第14話「日常への帰還」

 輸送車は少女たちを乗せて荒れ地を進む――。

 窓から見える景色は廃墟と化した町並で、そこは山梨と呼ばれていた地域だ。

 東京を中心として神奈川、埼玉、千葉をぐるりと囲む巨大防壁は日本にある居住可能地域の一つであり関東シェルターと呼称されている。

 聯合政府の東亜区日本の中枢となっているが山梨は防壁の外、圏外に当たった。

 日本には他にいくつかの居住可能地域がある。

 北海道札幌を中心とする北海道シェルター。

 宮城を中心にし、岩手、山形、福島の一部を囲った東北シェルター。

 名古屋、岐阜、三重と静岡の一部を取り込んだ中部シェルター。

 旧世代で言う大都市圏である、大阪を中心とする関西シェルター。

 四国の東半分を取り込んだ四国シェルター。

 広島、山口、島根に存在する山陽シェルター。

 長崎、佐賀、福岡の北九州シェルター。

 宮崎、鹿児島が所属する南九州シェルター。

 以上、九つの地区が巨大防壁に囲まれた生存可能地区として存在している。

 一国家に九つの生存可能地区があるというのは、世界的に見てもかなり多く、日本人の生存をギリギリの段階で保障していた。

 そんな九つの区域外では、いつインセクターに襲われるか分からない状況で生活している人々が存在した。

 インセクターが出現したときに防壁の中に入れなかった人々は、虫の襲撃に逃げ惑い、息を潜めて隠れながら、野を住居にして隠れ住んでいた。

 聯合政府によって『非正規品』として分類されている人々であり、その保護は聯合政府の使命――建前上はそう言われていた。

 しかし、限られた水や食糧、電力、薬品などをやりくりしながら、何とか生き残れている防壁の中の『正規品レギュラー』たちにとって、戦力にもならない非正規品はお荷物であり、邪魔でしかない。

 そのため、何らかの理由で保護された非正規品は性別、健康状況や能力によって選別され、不可の判断が下された場合、非正規品は処理――つまり秘密裏に殺されていた。

 そうでもしないと限られた者たちが生き残れないのが、少女たちが生きるこの時代の現実だった。


「あの非正規品イレギュラーの子供ってなんだか気持ち悪くありませんでした? それとも非正規品ってみんなあんなに気持ち悪く感じるものなのでしょうか?」


 輸送車の中で姦しく雑談を繰り広げていた少女たちが、リンカの呟きを耳にしてシンと静まり返った。


「……おいミコト。リンカが突然、おまえたちのことディスり始めたぞ」

「ハハッ、シカタナイネ。ワタシタチシマイ、イレギュラーダッタシネ」


 サキの言葉に、ミコトは戯けて言葉を返す。


「なっ! ちがっ……! 違いますよ! 決してミコトさんたちのことを言っている訳じゃありませんからね!」


 意図とは違う捉え方をされ、リンカは慌てて弁明する。


「リンカさんとも、ユリィにリリィの二人ともそれなりに長い時間、一緒に過ごしているんですから、私がそんなこと思うはずないでしょう……!」

「ははっ、大丈夫。分かってるってリンカ」

「それなら良いですけど……紛らわしい発言をしてすみません。……ユリィも失礼なことを言ってごめんなさい」

「大丈夫です。姉さんが気にしていないというのならユリィも、そしてきっとリリィも気にしませんよ」


 無表情のまま、リンカの謝罪を受け入れたユリィは、


「しかし、リンカさんがどうしてそう思ったのかは気になりますね」

 小首を傾げながらリンカの言葉の意味を尋ねた。


「そう思ったというか、感じたというか……ケイコさんと一緒に管理局に申し送りをしたとき、非正規品の少女のほうを見たんですけど、その、目が合ったときに……」


 どう言えば伝わるのだろうか? そんなことを考えているように空中に視線を泳がせたリンカが、


「まるで自意識がないんじゃないかって思うほど、何の感情もない目が気持ち悪くて。心臓が氷漬けされたようにゾッとしたんです。生理的に無理、っていうか……」

 そのときの状況を思い出したようにブルッと身震いしながら答えた。


「まぁ壁の外で生きてきたってんなら、そういうのも普通じゃね?」


 ポケットから棒突きキャンディを取り出したサキが、リンカの説明に疑問を呈した。


「その点、どうなのミコトっちー」


 サキの疑問に答えられると考えたのか、ヒマリは無邪気にミコトへ確認する。


「壁の外は毎日が地獄だからね。いつもひもじくて、いつ死ぬかも分からない毎日を繰り返すだけだし、そりゃ目つきもおかしくなるとは思うけど……」

「なんだよミコト。リンカの話で気になる点があるのか?」


 腕を組み、クラスメイトの会話に黙って耳を傾けていたカエデが、語尾を濁したミコトの変化に気付く。


「うーん……気になるって訳じゃないんだけどさ。私たちが小隊としてチームを組むようになって、もう一年が経っているでしょ? 2C小隊として何度も出撃して実戦を重ねてるリンカが気になったっていうのが、ちょっと気になってね」


