第16.5話「苦い汗、甘い飴」
射撃訓練はポジション毎に別々のカリキュラムが組まれている。
大型近接武器の訓練に励む最前衛のストライカー。
アサルトライフルを使って中衛を務めるアタッカーは、移動射撃の訓練を積む。
後衛を担うサイドバックは遠く離れた的を狙う遠距離射撃訓練だ。
「訓練に使う弾丸もタダではない。無駄のないようにしなさい。訓練始め!」
2Cの教官を務めるクレアの訓示の後、射撃訓練が始まる。
「うっし。あたいらは
「ん。余裕」
「言うじゃねーか。最近、負け越しが続いてるからな。今日こそ勝ち越しを決めてやるから覚悟しとけよ」
「受けて立つ」
「上等!」
肉食獣を思わせる獰猛な微笑を浮かべたカエデが槍斧を構えた。
肩の筋肉が盛り上がり、日の光を浴びてできた陰影がカエデの肉体美をより一層美しく彩る。
対してカエデと対峙しているミトの肉体は華奢に見える。
無駄な筋肉はなく、猫を思わせるしなやかな体付きだ。
例えるならば獅子と豹だ。
そんな二人が、背丈よりも大きく太い槍斧をぶつけ合っていた。
一撃が重いカエデの攻撃を回避したミトが、素早く槍斧を繰り出してカエデの体勢を崩しに掛かる。
カエデは一瞬崩し掛けたバランスを筋肉を総動員して踏ん張り、すぐさま強烈な反撃を繰り出す。
最前衛の一進一退の攻防が繰り広げられるグラウンドの一角から少し離れたところでは、中衛を務めるアタッカーたちがランダムに出現する的を相手に射撃訓練を開始していた。
インセクター型の的と非殺傷対象である人間型の的が完全ランダムで出現する。
その的を決められた時間撃ち続けてスコアを競う、射撃精度と判断力を鍛えるための訓練だった。
コンビを組むのはヒマリ・カドマとサキ・アマシタ。
連携力の高いコンビである。
「ヒマリさん、右に標的3、内一つは人です」
「はいよー!」
「次、左に5。右2は私がやります」
「任せたー!」
「正面10。正面から右をお願いします」
「任せろー!」
サヨの的確な指示に即応し、ヒマリは銃の引き金を引く。
発射された弾丸は標的の急所に吸い込まれるようにヒットし、次々と的を撃破していく。
「かーっ! イヤんなるなあの
「あればっかりはウチらでは勝てんよなぁ」
「えへへー、もっと褒めていいよー♪ 褒められるとヒマ、もっとすごくなるからー♪」
「はい、ヒマリさんよそ見しない。っていうかよそ見しながら急所にヒットさせまくりとかバカですか、ああバカでしたねすみません」
「もー! サヨっちもたまにはヒマを褒めてよー!」
「次が来ますよ。さっさと銃を構えてください」
「ブーブーッ!」
相方の塩対応に不満の声を零しながらも、ヒマリは現れた標的の弱点箇所を的確に撃ち抜き続ける。
その様子を見ていたユイカは、何かを思いついたのか射撃体勢を取るサヨに気配を消してにじり寄った。
(おい、何する気だ?)
(シーッ!)
唇に人差し指を当てて相方の口を閉じさせる。
そして――。
「サヨがベッドの上ではしおらしいってホンマなん?」
冷静に引き金を引き続けていたサヨの耳に囁きかけた。
途端、ビクッと身体が震えると当時に弾丸があらぬ方向に撃ち出された。
「な、な、な……っ!?」
「いつも人のことバカバカ言ってるのに、甘えた声出してヒマリさん、ヒマリさんって縋り付いてきて可愛いってヒマが言ってたで? ほんまなん?」
「なーーーーーーーっ!?」
羞恥によって耳まで真っ赤に染め、限界を超えた恥ずかしさに瞳を潤ませながらサヨはユイナを睨み付ける。
「ほらほら、時間止まってないでー? 的を撃ち続けんとスコア伸びへんやん」
「くっ……ユイナさん、後で覚えておいてください。記憶が無くなるまでぶん殴ってあげますから」
「はいはい、そんなこと良いから早く早く~。スコア稼がんとヒマの足引っ張ることになるでー?」
「ああ、もうっ!」
ユイナの挑発に苛立たしげに反応したサヨが、再び照準を覗き込んで引き金を引いた。
だが動揺を抑えきれないのか、発射された弾は的をそれて地面に着弾する。
「あははっ、ハズレー♪」
「くっ!」
それからのサヨの成績は散々だった。
救いなのは人間型の的への誤射はゼロだったことだろう。
やがて射手交代の合図が鳴った。
「はい終了~。次はウチらの番~」
「ったく、えげつないことするなおまえ」
「だってウチらいつもヒマたちに負けっぱなしやん? そろそろ本気ださんと定期考査の点数に響くしー?」
「まあなぁ。んじゃあたしもちょい気張るかね」
「うーしっ、バンバン的当てたるでー!」
気合いの乗った二人の横で、サヨが目に涙を溜めて相方であるヒマを睨み付けていた。
「……どうしてユイナさんたちに言ったんですか」
「あ、あははーっ……つい、というかノリ、というか。でもでも可愛い彼女のことを自慢したくなるのって普通やん?」
「かのじょっ!? な、何勘違いしてるんですかヒマリさんバカですかああバカでしたねすみません」
「そんな恥ずかしがらんでもええやん~」
「べ、別に恥ずかしがってません! というか、私とヒマリさんは彼女とか恋人とかそういう関係じゃないですし! ただのプラトニックなセフレじゃないですか!」
「えー、そんな寂しいこと言わんとってやぁ……」
サヨの台詞に、ヒマリが目を潤ませて悲しげにサヨの顔を覗き込む。
「うっ……と、とにかく! もう二度と私のことを話題に出さないでください。特にベッドの中のことは!」
「むー……可愛いらしい彼女のことを自慢したかっただけやのにぃ……」
「だーかーらーっ!」
「おーい、そこ、痴話げんかすんなー」
「そーやそーや、ちょっとうるさいでー」
「……っ! 私の邪魔をしておいてどの口が言いますか!」
「なんのことか記憶にありませんなぁ」
サヨの抗議をユイナは何食わぬ顔で聞き流す。
やがて訓練開始の合図が鳴った。
「いくでサキぃ! うちの邪魔しーなや!」
「おまえがな!」
中衛の射撃訓練をスコープで覗きながらミコトは肩を震わせていた。
「何か面白いことでもありました?」
「ユイナが人質の的を誤射しまくってて、それでサキが怒ってるのよ。あの二人らしいなって思って、つい、ね」
「それ、笑って良いことなんですか?」
「でもユイナらしいでしょ?」
「それはそうですが。誤射しまくるアタッカーなんて願い下げです」
「ユイナは実戦では誤射なんてしないわよ。あの子、訓練とかはサボるけどやるときはちゃんとやる子だしね」
「確かに。ユイナさんは実戦のほうが良い
「そういう人もいるってことかな」
「……変ですね、人間って」
「そうかもね」
「さ。私たちは私たちの訓練をしましょ」
「
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