第16話「四天王は五人いる」
出撃から数日が経過し、2Cの少女たちには日常生活が戻っていた。
しかし第3種戦闘配置――つまり戦闘警戒態勢――を義務づけられている少女たちに、穏やかな日常というものは存在しない。
昼休みを挟んで八時間続く授業は、実動訓練が七割、座学が三割だ。
午前中は戦闘装備を携行して実動訓練を行い、遅めの昼食の後、クラスの担当教官によって戦略、戦術、戦史を学習する。
それが少女たちの日常だった。
「走れ走れ走れ走れ! 戦場では足を止めた者から死んでいく! 死にたくなかったら死んでも走りぬけ!」
グラウンドに響くクレア教官の叱咤の声。
その声を受けながら少女たちはただひたすらに走り続ける。
肩に背嚢を背負い、腰帯にはいくつもの予備弾倉を装着し、両手でアサルトライフルを持ちながら、だ。
歩兵の標準装備で、その総重量は三十キログラムに達する。
「はぁ、ひぃ、ふぅ、む、むちゃいいやがるぜ、あの教官……」
「ううー、あーしもう無理ぃぃ……足が動かへんぅぅぅ……」
最初に音を上げ始めたのはサキとユイナの二人だった。
二人は息も絶え絶えな様子で足をひきづりながら、集団の最後尾をフラフラと走っていた。
「仕方ないわねえ……ユイナ、装備少し寄越しなさいよ」
「え、持ってくれるん? ううっ、ミコトぉぉ、愛してるぅぅぅ……」
「ハッ? ユイナさん何を寝言言ってるんですか? 今すぐ私が殺してあげましょうか? そうすればもう走らなくてすみますよ?」
「ひ、ひぃぃぃ、リリィ、なんでそんなに怒るん……っ!?」
「姉さんの優しさ受けとり愛して良いのは妹である私とリリィの二人だけ。姉さんを誑かす輩は全てこの私が排除すると決めているのです。さようならユイナさん」
「まあまあ、ユリィ、落ち着いて。このままサキとユイナを放っておいたら、私たち全員、連帯責任の罰としてグラウンド十周は追加されることになるわ。そうなる前に手を差し伸べておかないと」
「むぅ……姉さんがそう仰るのであれば従いますが。でも姉さんが持つ必要はありません。ユリィが持ちます」
そういうとユリィはユイナの背後に回って背嚢を受け取った。
「これで少しは楽になるでしょう」
「ううっ、ありがとぉぉ。ついでにライフルも持ってくれると嬉しいんやけどぉ」
「なるほど。もっと楽になりたいと?」
「へへー……♪」
「分かりました」
笑顔で頷くユイナに対し、リリィは無表情のまま、携行しているライフルの安全装置を外した。
「死ねば楽になれますよ。今ここで死にましょうユイナさん」
「ちょちょちょっ! 冗談! 冗談やって! 小粋なユイナさんジョークやん! 真に受けんといてや!」
「背嚢は持ってあげているんです。ペースを上げてキリキリ走ってください。少しでも遅れたらそのケツを蹴り上げますから」
「うう、鬼ぃぃ、悪魔ぁぁぁ! 近親相姦レズ女ぁぁぁぁ!」
ユイナが呪詛まがいの言葉を叫んだ瞬間、ユリィは少しの躊躇も見せずにライフルの引き金を引いた。
ユイナの足下の砂が弾けるように舞い散る。
グラウンドに響く軽快な射撃音に、ランニングをしていたクラスメイトたちが一斉に視線を向けた。
「走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ……」
感情の籠もらないユリィの声に合わせて響くライフルの発射音。
その音に追い立てられるようにユイナが必死の形相で足を動かす。
「ごめんてごめんてごめんてごめんてっ!?」
「クソビッチのユイナさんにごちゃごちゃ言われる筋合いはありません。死にたくなければ走ってください。足を止めたら当てますよ?」
