第12話「無花果」

 CCVを出たカエデは、ミコトに対して愚痴をこぼしていた。


「ったく、あのお嬢様はよう、任務だ使命だと口うるせぇ……」

「小隊長の務め、兵の使命。……人が戦うためには何かと根拠が必要なの、カエデだって分かってるんでしょ?」

「それはそうだけどよぉ……」

「いくら同じ小隊のクラスメイトだからって、決意に踏み込む権利は無いわ。リオンがああ言ったってことは、何かの決意、決心があったってこと。……それを否定するのは、それこそ仲間がすることじゃないよ」

「……案外冷たいんだな、ミコトは」

「私が冷たいってより、カエデが熱過ぎなんじゃない? そういうとこ好きだけど」

「あたいは別に。そんなんじゃねーよ……」


 チッ、と舌打ちをしたカエデに、休憩中のアタッカーたちが声を掛けた。


「カエデ姐さん、おっかえりー!」


 銃のメンテナンスをしていたヒマリが、顔を上げてカエデを出迎えた。

 その声に釣られて顔をあげたユイナが、今後について質問を投げる。


「んでカエデ姐さん、あーしらはこれからどうするんです?」

「あー、何人かあたいとミコトに付いてきてくれ。1Dの落とし物を拾いに行く」

「あーしパース!」

「あたしもパス!」


 カエデの言葉に、ユイナとサキの二人が声を揃えて即座に意思を表明する。


「アホか。んなこと許すわけねーだろ。特にユイナ、てめぇは絶対に同行させるぞ」

「えー! なんであーしなん! あーしバックファイヤでゲロって瀕死なのに!」

「勝手に栄養剤を使ったんだから当然だろうが。……もうすぐ管理局の奴らが非正規品を回収に来る。強化薬を無断使用したおまえを見つけたら……一体、どんな未来が待ってるんだろうなぁ~?」


 ニヤニヤしながら未来予想を語るカエデに乗っかり、喉を鳴らしてミコトが続ける。


「データ収集のための健康診断って名目であちこち弄られるかもよー? 噂ではケツの穴に棒を突っ込まれてグッチョングッチョンにされるとか?」

「……あーし、姐さんについてくわ」


 心なしか顔を青ざめさせたユイナが、傍らに置き捨てていた銃を掴むと、勢いよく立ち上がる。


「サキ、付いてきて」

「はぁっ!? あたしを巻き込むんじゃねーよ。一人で行け」

「付いてきて! おーねーがーい!」


 プクッと頬を膨らませながら、ユイナは涙目になってサキに同行を頼み込む。


「はぁ~……わーったよ」


 観念したのか、大きく溜息を吐いたサキが銃を持って立ち上がる。


「うっし。それじゃあたいらは出るから、ミト、あとはよろしくな」

「ん。サヨちゃんに任せるから大丈夫」

「……バカですかミトさんバカですか。あなたが頼まれているのに、どうして私が任されなければならないんですかミトさんバカすぎです」

「あははーっ、まぁ残りの面子を見れば、サヨっちぐらいしか頼りになりそうな子、いないしねー♪」

「ヒマリさん。本来ならアタッカーチームのエースである貴女が他のメンバーを指揮するべきでは?」

「んー……だってヒマ、バカだし無理かなー」

「ならカザがやるやるー!」

「良いからあんたは黙ってなさい。バカザリ」

「むー! リンカちゃん、またカザのことバカにしたー!」


 口論するRBコンビの姿に、サヤは眉根を顰めて嘆息を零した。


「はぁ~……まぁそうですね。バカばかりでしたね2Cは。分かりました」

「えへー♪ やっぱりサヨっちは頼りになるなー♪」

「ん。頼りになる」


 二人の称賛を受けても顔色さえ変えず、淡々とした様子で指示を出す。


「ヒマリさんとミトさんは撤収準備を進めてください。リンカさんカザリさんはケイコさんのフォローを頼みます。アキさんはどうやら落ち込んでいるようなので、そこに座って好きなだけ落ち込んでおいてください」


 先ほどから一言も話さず、膝を抱えて頭を垂れていたアキは、サヨの指示にも答えることなく、その場に蹲っていた。


「まぁあまり気にしなくても良いです。ああいうこと、戦場では良くあることなんで。好きなだけ落ち込んで、自分一人で立ち直ってください」

「サヨっち、言い方きついってー」

「優しくするつもりはありませんから。ですが責めるつもりもありません。戦場で漏らすなんてこと、状況によっては誰にでも起こることです。ですからそれを一々、落ち込んで人に慰められて立ち直るなんて面倒な手順プロセスを踏むこと無く、どん底まで落ち込んでから自分一人で立ち直ってください」


