二話――魔法を覚えたい話


 転生、それはすなわち生まれ変わりだ。

 輪廻とかそういう単語が関わってくるようなそれは、実在するかどうかも疑われていた。というかほとんど人間は信じていなかっただろう。

 なぜなら、それを証明する術がないから。

 死んだ人間が記憶をなくして生まれ変わるなら、本当にその人間に前世があったとしても、どうしようもない。

 だって記憶がないんだから、他人は元より本人ですら前世の存在を把握することは不可能。


 しかし、ここに例外が生まれてしまった。俺だ。


 前世は、ある。


 まぁ、つまり何が言いたいかというと、


「ここに、俺の第二の人生、ハーレムパーリーライフが開幕したということだな……フッ」


 壁に背をあずけながら俺がつぶやくその言葉は、既に日本語ではない。

 紛れもない異世界語である。


 約三年。


 その長いようであっという間な月日の中で、俺は自分が置かれた状況をなんとなく把握することが出来た。


 まず第一にここは魔法が存在する異世界。

 なにお前馬鹿なこと言っちゃってんの? まさか頭がいっちゃってるの?

 なんてことを言われそうなことだが、まぎれもない現実だ。


 実際に台所にてママが掌から炎を出して、生肉を焼いていたのを目撃した時は俺も自分の目を五回くらい疑った。


 そして俺には何故か前世の記憶が残っていて、母親であるアリシアと父親であるルーカスの一人息子、ウィルロールであること。


 ここは田舎、おそらく村落であり、その中ではウチは比較的裕福な方であることは、外に連れて行かれた際、他の家々とこの家を見比べることでなんとなく想像がついた。


 俺が新たな人生を送るであろう地は、そんなところだ。

 はじめのうちはなんども夢を疑ったし、理解はしていても現実を信じられずにいた。


 しかしそれも昔のお話。


 今では前世となる地球の日本という国に置いてきた未練や心残りにも踏ん切りをつかせ、俺は前を向くことに決めたのだ。

 別に、夢ならこの世界で叶えればいい。


 俺は、可愛い女の子にちやほやされながら生きていくのだ。いっつ、あ、はーれむ。



「ウィルーっ! どこに行ったのー、ウィルーっ!」


 俺が自分の置かれた現状、そして改めた決心に思いを馳せていると、母親の不安と焦燥の混じった呼びかけが聞こえてきた。


 ふむ、ついに気づかれたか。


 部屋で寝かしつけたはずの我が子が、部屋を空けたものの数分の間に消え去っていたらそりゃ不安にもなるし焦るだろう。


 しかし、俺にはやらなければならないことがある。


 ごめんなさいね、ママ。


 物陰に隠れて、近くを探しに来たアリシアをやり過ごした俺は、そのまま廊下をてってってと歩いて行く。


 順調に気配を消して歩みを進める俺は、とある部屋を目指していた。


 向かうは父親――ルーカスの自室である。


 魔術師の肩書きを持つらしい彼の自室には、魔法に関するモノが沢山置かれていることを俺は知っている。


 魔法なんて、ワード。俺の中の厨二心をくすぐってしょうがない。男の子なら興味を持たずにいられない。

 せっかく魔法が実在するか世界に転生したのだから、いち早く習得したいものである。


 ようやく両親との淀みない意思疎通が可能になった俺は、数ヶ月前、両親に魔法を使ってみたいとお願いしてみたことがあった。

 しかし返ってきたのは危ないからまだダメという拒否。

 そこで俺は決心した。

 ならば勝手に覚えてやろうと。

 反抗期到来だ。


 そして、その覚えた魔法を華麗に使いこなし、美少女に感心されてからの惚れられ、までの明るいイメージが俺の脳裏にありありと映し出される。


 華やかな未来に胸と足を弾ませていると、ルーカスの部屋の前にたどり着いた。現在パパはお仕事に行っているはずなので、中には誰もいないはず。

