺とアリアの足跡が森まで続いているのがバレていたらしい。

 自分のアホさをあんなに情けなく思ったのはあれが初めてだ。


 なぜ、積もった雪のことに気づかなかったのか。まぁ今回はそのお陰で助かったわけだが。

 村人総動員で捜索されたらしいです。

 ほんとごめんなさい。ご迷惑をおかけしました。


 そして、俺とアリアが両親に最高級のお叱りを受けるさなか、ソフィアが俺に魔法を教えていたことも発覚。

 ソフィアも怒られた。めっちゃ怒られた。

 笑えそうで笑えない話。


 その中途、俺はアリアの魔法の才能が凄まじいという事を巧みに操り、みんなの怒りをそらそうとしたところ、さらにお説教が増えました。


 アリアはのちに天才と褒めそやされることになる。ソフィアに並ぶ神童だと。

 

 しかし結果的には、俺とアリアは魔法の使用を禁止。さらには二人きりで遊ぶ事もしばらくの間禁止にされた。

 これらの処置に、アリアは大層ご立腹だったが、もちろん親には敵わない。


 その他に変わった事といえば、俺とソフィアの秘密魔法特訓がなくなり、アリアの俺に対するボディタッチが過剰になったくらいか。


 以前とほとんど変わらない平和な日々が過ぎ行き、なんだかんだで俺は二度目の人生を満喫していた。



 そして約三年半の月日が経ち、俺は七歳になった。


 ソフィアは十三歳になって、最近は成長が目まぐるしい。今年から王都にある教育機関にも通い始め、共に居る時間が少なくなってしまった。

 貴族令嬢さまも、いろいろ大変そうだ。ちなみに、登下校はウチのパパ(ルーカス)の転移魔法で行っている。


 アリアは八歳になって少し女の子らしくなってきた。

 なので最近はボディタッチされると頻繁に心臓に悪影響が出る。童貞レベルでは対処しきれません。


 そして何より、俺には新しい家族――妹が出来ていた。

 名をエレナと言い、先日二歳になったところだ。


 長めの明るい茶髪をツーサイドアップにするのがお気に入りで、瞳はなんとオッドアイ。

 右目が茶色で、左目がオレンジ色をしている。

 秘められた膨大な魔力の影響などではなく、ただの虹彩異色症だ。

 少し羨ましいと思ってしまったのは否定できない。厨二病的発言。


 生まれた時からブラコンにさせる勢いで可愛がっていたためか、今ではすっかりお兄ちゃんっ子になってくれた。

 嬉しい限りである。

 可愛すぎて俺もシスコンになる勢い。


 お母さん(アリシア)に似て、目鼻立ちがくっきりとした顔立ちは、将来は美人になる事を確信させる。

 さぞやモテることだろう。

 



 頼まれた買い物を終えて帰宅すると、ウチの軒先でアリシアとエレナが遊んでいる様子が見えた。


「あーっ、おにいちゃーんっ!」


 俺の姿を見つけたエレナが両手を広げ、てててっと駆け寄ってくる。

 ぶつかる勢いで迫ってくるエレナを俺はそのまま抱きあげた。


「おー、エレナっ、お母さんと一緒に遊んでたのか?」

「うんっ!」


 太陽かよ。なんて眩しい笑顔なんだ。可愛すぎる。


 思わず抱きしめて頬ずりすると、エレナも楽しげにきゃーきゃーとはしゃぐ。

 

「確信した。俺、エレナなら食べれるかもしれん」

「本格的なブラコンとシスコンが出来上がっちゃったね……」


 隣で呆れたような吐息を漏らしているのは、買い物先でばったり出会ってそのまま俺にくっついて来たアリアである。


「つまり相思相愛ってやつだな」


 俺がドヤ顔を決め振り向くと、アリアがむくれていた。


「……むぅっ、ウィルはあたしのことも好きなんでしょ?」

「え、あぁ、うん」


 そこまでハッキリ言われると返し辛い……。

 

 俺が小さな戸惑いを隠しながら頷くと、アリアが右腕に飛びついてきた。


「じゃあ相思相愛ってことだねっ」

「そーしそーあいっ!」


 アリアが体全身を押し付け、エレナは殊更強く抱きついてくる。


 これが両手に花ってやつか……。もしかしてハーレム?