 実戦を何度も繰り返した兵士である自分たちは、恐怖への感覚が麻痺している。

 もちろん恐怖耐性に個人差あるが、一年間、共に戦場に出ていたリンカは、特別、気が弱い訳でもなければ、臆病な訳でもない。


「そんなリンカが気になるって口にしたのが少し気になったの。……こういうことって、直感が正しいこと、よくあることでしょ?」


 戦場という非日常では、論理よりも直感を優先することは間々あることだ。

 なぜ直感を優先するのか。それが本当に正確で、効率的で、有効なことなのか――それは分からない。

 だが戦場という非日常で、少しでも気を抜けばたった一つの命を亡くしてしまう少女たちにとって、直感というのは経験上、無視できない要因ファクターだった。


「言いたいことは分かるけどな。だがよぉミコト。あたいらの勘ってのを上申したとして、エリートどもが聞く耳を持つと思うか?」

「これっぽっちも思わないわね」

「だったら、この話はこれでお終いにしようぜ。小隊の皆が無事、生きて戻ってこれた。あたいにとってはそれが一番重要なことだ。……あれこれ考えたところで、どうせ死ねと言われれば死ぬしかねーしな」

「まぁ、それもそっか」


 第十三高等戦闘学校は厳しい社会で生きていく適性を持たず、身体を張って兵士になるしか生きていく方法が無かった少女たちの集まりだ。

 頭が悪いから人を指導したり先導することができない。

 協調性がないから集団の中でトラブルを起こし、他の者の足を引っ張る。

 辛抱強くないから、生産職でも役に立たない。

 不要不能の少女たちは平和なときであるならば、社会から見捨てられていただろう。

 だが人的資源が限られている現在、不要であるとレッテルを貼られた少女たちに無駄飯を食わせる余裕は、人類には無い。

 少女たちを社会の役に立てるため、一部の軍人の思惑を反映して新設されたのが、ミコトたちが所属する第十三高等戦闘学校だった。

 設立以来、五年間、第十三高戦は多くの少女たちを育成した。

 その少女たちを上層部の命令によって、もっとも過酷な戦場に投入させられ……そして多くの命を失ってきた。

 それでも。

 何の取り柄も無く、何の適性もなく、社会から不要とレッテルを貼られた少女たちが生き抜くためには、第十三高戦に所属して、戦場で結果を残すよりほか無かった。




 開け放した窓から、建設重機が稼働する音が聞こえてくる。

 どうやらどこかの防壁の補修工事を行っている音だ。


「この音を聞くと、あー帰ってきたーって感じがするするー♪」


 窓から顔を突き出して風を受け止めながら、カザリが弾んだ声を上げる。

 その声に反応するように少女たちのT-LINKがリオンを声を届けた。


『各員、帰還した後は装備の点検、補給を忘れないように。……カエデさんは特にユイナさんの補給確認をしっかりお願いしますわ』

「わーった」

『ミコトさんはデヴィと共に、意識を失っているケイコさんを医療班に引き渡しておいてください。車両班への車両引き渡しはリンカさんが。アキさんは残りを率いて戦闘後の定期検診を受けて頂きますからそのつもりで』


 名前を呼ばれた少女たちは一様に了解の声を上げる。


『結構。私とリリィさんはクレア教官に報告に向かいます。本日の授業はすでに終了しておりますが、各自予習復習はしておくように。……そろそろ定期考査ですわよ』

「うわー! ど、ど、どうしよーサヨっち! ヒマを助けてぇ!」

「いやですバカですか」

「そんなこと言わないでぇ! なんでもするからぁ!」

「……今、何でもするって言いましたね? 良いでしょう。ではヒマリさんに勉強を教える代わりに、私のお願いを聞いて頂きましょう。フフフ……」

「うぇっ……お、お手柔らかにね?」

「そんな。私が手加減するとでも思っているのですかバカですか、ああバカだから何も考えずに生殺与奪の権利を私にくれたのですね。ヒマリさん、ナイスバカです」

「うわーんっ! お手柔らかにって言ってるのにぃ!」

「あーあ。サヨに言質取られるようなこと言うからー。バカだねーヒマは」

「なに偉そうなこと言ってんだよユイナ。おまえも万年赤点だろうが」


 ユイナの言葉を聞いて、サキは呆れた口調で指摘する。


「は? あーしが本気出したら凄いの知ってっしょ?」

「知らねーよ。つーか、ゼロに何を掛けてもゼロなんだぞ? 知ってっか?」

「は? ゼロってことは無限っしょ」

「……おい、このバカがほざいた意味、この中に分かるやつ居る?」

「居るわけねーだろ。まぁおまえら今回の定期考査で赤点とったら、あたいと一緒にクレア教官の特別メニューの訓練だ。楽しみにしてるぜぇ?」

「いやいや、さすがにカエデ姐さんほど脳筋じゃねーし。あ、でもユイナは確実に姐さん組だから、面倒見てやってくださいよ」

「おうよ、任せとけ」

「勝手に言っとけ。ぜってー赤点取らねーし!」


 無事に本拠地ホームに戻ってこれた安心感からか、輸送車の中で少女たちは姦しく騒ぐ。

 そんなクラスメイトを微笑みを浮かべて見つめながら、ミコトは胸の奥で引っかかっている事柄について、考えを深めていた――。


次回、11/27 AM4時更新予定

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