 背伸びしてギリギリ届くドアノブをひねり、ドアを開ける。


「うぉっ」


 予想した以上に勢いよく開いたドアに遊ばれて、俺は室内に転がり込むように入室。

 たたらを踏んだ挙句、硬い床を目掛けて甲子園球児顔負けのヘッドスライディング。


 ……猛烈に鼻が痛い。


「……ぐぅぉぉぉぉあ」


 鼻を押さえてゴロゴロと悶える俺は、ハッとしてここにきた目的を思い出す。

 早いとこ魔導書なり何なりを探し出さなければ、我が母たるアリシアに見つかる前に。

 怒ると結構怖いんだよな……。


 精神はそれなりに成熟しているはずなのに、体が幼いせいか彼女のお小言は非常に身に染みる。

 どんな状況でも母は強し。


 お怒りモードに入った時のアリシアを思い浮かべブルッと身震いしたのち、未だジンジンと熱を持つ鼻に手を当てたまま、俺は立ち上がってぐるっと室内を見回した。


 そこで、一人の少女が驚いたように俺を凝視していたことに気がつく。


「ウィ、ウィルくんっ?」

「……なんで、ソフィア姉さんがここにいるの?」

「え、えー……と」


 幼児特権のあどけなさが作り出す無邪気な問いかけに、彼女がぐっと声を詰まらせた。


 彼女の名前はソフィア。

 両親が懇意にしているお家の娘さんだ。

 年齢は、俺より六歳上の九歳だったはず。

 あまり詳しいことは知らないが色々と事情があるらしく、俺が産まれた時からウチで生活を共にしている。身も蓋もない言い方をすれば、ウチの両親に俺同様養ってもらっている。故に家族も同然だ。


 澄み切った青い瞳とブロンドヘアーが特徴的で、今はまだあどけなさが目立つが将来は美人さんになることまちがいないだろう。

 幼い頃から何かと面倒を見てもらったり遊んでもらったりと、俺のお姉さんみたいな感じになっている。


 そんな彼女がなんで俺の父、ルーカスの自室に入り込んでいるのかだが……、


「ウィルくんにはまだちょっと早いかなー、うん、そうだね。あっ、そうだ、ソフィアお姉ちゃんが遊んであげるからウィルくんは付いておいで」


 口早に付いてこいと言いながらも俺の背中を力強く押し進めるソフィア。

 わかりやすい焦り方だ。


「ソフィア姉さんはなにしてたの?」


 背後でまたぐっと声を詰まらせる気配があった。

 誤魔化そうたってそう簡単にはいかない。


 せっかくの魔法習得のチャンスを無下にされたことによる不服感から生まれる多少の反抗心。

 そして、彼女が一体何を秘密裏に行っていたのかも気になる。


 俺はもう一度訊いた。


「ソフィア姉さん、ここで何してたのー?」


 ずっと一人っ子だったためか、昔から弟が欲しくて欲しくてたまらなかったらしいソフィアは、弟分たる俺にデレデレであり、何かと甘い。


 無邪気さいっぱいの瞳で俺がじーっとソフィアを見つめていると、彼女が居心地悪そうに身じろぎした。


「……べ、別に何もしてないよっ? そ、それよりもウィルくんはお姉ちゃんと何して遊びたいっ?」


 さっそく前言との矛盾が生じているソフィアはさらに口早に言って俺を部屋から押し出した。


 あれっ、おかしいな。

 いつもなら大体これで俺の願いは聞き届けられるのに……。

 ついには俺はソフィアに抱きかかえられ、強制的に部屋から遠ざけられる。


 まだまだ成長の余地がうかがえる発展途上双丘のやわらかい感触が俺の身を包むさなか、ソフィアの肩越し、視界の端にあるモノが映った。


 我がパパの部屋の隅、そこに投げ出された一冊の書物。

 そのいかにも禍々しい分厚い黒塗りの本の表紙には、


「『禁忌魔法――呪術』……?」

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