三話――お姉ちゃんが可愛かった話
『禁忌魔法ーー呪術』……?
首を傾げ思わずこぼれ出た俺の呟きにソフィアが飛び上がって、俺の目を手で覆い隠す。
「うぃうぃウィルくんっ!? わぁぁっ、何見てるのっ!」
そしてそのままソフィアは部屋に戻ってその本を書棚にしまい直したようだった。
おいおい何だよ呪術って……。
禁忌魔法とか、超ヤバそうな匂いがプンプンするんだけど。
ウチの姉はいったい何をやらかすつもりだったんだ……。
両目を塞がれ、ソフィアに担がれた無力な三歳児こと俺は、何だか見てはいけないものを見てしまったような気分になり戦々恐々。
たぶん、見間違いだったんだろう。
快活素直が取り柄のソフィア姉さんがそんな怪しそうなことに首を突っ込む訳がないよな。
ソフィアに連行される中、俺が半ば強引に自分をそう納得させていると、
「あっ、ウィルっ! ……はぁ、よかった。ソフィーと一緒だったのね」
「わぁっ! アリシアさんっ? わ、私何もしてないよっ!?」
廊下の角からいきなり現れたアリシアに、ソフィアがぶんぶんと片手を振ってわたわたする。もう片方の手は、きちんと俺を支えたままだ。
そんなソフィアの様子にアリシアがほっとしたように胸をなでおろすと、
「はいはい。眠ってるウィルがあんまりにも可愛いからっていっても、独り占めするのはだめよ?」
「えっ? あ、あぁ……ごめんなさい……?」
戸惑いつつもうやむやに頷くソフィア。
「ほらウィルっ、お母さんのとこにおいで」
そんな彼女に抱かれる俺の体に、アリシアが手を添えた。
そのまま俺の体がアリシアに引っ張られる。が、しかし、俺を連れて行かれまいと静かに抵抗するソフィア。
ちょっと、苦しいんですけど……。
やめて! 私のために争わないで!
水面下の戦いは、ほどなくして我が母アリシアに軍配があがった。
俺を引き剥がされて悲しそうな目をしているソフィアを横目に、俺の身はアリシアの胸へ。
うむ、やはりこっちの方が質が高いな。
それから俺の両脇にアリシアの手が差し込まれ、おもむろに持ち上げられた。
我が母と同じ高さの目線に辿りつく。
「ウィルは、ソフィアお姉ちゃんと何して遊んでたの?」
まさしく慈母のような優しい問い掛け。
思わず俺は考えなしに、素直に口を開いてしまっていた。
「えっ? ソフィア姉さんがパパのーー」
「わぁっ! ウィルくんそれは!」
かばっと、俺の体が背後に引き寄せられる。勢い満天。
アリシアにはもちろん劣るがそれでも九歳にしては柔らかみを感じる胸を緩衝材に、俺はソフィアの腕中へ背中からダイブしていく。
ちょっ、この人たち三歳児の扱い雑じゃね?
ぎゅぅっとソフィアに抱きしめられたまま、俺の視線先とアリシアの半眼が重なる。
なぜか俺の頰を一筋の冷や汗が伝った。
アリシアが、そっと眉をひそめる。
「パパの……? ソフィー、もしかしてあなた、また勝手に」
「わぁぁっ、違うよアリシアさん! ウィルくんがおままごとしたいって言ったから。ウィルくんがパパの役で私がママの役をやってたの。そうよね? ウィルくん?」
懇願が込められた必死な目線が俺に向けられる。
しかし俺の正面には、より一層眉を寄せて怪訝な顔つきの我が母。
「そうなの? ウィル」
三歳児になんて酷な判断を押し付けるんだ……。
どちらに転んでも心苦しいじゃねえか。
……いや、待てよ?
