四話――幼馴染が可愛かった話
ソフィアから、他の誰にも内密にということを大前提に、魔法についての知識や技術を教わり始めてからおよそ半年が過ぎた。
そして、魔法の基礎となる土、風、水、火は毎日毎日頑張って、少し操れるようになりました。
俺の内に秘めらし魔法の超才能が開花……、なんていう都合のいい展開は訪れはしなかった。
むしろ、どちらかといえば、俺の魔法に対する才能は平均より低い感じであることが、ソフィアの隠せていない申し訳なさげな態度から見て取れる。
だが、まぁいい。魔法というロマンを少しでも操れるようになっただけでも俺は満足だ。
しかし現在、俺は少し困った状況に置かれている。
季節は冬。
あたり一面には深々と雪が積もり、汚れのない白の世界はどこか幻想的な雰囲気を醸している。
俺が前世で住んでいた地域は雪が降り辛いところだったので、この世界に来て、こんなにたくさん雪が積もっているのを見たときはかなり興奮した。
いくら精神が外見より大人びていると言っても、俺の精神年齢は高校一年生で止まってしまっている。
そりゃ、雪を見たらウキウキもするし、遊びたくもなるもの。
俺は昨夜の間に降り積もった雪で今日朝一さっそく遊ぶことにしたのだ。
ソフィアは自室にこもって何やらごそごそやっており中にも入れてもらえなかったので、俺は一人で雪だるまを作ろうと外に出たんだ。
でもやっぱり雪って冷たいよね。
まぁなにが言いたいかというと、覚えたばかりの火魔法を、ソフィアの言い付けを無視して人目につく場所で使ってしまったわけです。
体をあっためようとしたんです。
で、それを幼馴染の女の子に見られました。
「ねぇねぇっ! 今のってまほうだよねっ!? ウィルってまほう使えるのっ?」
「えっ……あー……その」
キラキラとした瞳で俺を覗き込んでくる彼女の名前は、アリア。
俺より一歳年上で、隣の家に住んでいる。
両親同士も仲が良くて、小さい頃から何かと一緒に遊ぶ機会が多かった。
自分の方が年上と知ってからは時たま俺に対してお姉さんぶってくる。背伸びした感じが愛らしい四歳児。たしかもうすぐ五歳。
吸い込まれそうになるほどの濃紺のつぶらな瞳に興味の光を宿して、俺をじっと見つめる。超近い。めっちゃ近い。
ゆるふわウエーブのかかった蒼髪がちろちろと頬に当たってこそばゆかった。
少しでも足を伸ばせば届いてしまいそうな艶めいた桜色のくちびるがやたらと視界の端にチラついて落ち着かない。
「ちょ、ちょっとアリア離れて、近い……」
「だめっ、まほうのことちゃんと言ってくれるまではなれません!」
わかりやすくほっぺたを膨らませて不服を表現するアリア。
しまったな……油断した。
果たしてどう取り繕うか。
俺が魔法を使えるなんてこと、アリシアにバレたら絶対怒られるし、それだけならまだしも、そのときはソフィアまでその叱咤を被ることになってしまう。
さすがにそれは、バツが悪い。俺が無理言って頼み込んだわけだしな。
となると、選べる道はやはり誤魔化ししかないわけだが……。
「アリアの、見間違いじゃないかな……?」
アリアの勝ち気な眼差しから微妙に目をそらし、さりげなく嘘をつく。
どうだ?
「ちがうよ、アリアちゃんと見たもんっ。ウィルの手から火がでてるのちゃんと見たもん」
ダメかー……。
いや、まだ突き通せ。
さらに顔を近づけてくるアリアから俺はのけぞるように距離を取り、
「あ、アリアがウソついてるんじゃないの?」
「ちがうもん! アリアは、ウィルみたいにウソつかないっ」
「……ぼく?」
なんでそこで俺が出てくるんだ。いや、現在進行形でウソをついてるわけだから言い訳は出来ないんだけども。
「けっこう前に、ソフィアちゃんがアリアに言ってた。ウィルがウソつくようになっちゃったって。泣いてた」
「えぇ……」
あの擬似ブラコンは四歳児相手になにを愚痴ってんだよ……。
そんなに俺が小狡くなったのが悲しかったのか。泣くことはないだろう。
俺の知らないところでソフィアとアリアの間で変な関係が生まれてない?
まぁ、ソフィアもアリアのことは俺同様生まれた時から面倒みてるらしいからな。仲が良くて当然だろう。
と、アリアが怒ったように顔を赤くしているのが目に入った。
「はなしそらさないで!」
いやいやいや、君が自分から逸らしにいったんでしょ。
「ウィルのウソつき! アリアにもまほう教えなさい!」
「いや、だから……」
すでに限界まで接近していたアリアがさらに一歩前に踏み出そうとしたので、俺もそれに合わせて一歩後ずさる。
が、この時の俺は、自分の足が深々と積雪に埋もれていたことを完全に忘れていた。
バランスが崩れる。
「あっ、やば」
ふわっとした浮遊感。
視界に映る風景がスロモーションのようにゆっくりと流れ、俺の両手は反射的にアリアの手を掴んでしまう。
俺の背面は冷たい雪をクッションに地面と衝突。
続けざまに、ぎゅっと目をつむったアリアが俺に手を引かれるまま胸に飛び込んできた。
その瞬間、くちびるをやわらかい感触が襲う。
「……」
「……んぅ」
……ふーむ。
これはやってしまいました。
やべぇ、どうしよ。
まぎれもないキスをバッチリ交わしちゃってるアリアと俺。
これが噂に聞くラッキースケベってやつか?
