第18話「電子の女神」

 リオンたちがファミレスで捕獲作戦を展開する、少し前――。

 ミコト、ユリィ、リリィの三姉妹は、クレアの許可を得て学校のデータ室に居た。


「それでリリィはパクった拾得物のデータ改竄をすれば良いんだね、姉様」

「そっ。なんとクレア教官殿直々のご命令よ」

「珍しいですね。なにか裏がありそうですが、大丈夫なのですか姉さん」

「まぁあの人には色々と借りもあるしね。2Cにとっても無駄じゃないし、やってあげても良いかなって。……ついでだしね」

「ほへっ? 他にも何か調べることがあるの?」

「ええ。ちょっと気になってることがあるのよ」


 ミコトの言葉を聞いて、ユリィは納得したように首肯する。


「なるほど。姉さんもやはりあの少女のことが気になっていましたか」

「ええ。理由はあとで説明するわ。先に拾得物の隠蔽をしてしまいましょ」

「ブ、ラジャー!」


 ミコトに促されたリリィは、勢いよくキーボードを叩き始める。


「野良のプロキシを経由して管理局のサブフレームにアクセスっと。よし繋がった。あとはいつも通りに――」


 モニター上に表示されるいくつものアプリを操作し、慣れた手付きでハッキングを仕掛けていたリリィの手が、ぴたりと止まった。


「あれ?」

「どうかしたのですか、リリィ」

「うん……セキュリティが大幅に変更されてるっぽい。いつものルートでは管理局のメインフレームに侵入できなくなってる」

「ハッキングに気付いたのかしら?」


 ミコトの疑問にリリィが頷く。


「うーん、確実に気付かれてると思う。多分、殺虫剤のデータ改竄が見つかったのかも。でも、とりあえずセキュリティを強化しましたって感じだから、リリィたちがやったってことはバレてないと思う」

「なら大丈夫か。……第十三高戦が疑われる可能性は?」

「この分だともう疑ってるけど、確証がないから泳がしておこうって感じかな」

「ふむ……」


 リリィの報告を受けて考え込むミコトに、ユリィが提案する。


「クレア教官に報告しますか?」

「後でね。で……リリィ。セキュリティが強化されていても侵入はできるの?」

「まー、そこはリリィちゃんだし。余裕余裕ー♪ と。はい、拾得物のデータ改竄終わり! で、姉様。リリィは次、なにすれば良いの?」

「次はこの前、2Cで保護した非正規品の子供が今、どうなっているのかを調べて。身体検査の結果なんかもあれば欲しいわ」

「りょーかい!」


 ミコトの依頼に答えたリリィが、再び鍵盤を叩き――特に時間が掛かることもなく、欲しているデータに行き着いた。


「早速発見ー。保護した男は『楽園』に移管。子供のほうは孤児院に移送中だって。非正規品保護のマニュアル通りに動いてるみたい」

「ダミー情報の可能性は?」

「セキュリティが強化されてたってことを考えるとその可能性もないとは言えないけど。でもデータが格納されてる階層がかなり浅いから、ダミーの可能性は限りなく低いと思うよ。きっと見られても良いデータなんじゃないかなー」


 リリィの判断を聞いて、ミコトは唇に指先を当てて考え込む。

 その横で、ユリィがモニター上に表示された情報を確認しながら独り言つ。


「『楽園』ですか。男性体はそこで健康管理と射精管理を行うという話ですが、確か管理局直轄施設のため、内部情報は掴み切れていないという話でしたね」

「三軍が知ってるのは管理局の公開情報だけって話だよ。統合幕僚監部が諜報員を忍び込ませてるらしいけど、悉く失敗して秘密裏に処理されてるみたい」

「リリィ。それは噂ですか? それとも……」

「へへー。真実にもっとも近い、ただの噂だよ♪」


 ニヤリと笑ったリリィの表情は、その噂が真実であることを裏付ける。


「はぁ~……。幕僚監部のメインシステムへの侵入は控えなさいと、あれほど言っておいたのに」

「だってだってー。管理局のセキュリティ、歯ごたえないんだもん」

「……姉さんに迷惑を掛けることにならないよう、細心の注意を払ってくださいよ?」

「当然♪」


 考え事に集中しながら、双子のやりとりを聞くとは無しに聞いていたミコトが、リリィに情報検索を頼んだ。


「リリィ。子供がどこの孤児院に移送されているのか。その孤児院の運営母体なんかも含めて全部洗い出して」

「ブ、ラジャー!」


 鍵盤の上で指を踊らせ、リリィは自由奔放に管理局のシステムを深掘りする。

 やがて、そう時間を必要とせず、ミコトが欲するデータを探り当てた。


「見つけたよ、姉様」


 そう言うと、リリィはいくつも展開しているウィンドウの一つをミコトに示した。


「移送先は八王子にある『子供ニコニコ園』って孤児院みたい」

「ニコニコ……また胡散臭い名前ですね」

「中身はもっと胡散臭いよー。運営母体は一般企業なんだけど、その企業の運営には管理局のダミー企業が複数、関わってるみたい」

「つまり管理局のカバー会社って訳ね。で、運営の様子におかしなところは?」

「うーん……保護した非正規品は七割程度、この孤児院に移送された経歴があるよ。それともう一つ。卒園生の行方が全く追えない」

「追えない? リリィが?」


 リリィの説明を受けて、ユリィは首を捻って聞き返す。


「うん。リリィでも追えないの。管理局だけじゃなくて、治安維持局や統治局のほうも同時に探ってるんだけど全く追えない。……多分、保護した非正規品のデータを全て抹消してるんじゃないかな」

