第19話「出陣」
アイ・ヤハタ校長によって設立以来初めての非常態勢が発令された第十三高戦の生徒たちは、各自、出撃体勢を整えながら各教室にて待機していた。
そんな中、第十三高戦2Cと言えば――。
「はぁ、はぁ、り、リオン・タカギほか九名、ただいま戻りました!」
呼吸を荒げて駆け込んできたリオンたちに、クレアの叱責が飛ぶ。
「遅いですよリオン・タカギ。すぐに装備を確認し、待機に入りなさい」
「はっ!」
クレアに敬礼を返した九人は、携行装備を装着するために、すぐさま教室の後ろにあるロッカーに飛びついた。
きっかり三分後――。
「リオンタカギ以下九名、第二種戦闘配備に着きます!」
装備を調えたリオンたちは自分の席に座った。
「結構。それでは現在判明している情報を伝える」
クレアは手元の装置を操作し、モニターに各種の情報を表示する。
「本日、十六時二十八分。任務のため、八王子方面に向かっていた管理局車両に何らかの異常事態が発生し、車両が爆発を起こしたとの報告がありました。目撃者の証言と現場検証の結果、爆発は車両内部で起こったものと治安当局は断定。テロの可能性も捨てきれないため、第十三高等戦闘学校に治安出動の要請がありました」
クレアの説明を補足するように、モニターには爆発四散した車両の残骸や、事故現場を撮影した動画が表示される。
「治安当局の要請を受け、アイ・ヤハタ校長は第十三高等戦闘学校に非常態勢を発令。我々は中隊編成による治安出動を行います。出撃はヒトキューマルマル。諸君はヒトハチゴーマルまでに出撃口に整列すること。以上です」
「クレア教官。一つ質問がありますわ!」
「許可します」
「はっ! 中隊編成による治安出動とのことですが、中隊の指揮はどなたがお執りになりますのしょうか?」
「中隊編成時の規則により、C中隊は私が指揮を執ります。不服ですか?」
「いえ! それならば安心ですわ!」
「よろしい。2C小隊はリオン小隊長の指示に従い、規定の時間までに出撃準備を終えなさい。以上」
「2C小隊、出撃準備!」
「うぇーい」
リオンの指示に答えた2Cの生徒たちは、すぐに装備の点検に入った。
「おい、ユイナぁ! 予備弾倉忘れんなよ」
「はっ? あーしの辞書に同じ失敗はしないって言葉があるの、知らねーの?」
「その辞書、出版停止されてんじゃね?」
「はっ? ぶっ殺されてーのサキぃ!」
「あん? 殺れるもんなら殺ってみろよ!」
物騒に言い合う二人に、
「おい、うるせーぞ! 時間がねーんだから乳繰り合う前にさっさと準備しろ!」
カエデが雷を落とした。
「全く……相変わらずですわね、サキさんとユイナさんは。仲良くじゃれ合うのは構いませんけれど、準備に不備がないようにお願いしますわ」
「わーってるよ!」
「はんっ、言われなくてもあーし一人で完璧にできるし」
声を揃えるように答えた二人の横で、ヒマリがウキウキとした様子で準備を勤しんでいた。
「フンフンフフーン、フンフンフフーン♪」
「ご機嫌ですねヒマリさんバカに見えますよ。ああ失礼バカでしたね」
「へへー、ヒマ、ご機嫌なんだよねー。だってクレア教官が中隊指揮を執ってくれるんだもーん」
「そうですわね。クレア教官が指揮を執って下さるのなら、おかしな指揮に振り回されてKIAになること可能性は低いでしょう」
「へぇ~。リオンはクレア教官を認めてるんだね」
意外とでも言うようなケイコの言葉に、リオンは胸を張って言葉を返した。
「それはそうですわ。現役時代、幾度となく発生したインセクターの暴威から関東区域の防壁建設を守り通した、現代の英雄の一人なのですから」
「戦史教科書にも載ってますよね、クレア教官のことが。激戦が繰り広げられるなか、部隊の生存率がずば抜けて高く、指揮能力は特筆に値する、だとかなんとか」
リンカの補足を聞いていたカエデが、首を傾げて質問する。
「おいおい……。インセクターが防壁建設の邪魔をしてたのって、結構前の話だろ? あの人、一体いくつなんだよ?」
クレアの容姿は二十代後半と言っても通用するほど若いのは周知の事実だ。
しかし実年齢と容姿が必ずしも一致しないのは、希少ではあるが無い事もないからこそ、2C小隊の面々はカエデの疑問に対して一様に口を閉ざした。
「な、なんだよ? なんでみんな黙ってんだ?」
「……カエデ。いくら教官が居ないからって、そういう不穏当な発言はやめて欲しいんだけど。教官に聞かれていたら、私たちまで特別訓練に巻き込まれるんだから」
苦笑しながら、ミコトが皆の言葉を代弁するようにカエデを窘めた。
そんなミコトの周りでは、少女たちが賛同を示すようにウンウンと首肯していた。
「わ、わりぃ。いつも気になってたことだから、つい……」
