第17話「クランチーアーモンドチョコレートフラペチーノ」

 第十三高戦の校舎から3ブロックほど離れた場所にある繁華街。

 そこには第十三高戦生たちがよく利用する施設が集まっている。

 その内の一つ――関東区域でチェーン展開をしているファミレスに、教室を脱出したカエデたち五人が集まっていた。


「……ったくよぉ。リオンの奴、とんでもないこと言いだしやがって」

「今更勉強なんてしたところで、あーしらの頭が良くなることなんてないって」

「まぁ年期入ってるかんなぁ、あたしらのバカさは」

「むー、カザはみんなと違ってバカじゃないんだけどなー……」

「はっ? 何言ってんだよおまえ」

「カザがバカじゃないとか、あーし腹痛ぇ」

「現実を認められなくなったらおまえ人生終了だぞ? 気をしっかり持って自分のバカさを認めとけよ?」

「あははー! カザちゃん、バカじゃなかったんだー♪」


 四者四様の反応をぶつけられて、カザリは涙目になりながら頬を膨らませ、怒りにぷるぷると身を震わせる。


「カザ、バカじゃないもん!」

「あーはいはいバカじゃないバカじゃない。つーかカザ、それ何食ってんの?」

「えっ? これ? クランチーアーモンドチョコレートフラペチーノだけど」

「なにその長い名前。キモッ」

「ユイナちゃん、なんでそんなこと言うのーっ!」

「いやだってキモいし。なんかぐっちゃぐちゃで不味そう」

「まずくないもん! 美味しいもん! 食べて見てよ、ほら!」


 不満げに唇を尖らせたカザリが、グラスの中の生クリームをスプーンで一掬いし、ユイナに向かって差し出した。


「えー……」


 差し出された生クリームを嫌そうに見つめていたユイナだったが、対面にいるカザリが今にも泣きそうな顔をしていたため、渋々ながら口を開けた。

 差し出されたスプーンを口に含む。


「……甘ッ!」

「その甘さが美味しいんだよぅ!」

「ハッ、まぁお子様のカザにはお似合いじゃね?」


 ケタケタ笑ったサキの横で、窓から外を行き交う車をボケーッと見ていたヒマリが、何かに気付いたのか声を上げた。


「あれー? あれってケイっち? あんなところで何してんだろー?」


 ヒマリの声に反応し、カエデが窓の外に視線を向けた。


「あん? ありゃ管理局の車両じゃねーか? なんだ?」


 視線の先にいるケイコは、停止した車両から降車して敬礼していた。

 ケイコを降ろした車両は再び走り出し、それを見送っていたケイコは、肩の荷を下ろしたかのように大きく息を吐くと、ファミレスに入店した。

 五人と同じテーブルに着席したケイコが、メニュー用タブレットを操作しながら理由を説明する。


「いやぁ、窓からみんなの姿が見えたからさー。つい降りるって言っちゃったのよね。あ、もしかしてお邪魔だった?」

「いや全然そんなことはねーんだけどよ。身体はもう良いのか? 病院の棺桶の中で過ごしてたんだろ?」


 棺桶というのは、重傷者の治療に使われる治療ユニットの通称だ。

 通称通り、棺桶の形をしたユニットの中を治療用ナノマシンなどの液体で満たし、驚異的な速度で人体の内外を治療する機械で、高戦生や正規兵たちは無料で使用することができる。