「マジでっ!?」
「当然です。ほら走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ」
「うわぁぁぁぁんっ、ほんま許してぇぇぇぇぇ!」
「いいえ許しません。キリキリ走ってください」
そういって二人はミコトたちを置いて走り去っていった。
「なんだぁ? 何があった?」
騒動を聞いて、クラスを先導するように走っていたカエデが慌てた様子で最後尾のミコトたちまで走り寄ってきた。
「ありゃあ新手の訓練法か?」
「ユイナの愚痴を聞いてユリィがキレちゃったのよ」
「なんだそりゃ。つまりいつものことってことか」
「そういうこと。……ほらサキ、荷物寄越しなさいな」
「ハァ、ハァ、ミコ、ト、悪ぃなぁ……」
「いつもはしないけど、たまにはね」
「サキがバテるなんざ珍しいこともあるもんだな。いつもならユイカと二人で無駄に騒いんでんのによ。何かあったのか?」
「……ユイナがしつけーんだ」
「しつこいって何が?」
「アッチが……」
「なんだぁ? 乳繰り合いすぎて体力なくなったってのか? バカじゃねーの」
「し、仕方ないだろ! ストレス溜まってんのか知らんけど、やたらとネチネチ攻めてくんだから!」
「何回?」
「……六回」
「おおおっと。そりゃまたご愁傷様で。六回もエッチすりゃ、そりゃ次の日には体力が無くなってるわね。荷物持ってあげるの、馬鹿らしくなってきたわ」
「けど、その割にはユイナのやつ、そこそこ体力残ってるみたいだぞ?」
「あいつ、底なしなんだよ。体力も性欲も……」
「あー……なんか分かるかも」
「やろ? 昨日もネチネチネチネチ攻めてきて……失神するまで攻められた」
「はぁ。まぁ良い。ミコト。サキの荷物、頼むわ」
「了解。ま、私らみたいな落ちこぼれは助け合わないと生き抜けないしね」
「悪いなぁ。借りはいつか返すから」
「期待しないで待ってるわ」
ミコトに背嚢を渡して身軽になったサキは、なんとか持久走の訓練を最後までやり抜いた。
膝に手を突いて荒い呼吸を繰り返すサキの下へ、同じようにフラフラとした足取りのユイナが近付いてきた。
「サキぃ、ウチ、もうアカンわぁ。次の訓練受けられへん」
「はぁ、はぁ、はぁ、嘘、つけボケ。てめぇが実は余裕なの知ってんぞ?」
「……名演技やったろ?」
「リリィにケツ撃ちまくられて情けねー声を上げてたのが演技ってんなら、確かに名演技だったけどな」
「ほんまあの妹ちゃん、頭おかしいって。普通、訓練の最中にクラスメイトの足下撃つかぁ? しかもギリッギリ狙ってくんねんで?」
「リリィの前でミコトに余計なことを言ったユイナが悪い」
「そんなん知らんわぁ……」
「おらぁサキ! ユイナ! いつまで休んでんだ! 次は射撃訓練だぞ! さっさと準備しろ!」
「うぇーい……」
カエデの檄に疲れ切った声で応えた二人は、地面に放り投げていた愛銃を手に取って射撃準備に入る。
「サキ、サキ。これあげる」
「ああん? なんだよ?」
「口開けて」
「口ぃ? あー……」
素直に開けた口の中に、小さく固い物体が放り込まれた。
「飴チャン。サキ好きやろ?」
「……疲れてるから抜群に美味えな。けど良く持ってたな」
「なんかポケットの中に入っててん」
「おい、これいつのだよっ!?」
「さあ? まぁ大丈夫やって。飴チャンなんやから腐ってるはずないし」
「……ったく。ほんといい加減なやつ」
相方の反応にサキは苦笑を零す。
口の中で溶け始めた飴は、その表情とは裏腹にいつも以上に甘く感じた。
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