第15話「人類種保管管理局」

「タムラ大尉、報告書をお持ちしました」


 殺風景な部屋に入室した女性が、小脇に抱えていた報告書の束を上司である女性の机上にそっと置いた。


「ご苦労。レナ・トヤマ准尉」


 タムラ大尉と呼ばれた女性――フルネームはウタコ・タムラ大尉という――は、少女に手渡された書類をパラパラとめくって目を通す。

 書類には甲虫丙型の分析結果が記載されており、多くの数値が羅列されていた。


「……ふむ」


 ウタコはその中の一つの数値に着目し、思わず声を漏らす。


「どうかされましたか?」

「……」


 レナの質問を無視し、ウタコは報告書を読み進める。

 やがて読了した報告書を机の上に放り投げ、ウタコはいくつか質問を口にした。


「甲虫丙型の変異体については了解した。しかし変異体の死骸にアコニチンを摂取した際に起こる痙攣や発作の跡が見つかった、ということだが?」

「はい。変異体を解剖した結果です。しかしアコニチンを中心とした毒物が戦場に存在するはずもなく、考えられる原因は一つしかありません」

「ふむ。私が開発した殺虫弾を使用したか」

「はっ。タムラ大尉によって開発された殺虫弾は、第一高戦に数発、試験導入されているだけなのが現状です。ですが今回は……」

「第十三高戦の誰かが使用し、変異体を射殺した、ということだな」

「はっ」

「第十三高戦が殺虫弾をかすめ取ったという証拠は?」

「それが……命令書やネットワークのログを全てチェックしたのですが、そういった痕跡は少しも見つからず……」

「なるほど。……」


 レナの報告にしばし沈黙したウタコは、眼鏡を外して指で眉間を軽く揉む。

 それが考え事をするときのウタコの癖だということを知っていたレナは、上司の思考の邪魔をしないように口を噤み、静かに次の言葉を待つ。

 やがて眼鏡をかけ直したウタコが、副官に指示を出すために口を開いた。


「早速、実戦で試してくれたのだから、今回は不問とする。ただし第十三高戦には実戦データの提出をさせろ」

「……」

「どうした」

「……第十三高戦に問い合わせたところ、そんなデータは無いという返答でして。管理局権限を利用して戦闘指揮車両に残されている全データを調べましたが、殺虫弾を使用した戦闘ログなどが見つからず……」

「改竄したと?」

「恐らくは。しかし改竄した痕跡を見つけることはできませんでした。これはあくまで私の勘でしかありませんが……」

「なるほど……面白い。使い捨ての量産品を生産しているだけの無駄な施設だと思っていたが、そのような兵士がいるというのならば、だれかしらが何らかの思惑を持っているのかもしれんな」

「監査部に内部調査を要請しますか?」

「いや不要だ。しばらくは泳がせておけ。だが新兵器盗難の手口の解明は急げ。二度とのぞき見をさせないようにな」

「はっ!」

「それと変異体の死骸は私のラボに運び込み、厳重に保管しておくように。変異に立ち会った者の尋問を終えた後、私自ら解剖する」

「承知しました。それと大尉。実はもう一つ、気になる点があるのですが……」

「言ってみろ」

「はっ。今回の出撃によって保護された非正規品についてなのですが、子供のほうについて、おかしな結果が出ております」

「おかしな結果だと?」

「……都民として迎え入れる際に行われる知能テストにおいて、その子供がかなりの成績を残したとの報告が上がってきているのです」

「……非正規品が、か」

「はい。通常、生存を優先しなければならない非正規品たちは、知能テストにおいて好成績を残すことはありません。念のため、過去の事例を確認したところ、ただ一件の前例を除き、ほぼ全ての非正規品が知能テストにおいて不可判定となっていました」

「前例?」

「はい。例の……」

「ああ、ヤハタ少将が紐を付けている、あの姉妹か。確かあれも第十三高戦に籍を置いていたな」

「はっ」

「あの姉妹については私も独自のルートで三軍内部を調べてみたのだがな。かなり厳重に防諜体勢が敷かれているらしく、何の情報も得られなかった。それと同じ立場の非正規品が居たということか……」

「いえ、同じなのかはまだ分かりません。しかしタムラ大尉のお耳には入れておいた方が良いかと思いました」

「なるほど。……相変わらずの忠誠、嬉しく思う」

「はっ……! して子供の扱いはどう致しましょう?」

「……しばらく静観だ。私のほうで上に確認を取る」

「承知しました。お手間を取らせてしまいますが、よろしくお願いします」

「ああ。しかし……ふふっ」


 口元を歪ませてウタコが笑う。


「……笑っていらっしゃるのですか?」

「人類と虫との生存戦争が始まって停滞していた状況に、ここ最近、変化が起こるようになっている。変異体の出現、非正規品の質、そして謎の存在……」

「三軍に潜入させた内偵からの情報ですか。確か、コードネームK、とか」

「ああ。インセクターの発生に関わっている"何か"らしいことしか分からんがな。面白くなってきたじゃないか、この世界も」

「その中でタムラ大尉は何を……?」

「私はな、この手で解き明かしたいのだよ。人の世の行く末というものをな」



次回、11/29 AM04時更新予定

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