 先日の戦いで肋骨骨折と肺に重傷を負ったケイコは、作戦が終了した後、病院に移送されて棺桶の中で治療を続けていた。


「ええ。お陰様で折れてた肋骨もくっついたし、ダメージを受けていた肺の治療も終わったわ。だけど丸二日ほど何も食べられなくてねー。お腹減ってやばいのよ」


 メニューに並んだ料理を次々に注文したケイコが、タブレットを所定の位置に戻すと、改めて五人に向き直った。


「で、みんなはこんなところで何してるのよ?」

「あー……もうすぐ定期考査があんだろ? 絶対赤点を回避するんだってリオンが張り切っちまってよ」

「あーしらを監禁して勉強させようって、サヨたちを巻き込んでさー。あーしら拉致られそうになったんよ」

「それでカザたち逃げてきたんだよ!」

「はー、なるほどねー。でも良い機会なんだから勉強すりゃ良いんじゃないの?」

「今更あたしらが頑張って勉強したところで、地頭の悪さがあんだから赤点取る結果しか見えねーんだよ。だったら無駄なことはやらないに限んだろ?」

「ふーん……でもさ、十三高戦を卒業したあと、軍に入隊するためには一般科目でもそれなりの点数を取らないといけないわよ? 今から勉強しておかないとヤバイって」


 注文していた料理が到着し、ケイコは片っ端から口の中に放り込みながらサキたちの考えに疑問を呈した。


「それはまぁ……分かってんだけどよー」


 ケイコの冷静な指摘に反論できず、カエデはガシガシと頭を掻く。


「あははっ、まぁあと一年以上あるんだし、なんとかなるってー!」

「ヒマは相変わらずノーテンキねぇ……」


 朗らかな笑顔を浮かべるヒマリの姿に、ケイコは呆れたように苦笑を零す。


「まぁ私たちが一年先まで生き残れてるかも分からないし。今を楽しみたいって気持ちも分からないでもないけどね」


 激戦の中、正規兵たちの盾として使い捨てされるのが、第十三高戦生の役目――。

 正式にそうと決まっている訳ではないが、常に最前線に投入され、犠牲を強いられることが多かった第十三高戦の生徒たちにとって、それは共通の感覚だった。




「そういえばさ。棺桶に入る前に、あの子を見たわよ」


 しんみりとした空気を変えようと、ケイコが別の話題を持ち出した。


「あの子? 誰だよあの子って?」

「私たちが保護を引き継いだ非正規品の子供。向こうは感染病のチェックとか、身体検査のために来ていたっぽいわ」

「ああ。管理局に付き添われてか。じゃあ身体検査が終わったら無事に都民として受け入れられるってことだな。良かったじゃねーか無事に都民になれるんだから」

「んー、それはどうだろ?」

「あん? どういうことだよ?」

「付き添ってる管理局の奴らの数が、尋常じゃなかったのよ。普通、付き添いなんて下っ端が二、三人付く程度でしょ? それが十人以上居てね。尉官も同席してたし」

「なんだそりゃ? その子供になんかあるのか?」

「もしかするとねー。移送も管理局の装甲車が三台、随送してるみたいだし。動きがきな臭かったのよ」


 ドリアを掬っていたスプーンをカジカジと噛みながら、ケイコは言葉を続ける。


「それにさ。現地でもそうだったけど、あの子の目……なんだか気持ち悪いのよね。なんというか、生理的に無理っていうか」

「それ、リンカも帰りの車内で言ってたな。そんなに気持ち悪かったのか?」

「ええ。どこを見てるのか、何を考えているのかも分からない目でね。生気を感じないというか……とにかく、ゾッとするような目だったわ」

「それに加えて、管理局の尉官レベルが同席する身体検査か……。なーんか上のほうで、きな臭いことやってんじゃねーの? 勘弁して欲しいわ……」


 話を聞いていたサキが、眉を顰めて不平を零す。


「エリートどものケンカが始まれば、逆らえないあーしらは問答無用で巻き込まれるし。くっそ面倒そうでヤバイわマジで」


 サキの不平を引き取ったユイナが、忌々しげに吐き捨てた。


「まー、ヒマたちみたいな落ちこぼれが考えることじゃないってそんなのー」


 あっけらかんとした口調で言いながら、ヒマリはコップの水を一気に呷って――、


「ブーーーーーーッ!」

 勢いよく吹き出した。


「あー! カザのフラペチーノちゃんがぁ!」


 ヒマリの口内から吹き出された水が、霧となってカザリの飲んでいるフラペチーノの容器に浴びせられる。


「ひ、ひどいよヒマちゃーん!」


 抗議しようとするカザリを制止したヒマリは、恐怖の表情に顔を引きつらせながら窓を指差す。


「あ、あれ、あれ……みんな、あれぇぇぇーっ!」


 他のメンバーがヒマリの声に釣られて窓に視線を向けると、


「みーつーけーまーしーたーわーっ!」

 そこには整った眉を怒らせて窓にへばりつくリオンの姿があった。


「げっ! リオンっ!?」

「やっべ……おいユイナ、逃げっぞ!」

「とーぜんっしょ!」


 鞄をひっつかみ、席を立ってダッシュしようとするサキたち二人の前に、颯爽と二つの影が飛びだしてくる。


「おおっと。私から逃げられると思ってるんですかバカですか」