 そうか、ついに俺は悲願を成し遂げたというのか……。

 感動。


 俺がしみじみと感慨に浸った風になっていると、アリシアがこちらに近寄ってきた。


「あらあら二人とも、ほんとにウィルが好きなのね」


 口元に手を当て、温和な笑みをたたえる。

 二児の母とは到底思えないほど若々しく、瑞々しい微笑みだ。

 俺のお姉さんと思われてもおかしくないかもしれない。

 

 アリシアが俺の胸できゃーきゃーはしゃいでるエレナを撫でると、エレナが「うんっ、おにいちゃんすきっ」と一際大きくはしゃいで、俺の頰にちゅっとキスしてきた。

 それは良いし、お兄ちゃん冥利につきるのだが、はしゃいだ時に振り回した足が俺の股間にクリティカルヒットしたんだよなぁ……。


 強烈な痛みに俺がうめいていると、「あっ、エレナちゃんずるいっ」とかそんなことを言って同じように頬にキスしてきた。

 なんでエレナがしたのと同じ場所にキスしたのかは知らんが、そんなことよりも介抱してほしい。


 この痛み、尋常では済まない。


「どうしたのウィル……、お腹でも痛いの?」


 俺が苦悶の表情を浮かべていると、アリシアが心配そうに覗き込んでくる。

 さすがママ、息子の異変には敏感ですね。


 すると、エレナとアリアも俺の異常に気がついたようだ。


「おにいちゃん……いたいの?」

「いや、……お兄ちゃんは痛くないよ?」

「ウィルっ大丈夫っ!? どこが痛いのっ?」

「……どこと言われましても」


 正直に言ったころでどうにもならないしな……。

 いや、アリアなら何かやりそうだな。たまに、こいつは俺の理解を超える行動を敢行することがあるから。


 そんな懸念もあってか、俺は何とか痛みをこらえ、平静を装う。


「いや、何でもない……大丈夫だよ」


 ぺたぺたと俺の体を確かめていたアリアを押しとどめ、エレナを床におろす。


「ウィル……ほんとに大丈夫なの?」


 それでもママは心配してくれていたが、俺の足元でエレナが大きなあくびを漏らしたのを見咎めると、そちらに気を取られる。


「まぁまぁ、眠くなっちゃったの?」


 ……まぁ、僕はもう七歳ですからね。


「ほら、おいでエレナ」

「……ん、まま」


 目元をしきりにこするエレナが、アリシアの胸にぽすっと収まり、そのまま抱き上げられる。


「エレナちゃんはお昼寝の時間みたいだね。……だったらさ、あのね、ウィル」

「ん? どうしたアリア」


 アリアは、少しだけ照れたような表情を見せて、ちらっと俺に目線を向けた。


「よかったら今からウチに来ない? ちょうど、ママもパパも居ないから――」


「――……おにいちゃんは?」


 アリアの言葉を、エレナのつぶやきが遮る。

 見ると、ウチに帰ろうとしているアリシアの肩越しに、エレナがじっとこちらを見ていた。

 

「おにいちゃんとねるの……」


 あくびまじりに言いながら、エレナがこちらに手を伸ばしてくる。


 可愛い妹にそんなことされて、抗えるはずもない。

 

「ごめんアリア。残念だけど、今日のところはエレナに……」


 怒るかな? 

 と思いつつアリアの方を見ると、予想とは違い、アリアは怒るというよりも悲しそうな表情をしていた。

 そんな顔されると、逆にやりにくい。


 俺がなんとも悩ましい気持ちになっていると、我が母からの助け舟がやって来た。


「じゃあアリアちゃんも一緒に、ウチに来る?」

「……あっ、うんっ!」


 アリアは一瞬考えるような素振りを見せたが、やがて明るく頷いた。

 サンキュー、ママ。

 

 

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