第20話「ゲート」
なぜだろう? なぜ私はこんなところにいるのだろう?
どうしてこんなことをしようとしているのだろう?
分からない。何も分からない。
だけど、なぜかこうしないとならないと、そう思い込んでいる自分がいる。
自分なのに、まるで自分じゃないように。
誰かに操られているように。
身体が動かないのに、勝手に身体が動いている。
車に乗っているときだってそうだった。
(怖い、怖い、怖い、怖い……)
誰かを傷つけたくないのに。でも勝手に身体が動く。
知らない人を殺してしまったはずなのに、ふと手を見ると手は綺麗なまま。
なにがどうなっているのだろう?
私はどうなっているのだろう?
「あ……ここは……?」
顔を上げると、見たこともない場所にいる。
強い風が吹きすさぶ場所は、初めて見る場所なのに私はここを知っている。
どうして? なぜ?
知らないのに知っている場所。知っているはずなのに少しも知らない場所。
視線の先には扉がある。
頑丈そうな扉だ。どうやっても私には開けそうにない扉だ。
なのに。気が付くと扉が開いている。
「私、ここに来たかったの?」
本当だろうか? 本当に私は、私の意思でここに来たんだろうか?
分からない。
でも、目の前の機械を操作しないといけないって。
頭の中でそんな声が木霊する。
操作なんてどうやってすれば良いのか分からない。
分からないのに……分かった。分かってしまった。
したくもないのに、するしかない。しなくてはならない。そんな気がする。
ああ、できた。できたよ。
すごくまんぞく。
わたし、ちゃんとできた。
あとは。
「あとはわたしが、しねばいいみたい――」
2C小隊の面々を乗せた車両は国道を西進し、八王子に到着していた。
なぜ八王子に来ているのかというと、リリィが違法に調べた情報を小隊内で共有した結果だ。
詳細を伏せたリオンの報告を受けたクレアは、色々と察したらしく、正式に命令を下して2C小隊を八王子方面に派遣した。
舗装された道路を八王子に向けて突き進む輸送車の中で、ミコトたちは非正規品の少女について情報を交換していた。
「リンカの言葉が気になっていてね。リリィに頼んで色々と調べてたんだけど……やっぱりケイコも同じように気になってたんだ?」
狙撃銃を抱くようにして座っていたミコトが、ランドギア輸送車に搭乗しているケイコに向かって、T-LINKを通して質問する。
『そりゃね。非正規品は何度か見たことあるけど、あんなに無表情な子、見たことがなかったし。でも……ミコトが動いてたってことは、やっぱり?』
「まぁ裏があるっぽいのは確実でしょうね」
『はー、やだやだ。底辺一般兵の私たちを巻き込まないで欲しいわね』
諦めと不満。
そんな負の感情を混ぜ込んだケイコの嘆息は、T-LINKから発せられた緊急警報によって遮られた。
『な、なにっ!? リオン、なにこれ! 何の音?』
『落ち着きなさいケイコさん。今、リリィさんに状況を確認してもらっています』
そんなリオンの声に被るように、輸送車の外からもサイレンの音が聞こえてきた。
「おいおい、なんだよこれ!」
窓から外を見ながらカエデが騒ぐ。
「非常事態宣言のサイレンですよ授業で習いましたよバカですか姐さん。ああ失礼、バカなのを失念していました」
「んなことはどうでも良いんだよ! あたいはなんで非常事態宣言のサイレンが鳴ってんだって聞いてんだ!」
「んー……あ! カザ分かった! 非常事態が起こったからだよ!」
「ああ、もう! そんなことは分かってんだよ!」
カザリのまぬけた答えに律儀にツッコミを入れるカエデに、T-LINKからリオンの叱責が飛ぶ。
『カエデさん、いい加減少し落ち着きなさい。あなたが騒げば騒ぐほど、小隊内に動揺が走ってしまいますから』
「あ、わ、悪い……」
リオンの指摘に自分の非を認め、カエデは頭を掻きながら謝罪した。
だが――。
『なんですってっ!?』
注意したリオンが、先ほどのカエデと同じように動揺した声をあげた。
「てめぇも落ち着いてねーじゃねーかっ!」
『それどころではありませんわカエデさん。八王子方面九番ゲートが何者かの手によって開かれてしまったようですわ! このままでは関東区域内部にインセクターたちの侵入を許してしまいますわ!』
リオンの言葉を聞いた小隊員たちに動揺が走る。
「はぁ!? なんだってそんなことに……っ!?」
『分かりませんわ。今、
『その必要はない』
リオンの言葉を遮るように、本管からクレアの通信が飛び込んできた。
『たった今、管理局より事態の詳細な報告が入った』