その時、俺の頭上でぴかっと電球が光るイメージが浮かぶ。
もしかしたらこれで、魔法を習得できるかもしれない。
一刹那、俺は瞑目すると、次の瞬間には幼気オーラを身にまとわせ、無邪気さいっぱいにハキハキと口に出した。
「うんママ、ぼくソフィア姉さんとおままごとしてたっ」
◯
「ウィルくんにかばってもらえたのはすごく嬉しいけど……ウィルくんがすごくさりげなくウソをついて変な空気の読み方をいつの間にか覚えていたことは複雑……。ウィルくんは、いつからそんなに汚れてしまったの……」
わー、めんどくせー。
ソフィアの部屋で、ソフィアの膝に乗せられ、胸のあたりをがっちりホールドされたまま、俺は彼女のたわわなおっぱいに頭を預けていた。
「ウィルくんがウソをつくようになってしまったわ」と嘆きながら俺の髪の毛にぐりぐりと鼻先を押し付けてくるソフィア。
いよいよめんどくさくなってきたので、早々に俺の魔法習得計画を実行に移すことにする。
「ソフィア姉さんは、何でパパの部屋にいたの?」
「ぐっ、なかなかにしつこいね、ウィルくんも……」
首を巡らせると、バツの悪そうな顔で小さく頰を膨らませるソフィアがいた。
「ねぇ、なんで? なんで?」
「ウィルくんは、知らなくてもいいの!」
むー。
やはり、もしバレたら相当怒られるようなことを企んでいたことに間違いはなさそうだな。
なら彼女は次に、この話題をまたきっとそらす。
「それよりもお姉ちゃんと遊ぼうよウィルくんっ。何でもいいよっ! ウィルくんがやりたいことをやろう!」
やけに熱の入った大きめの声で、ソフィアが俺に提案する。
身振り手振りを加えて、大変必死なご様子。
予想どおり。
よし、その言葉を待ってたんだ。
「じゃあ、ぼく、魔法を使ってみたい!」
「……ぅえ? ……えっとー、いや、それは……」
二年ほど前から、彼女は我が父ルーカスからたまの休日に魔法を教えてもらっていた。
その時の俺はアリシアに抱かれながら、離れた安全なところでその様を眺めていただけなので、魔法がどんなものかは分かっても、使い方までは分からない。
しかし、その教えをソフィアから直接乞えば、万事解決。
俺は魔法を使うことができるという寸法だ。
付け加えると、ソフィアは魔法に関しては天才的な才能を持っているだとかなんとか、パパママが言っていたような気がする。
師匠としては適任だろう。
「ソフィア姉さん、お願い」
「いや、でも危ないし……、それに今のウィルくんに魔法なんて教えたら絶対アリシアさんに怒られて……うぅ」
頭を抱えて葛藤に苦しむソフィア。
まだ押しが足りないか。
「ソフィア姉さん、ぼくのやりたいこと、なんでもいいって……言ってたのに……」
「うぅっ、えぇ……、でも魔法は……」
涙目を浮かべて、悲しそうな声を心がける。
ソフィアの瞳に揺らぎが見えた。
もう少しか?
「絶対に、危ないことはしないから。ソフィア姉さんの言うこと聞くからっ」
「……うぅーん。でも、それでも危ないし……」
あと一息だな。
ここで俺は、秘技を使うことを決めた。
じっと縋るような目線をソフィアに合わせる。
そして、
「お願い、ソフィアお姉ちゃん……」
「お、おねぇ、ちゃん……っ!」
ハッとソフィアの目が見開かれたのち、口元に緩みが生まれ、顔が蕩ける。
次の瞬間、俺はさらに強くソフィアに抱きしめられた。ぐぇ。
「も、もう一回言って、……ウィルくん」
「そ、ソフィアお姉ちゃん、息苦しいから離して……」
「も、もう一回っ」
「あぁもうっ! ソフィアお姉ちゃん大好きっ! だから、ちょっと、はやく……ぅぁ」
どうやら俺の秘技は効果が強すぎたらしく、きゃーきゃーと喜声を上げながら体をくねらせるソフィアお姉ちゃんに俺は振り回される。
マジで窒息する……、俺はぬいぐるみじゃないんですけど……。
でもまぁ、なにんせよ。
その日から、俺とソフィアのドキドキっ秘密の魔法特訓が始まったのであった。
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