「悪いわね。私たち、リオンに協力することになってるから。カザ、少しでも動いたら額に穴が空くわよ」


 サキたちを押し倒して動けないように確保した二人は、いまだ状況を把握できず、ぽかんとした表情で座っているカザリに銃口を向けた。

 そんなサヨたちの傍ら通り抜けたカエデとヒマリは、店の出口に向かって猛ダッシュする。

 だが――。


「逃げちゃだめ」


 物陰に隠れていたミトが鋭いタックルでカエデを引き倒した。


「ぐぇっ! て、てめぇ、こらミト! 危ねえだろうが!」


 両足をミトに掴まれて顔面から地面にダイブしたカエデが、床に激突させた鼻を押さえながら盛大に毒づいた。

 そんなカエデを横目に、


「カエデ姐さん、ごめん! ヒマは自分が可愛いから見捨てていくねー!」

 ヒマリはファミレスの出口に向かって突進する。


 しかし、逃走を図るヒマリの前に一人の少女が立ち塞がった。

 デヴィだ。

 腰から戦闘用短刀を引き抜くと、躊躇することなくヒマリに刃を振るう。


「ちょっ! デヴィっち、ここ町中だよっ!? 一般人さんたくさんいるんだよっ!?」

「私たち高戦生は、多少暴れても捕まることはありませんよ。そしてぇ!」


 もう一本、ナイフを取り出して二刀流に構えたデヴィが、体勢を低くしてヒマリの懐に飛び込んだ。


「お嬢様の邪魔をする者は、何人たりとも許しはしません!」


 ヒマリに襲いかかる十字斬撃。

 だがヒマリは余裕を持ってその斬撃を避けると、デヴィから距離を取った。


「ヒマ、別にリオンっちの邪魔とかしてないんだけどーっ!」

「お嬢様の貴重な時間をあなた方の捕獲に費やしている時点で、それはすでに邪魔をしているのと同義! よってあなたを排除します! 死ね!」

「死ねとか、ガチじゃんそれーっ!」


 繰り出される斬撃を余裕を持って避け続けながら、ヒマリは逃げる隙を窺う。


「ちっ、ちょこまか動きますねこのどクズが! お嬢様のためにさっさと死ね!」

「いやぁ、さすがにリオンっちのために死ぬのはやだなぁ。どうせ死ぬならヒマはサヨっちのために死にたいかなー♪」

「ちょーっ! な、何を急に言い出してるんですかこんなところでバカですかヒマリさんバカすぎて言葉も出ません!」

「へー? その割には珍しく動揺してんじゃーん。プラトニックなセフレじゃなかったのかよー?」


 サヨに組み敷かれていたサキが、顔を真っ赤にしているサヨを煽った。

「……分かりましたサキさん。あなたを殺します」

「ちょっと待て、なんで一気に殺すまで行くんだよっ! ってかおまえら物騒すぎ!」

「問答無用です。死ね!」

「い、いてぇ! 関節は普通、そっち側には動かないんだよ! ちょ、まっ、待て待て待て本気で外れる! マジで肩が外れるからやめろぉぉぉ!」


 阿鼻叫喚の様相の店内に、カツカツと床を蹴ってリオンが姿を現した。


「全く。手間を取らせますわね。……そこの店員、会計を」


 恐る恐る状況を見守っていた店員に会計を命じたリオンは、ヒマリに近付くと肩に手を乗せて小さな声で囁いた。


「サヨさんのためにも降参なさいな、ヒマリさん」

「へっ? サヨっちのため?」

「作戦に協力してくださったサヨさんには、ヘアサロンの無料チケットを進呈する約束なのですわ。……綺麗になったサヨさんを見てみたくはありませんか?」

「見たい! ヒマ、綺麗なサヨちゃんめっちゃ見たい!」

「なら……何をすれば良いのか、お分かりですわね?」

「うん、ヒマ降参する!」


 リオンの提案に、ヒマリはあっさりと降参した。


「あ、てめぇヒマ! なにサクッと裏切ってんだよ!」

「え、いやー、あははー♪」


 カエデの非難を笑って誤魔化すヒマリに代わってリオンが補足する。


「裏切ったのではなく、取引に応じてくださったのですよ」


 長い髪を後ろに跳ね上げて確保された脱走者たち五人のバカを見下ろしながら、リオンは言葉を続けた。


「部下たちの人間関係を把握し、スムーズに、ストレスなく操縦するのは、小隊長として必須の能力。カエデさんもフロントチームの要なのですから、人心掌握術のお勉強をなさることを勧めますわ」

「けっ。そんな七面倒なこと、なんであたしがしなきゃなんねーんだよ」

「小隊の生存率を上げるために必要なことですわ。……もっともカエデさんの人格的影響力については、わたくしも一目置いておりますけど」

「ふんっ……」


 ミトに取り押さえられていたカエデは、リオンの予想外の褒め言葉にうまく反応できず、不機嫌そうに唇を尖らせてそっぽを向いた。


「さぁ皆さん。時間もないことですし、捕獲したバカの皆さんを丁重に学校に移送しますわよ」

「イエス、マム!」


 捕獲された五人の少女たちを学校に連行しようと店の外に出た、そのとき。

 少女たちに支給されている携帯通信機から、緊急事態を告げる警報が鳴り響いた。


次回、12/01 AM04時更新予定

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