俺ってもしかしてすごい星の下に転生したんじゃね。
前世の時には、まともな幼馴染女子すらいなかったからなー……。
なんてどうでもいい思考に俺が逃げている間に、たっぷり十秒は経過したと思う。
気づけばアリアの紫紺の瞳はぱっちり開いて俺を見つめていて、すごい涙目になっている。顔はりんごみたいに真っ赤。
これはハラキリか。ハラキリで罪を償うしかないのか……。
四歳児とはいえ立派な乙女だもんな。
……アリアのお父さんに比喩じゃなく寝首をかかれたりしないかしら。あの人の娘の溺愛っぷりはハンパないからな。ソフィアお姉ちゃんといい勝負。
この寒さの中だというのに、俺の体は嫌な汗に包まれ始めじんわりと熱を持ち始める。
役得役得とか思ってる場合じゃない。
生まれ変わってまだ三年半しか経ってないのに、俺は死ぬのか……。
目じりに涙を溜めるアリアを「わざとじゃないんです、マジでごめんなさい。お父様には言わないで」と切実な念を込めて、見つめ返してみる。
と、アリアがおもむろに地面に手をついて俺から離れる。
陽光を受けきらめく唾液が、アリアのくちびるからつうっと艶っぽく糸を引いた。
「……」
「…………」
顔をりんごのように火照らせて泣きそうになっているアリアは、一際強く俺を睨むと、
「うぃ、うぃうぃウィルのばかぁぁっ!! もう知らないッ!」
あちゃー……。
そしてそのままアリアはうわーんと泣き叫びながら走り去ってしまった。
ーーと思ったら雪に足を取られて盛大にこけた。
見事なまでの大の字を雪に刻み込むこけっぷり。
くぐもった泣き声がさらに強く聞こえてくる。
「これは恥ずかしいな……見てられない……いや俺のせいなんだけど……」
思わず片手で額を押さえながらアリアの元に駆け寄る最中、俺は高速で思考を巡らす。
どうする? どうするんだ?
彼女はとても可愛い子で、俺の幼馴染。
将来的には俺に対して恋愛的な感情を抱いてくれる可能性が高い女の子なわけで……。
つまりハーレムを志す俺がこんなとこで彼女に嫌われるわけにはいかない。
とりあえず俺はわんわんと泣いているアリアのそばに近づき、やさしく抱き起こしてみる。
ウェーブがかった蒼髪についた雪を払って、彼女の様子を確認。
照れなのか恥ずかしさなのか雪の冷たさ故なのか。
どの理由にせよアリアの顔はこれ以上ないほど真っ赤で、紫紺の瞳には大粒の涙。
まずは謝罪だ。
「ごめんアリア、わざとじゃなかったんだけど……」
「……う、ぁぅうう……」
ひっくひっくとしゃくり上げながら涙を拭うアリアは、しばらくして何とか落ち着きを取り戻したようで、俺に目線を合わせる。
「ウィルの……ばか……ばかっ。……ちゅーは、ちゅーはぁ……ちゅーはもっとぉ、」
「ちゅー、が、なに……?」
俺が聞き返すとアリアは少しハッとなったあと、眉をつり上げる。
あっ、なにか間違えた予感。
「なにもないよ! もうウィルのばか。……ばかぁっ!」
そしてまたアリアは俺に背を向けて走り去って行き……、またこける。
わざとやってるんじゃないだろうな……。
先ほどのシーンと寸分違わぬ大の字転倒。
今度は自力で起き上がったアリアは、再び逃走を開始する。
もう一度こけられると目も当てられなくなるので、その前に俺はよろよろ走るアリアの先に回り込む。
この際仕方あるまい。
「ごめん、アリア。あのさ……、ぼくが魔法を教えるって言ったら許してくれる?」
「……まほう? ほんとに?」
「うん、魔法。ぼく、使えるんだよ。さっきはウソついてた、ごめんね」
俺が言うと、アリアの潤んだ瞳に迷いが生まれた。
泣き顔だったものに、小さな期待の色が混じる。
「それとも、もうぼくのこと嫌いになっちゃった?」
我ながら卑怯な質問だと思う。
この三年以上の付き合いの中で、彼女がこれくらいのことで俺を嫌うようになったりしないことは、分かっている。
だがここで早いところ仲直りしておかないと、今後のアリアとの仲に支障をきたす。
それだけは何としてでも避けたい。
「きらいなわけ……ないもん」
ちょっと拗ねたようにくちびるを尖らせて、恥ずかしげに目をそらすアリア。上気した頰。
どうやらミッションはクリアできたみたいだ。
俺は心の中でほっと胸をなでおろす。
アリアがあと二年分ほど歳上だったら、ここまであっさりとはいかなかったかもな……。
四歳児の純粋さと単純さに感謝しながら、ではさてどうやって誰にもばれないようにアリアに魔法を教えようか、と俺は頭を悩ませる。
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