「噂では、クレア教官に年齢を尋ねた正規兵の何人かが、人知れず行方不明になったとか……そういう話も聞きますしね」
リンカの説明を補足するように、ヒマリがボソッと呟く。
「クレア教官が本気になったら、多分、ヒマでも敵わないしねー……」
「げっ、マジかよ……」
「実技も座学も、そして実戦でもご活躍なさった超人ですわよ、クレア教官は」
「はー……隙がねぇ人だなぁとは思ってたけど、まさかそこまでとはね」
リオンの説明を受けて、カエデは素直に感心する。
「案外、恥ずかしがり屋みたいだけどね。……戦史教科書に掲載された自分の情報のところだけ、授業ですっ飛ばしてたし」
ミコトの言葉に、2Cの少女たちはクスクスと笑いを零した。
「さぁ、教官の噂話はお終いにしましょう。素晴らしい教官殿のためにも、遅れて2Cの恥を曝すようなことは避けなくてはいけませんからね」
「うぇーい」
出撃準備を終えた2Cの面々は、規定された時間に出撃口に整列していた。
出撃口には他にも、
高戦生が中隊規模で編成される場合、基本的には1年から3年のクラスによって縦割りに編成される。
例えばA中隊ならば、1A、2A、3A各小隊で一つの中隊を形成し、そのクラスを担当する教官の中から中隊長を選任する。
中隊長は主に過去の戦歴や最終階級によって選別され、特に理由がない場合は、最終階級の高い教官が中隊長に就任する。
高等戦闘学校が統合幕僚監部の下部組織ではなく、あくまで地球聯合政府統治局の管轄であり、退役した軍人を統治局が雇用して教官に宛てるのも、統治局が主導であることを示す曲芸的政治処置と言えるだろう。
だが、どれほど政治的に独立を維持していようとも、生徒の育成には三軍の協力が絶対的に必要なのは事実だ。
そのため看板は統治局ではあるが、実質は三軍からの影響を色濃く受けるという、滑稽な態勢で運用されているのが、高等戦闘学校と呼ばれる特殊法人の実態だ――と言うのが一般常識となっていた。
どうやら上のほうでは話が付いているらしい――そんな出所不明の噂を耳にすることもあるが、そんなものは少女たちには関係無い。
戦うことを義務づけられた少女たちは、装備を調えて出撃口に整列していた。
「傾聴せよ!」
やがて少女たちの前に現れた教官たちの中から、クレアが一歩前に進み出て少女たちに命令した。
その声を受けて、出撃口に整列していた少女たちは捧げ銃の体勢で前方を注視する。
「第十三高戦、校長のヤハタだ。生徒諸君、苦労である。まずは休め」
校長の言葉に、少女たちが一斉に銃を下ろして姿勢を正す。
「皆も聞いていると思うが、統治局所属の治安維持局より治安出動の要請が入った。しかしながら未だ管理局から詳細な情報はもたらされておらず、状況の把握はうまくいっていない。そのため、我ら第十三高戦は全ての状況に備えるため、非常態勢を取った」
校長の訓示は続く。
「この事故がただの事故なのか、テロなのか、それとは違う何かなのか。それはまだ分からない。だが我らがやらなければならないことはただ一つだ。何者の脅迫にも屈しず、何物の脅威も跳ね返す。それが我らの役割である!」
そこまで言った校長は、ニヤリと笑って言葉を続ける。
「つまり、だ。テロだろうが、陰謀だろうが、なんだろうが関係ねぇ。暴力に訴えるクソ野郎どもをたたき伏せ、壁の外のクソムシどもをぶっ殺す! そうやって都民の安全を守るのがオレたちの仕事だ! それを忘れんなよクソガキども!」
口の悪い校長の勇ましい発破に対し、第十三高戦の少女たちは、軍靴で地面を蹴って賛同の意を示した。
「治安出動の要請は第一から第四の各高戦にもいってるからな。現場では調子に乗ったクソエリートどもの挑発には乗らず、兵の本分を全うしろ。もし突っかかってくる部隊があればオレに報告しろ。てめぇらのウサはオレが晴らしてやるから安心しておけ」
豪快な訓示に、一部の教官たちが狼狽えた様子を見せるが、整列している少女たちは、感謝を示すように再び軍靴で地面を二度、踏みつけた。
「良い返事だ。よぉし。行ってこい第十三高戦生徒諸君! エリートどもに目に物見せてやろうじゃねーか!」
「うぇーいっ!」
生徒たちは銃を持つ手を天に向かって突き上げ、腹の底から雄叫びを上げた。
そんな少女たちを見つめ、クレアは静かに笑っていた。
「第十三高戦、総員出撃!」
校長の指示を受け、少女たちは一斉に輸送車両に乗り込んでいく。
やがて開かれた出撃口から、少女たちを乗せた車両が続々と飛び出していった。
次回、12/04 AM04時更新予定
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