第21話「作戦会議」

「すまねぇリオン。頭に血が上った。喚いたところで何も変わらねーよな」

『落ち着いたのであれば結構ですわ。まぁ、わたくしもカエデさんと同じ気持ちではありますから。ですがどれだけ泣こうが喚こうが、今、目の前で起きていることは全て事実であり、避けようのない現実なのです。生き残るためにも全力を尽くしましょう』

「だな……」

『まぁリオンが言うように、切り替えてやるしかない、か……』


 カエデとケイコの二人が落ち着きを取り戻したのを見計らい、リオンはT-LINK上でデータを共有した。

 共有するデータは九番ゲート周辺の詳細な地図だ。


『ではわたくしの考えた作戦を説明しますわ。まずは地図を頭に叩き込んでください』


 共有された地図データが、少女たちの網膜に投射される。


『九番ゲート周辺の避難誘導は、すでにクレア教官から治安局に対し緊急の要請が出ているとのこと。わたくしたちが現着した頃には、周辺はもぬけの殻になっているでしょう。わたくしたちは放棄された車両を徴発して、九番ゲートから都心部に向けて伸びるメインストリートにバリケードを構築します』


 リオンの作戦をシミュレートしている映像がT-LINKに表示される。


『バリケード構築後、メインストリートの各所に誘導ポットを設置し、防壁内に侵入したインセクターを全て誘き寄せますわ』

「おいマジかよ……どれだけの虫が来るかも分からないんだぞ?」

『そのまま戦闘に突入するのであればそうでしょう。ですがこのわたくしがそんな危険な作戦を採用するはずがありませんでしょう?』

『他にも作戦があるってこと?』


 ケイコの問い掛けに、リオンは自信に満ちた声で答えた。


『ええ。この作戦の主旨は敵の撃破ではなく時間稼ぎ。誘導したインセクターを第一バリケード内から攻撃し、ある程度の段階で第二バリケードまで後退して再び敵を迎え撃つ。この遅滞戦術を徹底することで、援軍を待つのですわ』


 リオンの作戦説明を聞きながら、T-LINK上で表示されるシミュレーション動画を確認していたケイコが、


『……うん。これならギリギリなんとかなりそうかな』

 リオンの作戦に賛同を示した。


「質問! バリケードはどれぐらい作る予定ー? それってヒマたちも手伝うの?」

『構築するバリケードは五つ。構築はアンカーのお二人にお任せしますわ。フロントチームはトラップの設置をお願いします』

『まぁランドギアがなければ車両を動かすのも苦労するしね。分かった』

「フロントチーム、了解した」


 リオンの指示に、カエデとケイコが了解を返した。


『誘導ポットの操作と後退の指示はQBが行います。フロントの皆さんは迎撃に集中してくださって結構ですわ』

「まー、あーしらそれしかできんしね」

「ギリギリまでやらせんなよ? リオン」

『当然ですわ。充分な余裕を持って指示を出して差し上げますので安心なさい』


 サキに答えたリオンに、サヨが疑問をぶつける。


「メインストリートから外れた虫はどうするのです?」

『そこは他の中隊に任せるつもりです。……全ての面倒を見ることなどできませんわ』

「なるほど。もし全部処理しろと言われたら、あらん限りの語彙を総動員して罵倒しようと待ち構えていましたが、リオンさんが良識的で助かりました」

『当然の判断ですわ。それにわたくしたちには他にやらなければならない事もありますからね』

「うっ……聞きたくないけど、それってなにー?」


 リオンが言わんとしていることが想像できているのだろう。

 ヒマリは嫌そうな表情を浮かべながら、リオンの言葉を確認する。


『防壁管制室への突入ですわ』

「ですよねー! 知ってた。うん、ヒマ知ってた……!」

『元栓を閉めなければ水が流れ続けるのは当然のこと。元栓となるゲートを閉めなければ、侵入する虫の数に押しつぶされてしまうでしょう。防壁管制室の奪取は必須。ですが今はまだどうするか、決めておりませんの』

