始章――幸せの幼少期

一話――異世界転生をした話



『やべぇ俺死んだかもしれない!』


 ガバッと体を起こし、俺の口から飛び出した声音は焦燥に満ちていた。


 何せ本日から、俺の青春が、華やか高校生活が始まろうという時に、大型トラックと正面衝突したのだから。

 可愛い女の子に囲まれちやほやされて、うはうはハーレム生活を送るという俺の夢が始まる筈だったのだから。

 そのためにわざわざ、今年から共学になる、男女比立の偏る私立元女子校を受験したのだから。


『どうしよう、俺死んだかも! 女の子にモテモテのバラ色青春生活を送るつもりだったのにどうしよう! せっかくトラックに轢かれそうな女の子を華麗に助けたのに、死んじゃった意味ないじゃん! どうすんのこれ!』


 なんて、混乱に振り回されて悔いを叫ぶ俺の言葉は、少し我を取り戻してから顧みてみると、どうにも違和感がぬぐい切れない。


 あれ? 今、俺ちゃんと喋れていたか?


 試しに『あいうえお』と、口に出してみる。

 しかし、実際に俺の口から飛び出てきたのは、


「んぁー、……ぇぉあ」


 というはっきりしない、拙い言葉ともつかぬ弱々しい声だった。


 ……ん?

 こんなの、まるで赤ん坊みたいな……。


 思わず、首をひねる。と思ったが、どうにもうまく首が動かせない。


「――、――ッ!」


 一旦落ち着いて眼前の様子を確かめてみると、そこに居たのは流れるような金髪を背に流す、すごい美人さんだった。

 透き通ったブラウンの瞳に、慈しみが浮かぶ優しい笑顔。


 近い近い近い!


 女性と触れ合ったことがほとんどない思春期童貞にそれはダメだって!

 危ないよ、惚れたらどうすんの!


 暖かに微笑みかけてよく分からない言葉を発してくる彼女の腕の中で俺は身をよじる。

 早くここから離れないと、俺の煩悩が爆発して大変なことになる。


 思わず俺は彼女の胸を押しのけて、その場から離れようとした。


 あっ、やわらかい。


 え、いや、あの、このパイタッチは不可抗力なんで……。すみません。


 胸中でそんな言い訳を繕っているうちに、俺はようやくこの現状のちぐはぐさを把握した。


 なぜ俺はこの女の人に抱きかかえられているんだ……?

 ていうかこの人でかすぎね?


 おかしい、絶対におかしい。

 ここはどこだ。


 俺はトッラックに轢かれて、無事だったのか?

 ここは病院なのか?


 俺は、どうなったんだ?


「――……――っ」

「――――っ!」


 改めて注意してみると、俺を抱える美女の他にももう一人男性が、俺を覗き込んで笑っているのが見えた。

 イケメンだ、イケメン。

 欧米風の彫りが深い顔つきに、短くツンツンの茶髪。明らかに医者ではない。


 いや、誰だよ。




 俺があの時トラックに轢かれて死亡し、そして異世界に赤ん坊として転生したことを理解するまで、そう長くはかからなかった。

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