人権洗浄ライツ・クレンジングですか。非正規品であればそれが容易なのは分かりますけど。一体、何のために……?」


 考え込むユリィの横から、ミコトが口を出した。


「リリィ。孤児院の院長の名は?」

「ハナコ・ヤマダだって。あからさまな偽名だよねーこれ」

「でしょうね。念のため、実在するか確認してくれる?」

「ブ、ラジャー。……うん、日本の全地域の戸籍を調べてみたけどヒット数ゼロだよ」

「予想通り、か。今の時代でこれだけあからさまな偽名を押し通せるとなると、関わってるのは管理局だけとも思えないわね。聯合政府も承認してることなのか……とにかく面倒なことになりそうな気がするわね」

「そだね。……でも姉様ー。リリィは直接、会ってないからどんな子なのかピンとは来てないんだけどさ。どうしてその子にそんなに拘ってるの?」

「んー……私も、言葉を交わしたって訳じゃないんだけど。ただ一目見たときに、ユリィたちと同じ感覚を覚えたのよね」

「げっ……それってまさか?」


 ミコトの言葉を聞いて思い当たることがあるのか、リリィは血の気の引いた顔で双子の姉を見つめた。


「……最終フェーズに入った、という可能性はあるでしょうね」

「うそーん、早すぎでしょ! 姉様の予想じゃ、あと一年ぐらいは余裕があったはずなのにーっ!」

「あのクソオヤジ、狂ってたけど正真正銘の天才だからね。油断できないわ」


 ミコトの言うクソオヤジとは父であるヤマト・ククリのことだ。

 地球に降り注いだ隕石から男児の出生を抑制する毒素『メルトキシン』を発見。

 そしてその毒素が『インセクター』発生に関与していることを突き止め、対インセクター研究の権威として聯合政府内で重要な地位に就いていた。

 そんなある日、ヤマトは『面白いことを思いついた』という言葉を残し、地位や財産を捨てて一人娘であるユリ・ククリを連れて失踪し、今日こんにちに到っている。

 そのヤマトの一人娘であるユリ・ククリの子がミコト・ククリである。

 ミコトは、シェルター外でヤマトが一人娘であるユリに生ませた子だっだ。

 自分の出生を知ったミコトは己を呪い、父であるヤマトを憎悪した。

 そしてヤマトの研究の真の目的を知ったミコトは、父・ヤマトの下から妹たちを釣れて逃げ出してシェルターに保護を求めた。

 それがおよそ三年前のことだった。


「インセクターに取り付かれた狂気の研究者マッドサイエンティスト。その目的はインセクターの進化の促進。研究の第一フェーズはインセクターの能力を備えた人種の創造」

「……姉さんの遺伝子情報とインセクターより抽出した遺伝子を掛け合わせて生まれたのが、私とユリィの二人……」

「その第一フェーズの研究結果を基にして今度はインセクターに人種の特性……知恵を付与する実験を行ったのが第二フェイズ、だったっけ?」

「そうよ。そして最終フェーズでは知恵と魂を持つインセクターを創造する。人の身と人の特性を併せ持った新しい人類種を自らの手で創り出す。それがあのクソオヤジの悲願」


 忌々しげに吐き捨てるミコトの腕に、ユリィがそっと手を添えた。


「姉さん……」

「……大丈夫よ、ユリィ。ありがと」


 妹の心配を察し、ミコトは沸騰しそうになった頭をなんとか落ち着かせた。


「私たちはクソオヤジの狂った研究を止めるためにシェルターに入った。いつか必ず、この手であの男を殺してやるために」

「ええ。もちろん私たちもお手伝いします」

「ユリィたちはいつまでも姉様と一緒だよ!」

「ありがとう。心強いわ」


 妹たちの言葉に笑顔を返したミコトが、気を取り直して言葉を続けた。


「リリィ、もう少し情報を集めたいんだけど、やれる?」

「りょーかい♪ それじゃもうちょっと深く潜ってみる――あれ? なんか治安維持局で緊急事態発生だって。管理局の車両が爆発炎上したみたい」

「車両ってまさか……?」

「そのまさかみたいだよ。非正規品を移送していた車両が、途中で爆発したって。管理局のほうもかなり混乱してるみたい」


 ユリィの確認に、忙しなく鍵盤を弄りながらリリィが答える。


「どうします、姉さん」

「うーん、どうもこうも。今の私たちでは何もできないかな。とりあえず招集が掛かるまで待機するしか――」


 ミコトの言葉を遮るように、データ室のスピーカーから警報が鳴り響く。


『第十三高戦、全ガキどもに告ぐ。たった今、区域内にて不慮の事態が発生した。校内に残っている者は武装して教室で待機。校外に居るものにも非常招集を掛ける」


 第十三高戦の校長を務めるアイ・ヤハタ直々の放送に、リリィが首を傾げる。


「あれ? お婆ちゃんが直々に校内放送を流すなんて珍しいね」

「もしかして……アイ校長は何か掴んでいたのでしょうか……?」

「かもね。でもそれは後で問い詰めることにして、今は兵士の本分に戻りましょう。……リリィは手の空いたときに引き続き調査よろしく」

「姉様のためならなんだってするよー♪ リリィにお任せ♪」



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