第11話「手を汚す覚悟」

 戦闘指揮車両CCVが待機している拠点に戻った2C小隊の面々は、周辺を警戒しつつ、戦闘の疲れを癒やすためにそこかしこに腰を下ろし、小隊長であるリオンからの指示を待っていた。

 そんな中、2C小隊長のリオンは、CCVの中でクラスの主要な面々と情報を交換していた。


「つまり、それまで通常型ノーマルだった甲虫丙型にコアが発生した、と?」

「そう。通説ではインセクターには生まれながらにコアがあるタイプと、その統率に従うコア無しのタイプが居るってことだったけど……」

「戦闘中、個体を撃破した後にコアが発生し、活動を再開した。つまり、その通説が間違いだったということですのね……」

「私が見た光景を考えれば、そうとしか言えないわね」

「なるほど。こちらでもあの甲虫丙型のおかしな点について、データを集めていましたから、もしかすると通説は覆ることになるかもしれませんわね」

「おかしな点ってなによ?」


 衛生兵であるデヴィの手当を大人しく受けながら疑問を口したケイコに、リオンではなくリリィが答える。


「あの甲虫丙型、他のインセクターに比べて観測されてるメルトキシンの数値がおかしかったんだよねー。通常個体ならば三百以上あるはずの数値が、あの個体に限っては三十にも満たなかったんだよー」

「つまり……どういうこと?」

「メルトキシンの数値によって、進化するかしないかが決定されるのかもってことね。戦端を開く前に調べておけば、今回のようなことは起こらないって感じかな?」


 ゼリー状の携行食レーションを摂取していたミコトが、ケイコの疑問に答えた。


「それって何の役に立つの?」

「さぁ? でも管理局のやつらは喜びそうなネタよね」

「なにそれ。あれだけ死にそうな目にあって、たったそれだけ?」

「それだけね」

「はぁ~……私って貧乏神にでも憑かれてるのかな……」


 がっくりと項垂れたケイコの姿に、ミコトは思わず笑いを零す。

 ――そのとき、CCVの通信機が反応を示した。


「はいはーい。第十三高戦2C小隊、CCV通信担当リリィ・ククリでーす」

『こちら作戦本部クレア・アイハラ。2C小隊、現状報告を』

「2C小隊長リオン・タカギ。現状を報告致します!」


 リオンはモニターに映るクレアに敬礼し、ありのままに状況を報告する。


「戦闘は終了。2C小隊の損害はゼロ。1D小隊はKIA戦死が一、そのほかの小隊員は心身共に消耗しており、現在、2C小隊QB拠点にて治療を行っております。なお非正規品は全員無事に保護致しました」

「了解。2C小隊は休息の後、1D小隊の生き残りを連れて帰還しなさい」

「はっ! ……あの、非正規品については如何致しましょう?」

「男性については、そちらに急行している管理局に子供と共に引き渡すように。怪我をした女性は処理せよとの命令が管理局より来ています」

「……はっ。リオン・タカギ、命令に従います」

「よろしい。無事の帰還を祈る」


 モニター上のクレアは表情を少しも変えずにリオンに答礼し、通信が終わった。


「おいおい。リオン。処理っつーのはまさか……?」


 カエデが恐る恐るといった表情で小隊長の顔を覗き込む。


「処理と言われれば、一つしかないでしょう。……壁の中が天国だというのであれば、こんなことをせずに済むのでしょうけれど、怪我をした非正規品を治療し、教育を施して一般生活を行えるように指導するような手間を割く余裕は無い、というところでしょう」

「そっか。まぁ……うん。分かった。じゃああたいが――」

「いいえ、カエデさん。これはわたくしの役目ですわ」

「……良いのかよ?」

「それが小隊長の務めですから」

「けどよ、リオンは有名な武器メーカーのご令嬢さまだろうが。その手を血で汚すことになるんだぞ?」

「あら、わたくしのことを心配して下さっているの? 珍しいこと」

「てめぇがいけ好かねぇ奴ってのは変わんねーけどよ。クラスメイトなんだから心配するのは当然だろうが。……何かを殺すってのはしんどいことなんだよ。あたいらフロントは、虫も殺すし、助かる見込みの無い仲間をこの手で送ることもあるから慣れてる。素直にあたいらに任せとけ」

「……いいえ。これは私の役目ですわ」

「ちっ、虫一匹殺したこともない小隊長さんが無理すんなよ!」

「……ありがとうカエデさん。ですがわたくしだってあなた方と同じ戦闘訓練を受けているのです。命令はきちんと遂行致しますわ」

「そういうことを言ってるんじゃ――!」

「はいはい、カエデ少し落ち着きなって。リオンが自分でやるって言ってるんだから、任せておけば良いんだよ」

「けどよ!」

「皆、それぞれ覚悟を決めて兵士なんてことやってんだよ。私も、カエデも。それはリオンだって同じってことでしょ。私たちにその気持ちを否定する権利なんて、これっぽっちも無いんだから」

「くっ……わーったよ」


 ミコトの仲裁を受け、カエデは口に出掛かった怒声を無理やり飲み込んだ。


「リオン。処理は任せるわ。私とカエデは拾得物の回収と撤退の準備をしとく。ケイコは後から来る管理局の相手をお願い」

「ええっ!? 私、一応、怪我人なんだけど! しかも肺に穴が空いてて、結構重傷なんですけど!」

「ははっ、いけるけるケイコなら行けるって。ね、お願い」


 ミコトに両手を合わせて頼み込まれ、ケイコは渋い表情を浮かべながらも結局は了承するしかなかった。


「はぁ~……ミコトには命を救われてるし。分かった。やるわよ、もう……」


 貧乏くじだぁ、と文句を言いながらも、ケイコは傷ついた身体で椅子から立ち上がり、CCVから出て行った。

 その後ろ姿を見送ったカエデは、念を押すようにリオンに声を掛けた。


「本当に良いんだな?」

「くどいですわ」

「分かった。……行くぞミコト」

「了解。じゃああとはよろしくね。リリィ」

「ブ、ラジャー!」


次回、11/23 AM4時更新予定

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