「いまさらかよ!」
「もっと早く情報寄越せやクソエリートどもが!」
T-LINKによって小隊内で共有されていたクレアの通信に、サキとユイナが盛大に噛みついた。
『落ち着きなさいサキさん、ユイナさん。……クレア教官、失礼致しましたわ』
『構わない。管理局によると保護した非正規品は、移送途中で突如、同乗していた管理局局員を殺害。そのまま逃走したらしい』
「その行き先ってもしかして……?」
『ああ。ハイモトの予想通り、非正規品はその後、八王子の防壁管制室に侵入し、駐在していた治安局員を全て殺害してゲートを開放したようだ』
「な、なんじゃそりゃー! えらいこっちゃだー!」
「ヒマリさん落ち着きなさいバカですか」
「こ、こんなの落ち着いていられないよサヨっち! だってゲートが開放されたってことは、関東区域にインセクターが侵入しちゃうってことだよ! 都民の皆さんが食べ放題のおかずになっちゃうってことだよ!」
『カドマの言う通りだ。よって今はなぜこのような事態に陥ったのかを考えるときではない。2C小隊は速やかに現着し、侵入するインセクターに対して防衛線を構築せよ。追って3C、1C小隊も合流する』
「ちょっと待ってくれクレア教官! 2Cだけで事に当たれってのかよ!」
『そうだ』
「無理だ! 2C小隊だけじゃ絶対的に数が足りねえ!」
『特例により、2C小隊には現地徴発を許可する。それで何とかするように』
『そんな無茶な!』
クレアの指令を聞いて、今度はケイコが悲鳴をあげた。
『2C小隊が抜かれれば、インセクターは大勢の都民が住む都内に大挙としてなだれ込むだろう。それだけは絶対に阻止しなければならない』
『それは! そうですけど……!』
『あらゆる手段を用いて、敵の侵入を阻止せよ。これは命令だ』
「ちっくしょうっ……! 分かったよ! やってやらぁ!」
冷徹なクレアの命令に、カエデがやけくそ気味に答えた。
『すでに治安局によって住民の避難が開始されている。貴様らは三十分稼げ。命令は以上だ。2C小隊各員の健闘を祈る』
無慈悲な命令を下し、クレアの通信が終わった。
「なんだよ! 『部隊の生存率がずば抜けて高く、指揮能力は特筆に値する』んじゃなかったのかよっ!」
カエデが不満を叫びながら、輸送車両の内壁に八つ当たりする。
そんなカエデを、ミコトは冷静な声で宥めた。
「落ち着きなってカエデ」
「これが落ち着けるかよ! あいつはあたいらに死ねって言ったのと同じなんだぞ!」
『いいえ。そのようなこと、クレア教官は仰っていませんわ』
「はっ! この後に及んで尊敬するクレア教官殿の肩を持つってか! だったらてめぇもQBどもも前線に立って虫の相手をしやがれってんだ!」
『はぁ……少し落ち着きなさいカエデさん。クレア教官は現地徴発の許可を出してくれたのですよ』
「だからなんだってんだよ?」
『あの……軍は余程の事が無い限り、都民の財産を好き勝手するようなこの手の指示は許可しません。強行して世論を敵に回せば、統合幕僚監部は統治局や管理局の後塵を拝することになりますから』
荒れるカエデを刺激しないように言葉を選びながら、アキが説明を続ける。
『統治局と管理局に主導権を握られてしまえば、予算削減や作戦行動への横槍など、統合幕僚監部にとって不利な状況が頻発してしまいますから。だから今回、クレア教官が現地徴発の許可を出してくれたのは、かなり特殊な事例なんです』
「……あー、悪いんだけどよ。あたいはバカだからそういう事を言われても良くわかんねーんだよ。つまり、なんだよ?」
『クレア教官はわたくしたちが生き残れるように、、できうる限りの最善を尽くしてくださったということですわ。そして、そんな特例を出さなければいけないほど、事態は混乱しているということです』
リオンの説明にアキが付け加えた。
『クレア教官は、C中隊のことしか言っていませんでした。それってつまり、他の中隊は即応できないってことじゃないでしょうか?』
「はっ! クソエリートの雌豚ども、こういうときにちゃっちゃと動けよ」
「まーたあーしらが尻拭いすんのー? もういやなんですけどー!」
説明を聞いても納得できないサキとユイナが、ここぞとばかりに他の高戦に対して不満をぶちまける。
「まぁ説明してもらっても、あたいらが捨て駒なんだとしか思えないわな」
思考を切り替えるように、カエデはハァ、と溜息を一つ吐き出した。
次回、12/07 AM04時更新予定
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