 淡々とした調子で言ったサヨは、他の仕事に従事するためにその場を立ち去った。


「まぁサヨちゃんの言うことも間違いじゃないよ」


 ミトの論評に、ヒマリは頭を掻きながら答える。


「それはそうだけどさー。サヨっち言い方きついんだってー」

「口調はきついけど、サヨはあれでちゃんと気を遣ってるでしょ」


 ミコトの指摘に、ヒマリは釈然としない表情をしながらも頷きを返す。


「まぁそれは分かるんだけどねー……」

「なら、あとはアキ次第よ。……頑張ってよ、アキ」


 ミコトの声にぴくりと反応を示したアキは、だが顔を上げることは無かった。


「うっし。今度こそ本当に出発だ。ユイナ、弾倉忘れんなよ」

「へーい」




 カエデたちが1D小隊が遺棄した物資の回収に向かってしばらく後――。

 2C小隊の拠点に、一台の装甲車両が姿を見せた。

 車体を幾何学模様の都市迷彩で塗装し、天井部にはいくつものレーダー機器を備えたその車両は、ボディ側面に特徴的なマークが描かれていた。

 背後に世界樹を背負うフィークス――つまり無花果イチジクの半身。

 そのマークこそ『地球聯合政府直属・人類種保管管理局』を示すマークだった。

 政府を構成する内政機関である統治局や、インセクターから人類を防衛する統合幕僚監部とそれに属する陸・海・空の三軍からも独立し、インセクターを徹底的に分析・研究し、人類の生存のために進み続ける――。

 それが管理局と通称される組織の実態だ。

 だが時に三軍を無視し、時に非人道的な方法を採用してインセクターの研究を進め、しかもその研究結果に関して秘匿している管理局に対し、他部署の視線は冷たい。

 そういった精神的隔絶がある管理局の職員の一人が、第十三高戦の生徒であるケイコの前に降り立った。


「第十三高戦2C小隊所属、ケイコ・ハイモトであります!」


 職員に所属と名前を伝え、ケイコは緊張した面持ちで敬礼する。

 だが管理局の職員は、そんなケイコの敬礼を一瞥しただけで答礼せず、淡々とした口調で用件を伝えた。


「特殊な甲虫丙型が出たとの情報があってきた。死骸はどこにある?」

「はっ、ここより二キロほどいったところに遺棄しております。許可頂けるのであればご案内致しますが……」

「必要ない。……おい」


 職員が背後に控える下っ端らしい職員に指示を出すと、その下っ端職員たちが一斉に走り出す。


「あの、保護した非正規品も管理局に引き渡す命令を受けているのですが……」

「分かっている。……連れて行け」


 オドオドとした表情を浮かべてケイコの側に控えている二人を一瞥し、他の者に命じた管理局の職員は、ケイコの姿をなめ回すように見つめた。


「ケイコ・ハイモト、と言ったか。貴様には後日、管理局への出頭を命じる。必ず出頭するように。いいか。これは最優先事項だ」

「はっ!」

「宜しい」


 自分の言葉に素直に従ったケイコの姿に満足したのか、口元に歪んだ笑みを浮かべた職員は踵を返すと、乗ってきた車両に姿を消した。


「はぁ~、緊張したぁ……」


 拠点を後にした車両を見送った後、ケイコは痛む腹をさすりながら、近くにあった物資の上に腰を下ろす。


「お疲れ様でした、ケイコさん」


 フォローのために隣に居たリンカが、労いの言葉と共に水筒を差し出す。

 感謝を伝えながら受け取ったケイコは、心を落ち着かせるために水筒を呷った。


「それにしても。管理局の職員っていうのはいけ好かない態度を取りますね」

「高戦生よりも上位に位置するっていうのは間違いないしね。……まっ、私たちみたいな使い捨ての駒には関係無いことよ」

「それもそうですね……」

「それじゃリンカとカザの二人は、サヨのフォローに戻ってあげて。私はそろそろ限界だから追いモルヒネして寝ておくわ」

「お大事に」


 リンカの労いに片手をあげて答えたケイコは、取り出した錠剤を口に放り込み、輸送車の中に消えていった。


「カザ。サヨさんの手伝いに行くわよ」

「へいへーい」


次回、11/24 AM4時更新予定

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る