「まだ戦況がどうなるか読めないからね。仕方ないんじゃない?」

『ミコトさんの仰る通り。ですから皆さん。今は迎撃準備に集中してくださいまし』

「わーったけどよ。……これって作戦って言えるのか?」

『今の段階で、尤も生存率の高い立派な作戦だと自負しておりますわ』

「まぁ採れる方法も少ないし、玉砕してでも止めろって言われるよりはマシかもね」


 ミコトが肩を竦めながらリオンをフォローする。


「それもそうだな……」


 納得がいったような、いかないような――微妙な表情でカエデが頷いたところで、リリィからの報告が入った。


『リリィちゃんの最新情報~。開放されてるゲートに迫ってきている大量の虫を確認ー。その数、少なく見積もっても五百ぐらいだってさー』

「五百っ!? なにそれっ!? その数、あーしらだけで対処すんのっ!?」

『まー今のところ五百ってだけだから、これから増えていくと思うけどねー』

「なんつークソッタレな状況だよ……」


 吐き捨てるようなサキの言葉は、2C小隊全員の気持ちを代弁していた。


『まぁダニとかアブラムシとか、小型がほとんどっぽいのが不幸中の幸いかなー』

「やるしかないですね……。リオン小隊長。強化薬ブースターの使用許可は?」


 覚悟を決めたリンカが、T-LINK越しにリオンに確認する。


『すぐにお薬に頼るのは感心しませんわ。いつも通りでお願いします』

「死にそうなら使ってよしってか。……まぁしゃーねーか」


 強化薬ブースターを使用すれば、肉体や精神、感覚が数十倍に強化され、人間離れした戦闘力を発揮することができるが、薬が切れた途端、強烈な反動に襲われる。

 反動の大きさは個人差があり、強化薬の適合ランクで分けられている。

 適合ランクA、Bならば反動はそこまで大きくないが、C以降の適合ランクでは、頭痛や嘔吐だけに留まらず、全身の痙攣、呼吸困難、そして最悪の場合、死亡することもあり得るほどだ。

 今回のような長期の乱戦が予想される場合、反動によって継戦能力が途切れてしまえば、それは即ち死を意味することになる。

 サキが呟いた通り、使うならば死の直前に、できるだけ多くの虫を道連れにするために使用するのが、一番効果的な使い方だと言えた。

 それほどまでに危険な薬なのだから、リオンが許可を出さないのは当然だ。


「第十三高戦の生徒の殆どは強化薬の反動がひどい適応ランクD以下。それなりに反動を抑えられる適応ランクBの人なんて殆どいませんしね……」


 リンカの嘆きを聞いて、カエデがストライカーの相方を振り返る。


「うちのクラスじゃミトだけだな」

「ん。適応ランクB。それなりに優秀」


 これから激戦になるという状況でも、自分のペースを崩さないミトの様子に、一同は少しだけ身体に入った力を抜いた。


「ということだぜユイナ。勝手に使うなよ? またゲロ塗れになるぞ?」

「わーってるっつーの。あーしの辞書に同じ失敗は二度しないって書いてあるし」

「絶版の辞書を持ち出されても知らねーよ」

「はっ? 好評発売中だし? 売れすぎて在庫ないぐらいだし?」

「えっ? 好評なのっ!? じゃあカザも欲しい! ユイナちゃんちょーだい!」

「おー、いいねいいねー。寮に戻ったらカザにもやるわ」

「わーい!」


 脳天気な二人の会話に、2C小隊の面々が笑いを零す。


『皆さん、力が抜けて良い雰囲気になりましたわね。結構。ではフォーメーションを発表します』


 そう言うとリオンはT-LINKに情報をフォーメーション情報を送った。


『今回は少しフォーメーションを弄りますわ。前線にアンカーの二人を配置し、ランドギアにより前線を構築。その後ろからストライカーとアタッカーが攻撃して敵を排除してください』

「うぇーい」

『バックスは通常よりもラインを押し上げ、フロントチームのサイドに付くように。そこからゲート近辺の敵を集中攻撃してください』

「フロントチームの援護じゃなく? ああ……もしかして死骸による侵攻の遅滞が目的なのですか?」


 リンカがリオンの意図するところを問い掛ける。


『その通りですわ』

「死骸によって道を塞いで侵攻を遅滞ぃ? ……効果あるのそれ?」


 ミコトの疑問に、リオンは笑いながら答えた。


『大した効果が見込めないのは承知しておりますわ。ですが何もやらないよりはマシでしょう?』

「確かにね。了解。じゃあLBレフトバックはラインを押し上げて狙撃に徹するわ。でも乱戦だからなぁ……観測手スポッターはフロント要員に回す?」

『……わたくしに少し考えがありますの。ですのでユリィさんはミコトさんの護衛について頂きますわ。フロントはカエデさんたちにお任せします』

「大丈夫なの? カエデ」

「まぁ何とかするよ。その代わり、ユリィはミコトの事、しっかり守ってくれよ?」

「当然です。姉さんは私が命を賭けて守りますのでご安心を」


 表情を少しも変えることなく、ユリィはさらりと言ってのけた。


『2C小隊へ。現着まであと三分』


 デヴィの報告を受けて、少女たちが顔を引き締める。


『では現着後、アンカーはバリケードの構築。フロントチームは迎撃準備。バックスはポジションに着いてください』

「うぇーい」


次回 12/08 AM04時更新予定

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