第10話「コア」
リオンの無茶振りに強い口調で答えたケイコは、空中のテントウムシに注意を払いながら、ランドギアの設定を変更する。
「出力配分を変更、緩衝シールドをコクピットユニット前面に集中展開! 身体張って止めてやるわ! 但し、私が死んだら化けて出てやるから覚悟しなさいよリオン!」
半ばやけくそ気味に叫んだケイコが、
「来い、クソムシ!」
その場に仁王立ちし、敵の突進を誘うように両腕を広げた。
完全にその場に立ち尽くした
「ぐっ……!」
巨大な質量の直撃を受け、ケイコはランドギアのコクピットの中で呻きを漏らす。
その口端から血を溢れ出ているのは、肺を損傷した証左だろう。
「くくっ、捕まえたわよ……!」
吐血を気にすることもなく、鬼気迫る様子で笑ったケイコが、ランドギアの腕を動かしてテントウムシを地上に叩きつけた。
「お望み通り止めてやったわよ! カザ! 外したら承知しないから!」
『もちもちろんろん! 絶対当てる!』
T-LINKを通してカザリの声が届くと同時に、複数のミサイル発射音が通信機を通してケイコに届いた。
『十秒後、着弾します。カウントダウン。八、七、六……』
リンカのカウントダウンを引き継ぐように、ケイコがカウントを継続する。
「四、三、二……離脱っ!」
背後から迫るミサイルの警告音がけたたましく鼓膜を叩くのとほぼ同時に、ケイコは甲虫から飛びすさった。
その直後、十発のミサイルの爆発音が周囲に鳴り響き、爆炎が立ち上る。
「は、ははっ、ど、どうよこのクソムシめ!」
胸部の痛みを堪えながら、ケイコは直撃を受けて炎上する甲虫に対して毒を吐いた。
『こちらリンカ。全弾命中を確認しましたが、そちらの状況は?』
「こちらでも命中を確認したわ。甲虫丙型は沈黙。……はぁ、ありがとう、リンカ」
『ちょっとちょっとちょっとー! 当てたのはカザなんだからね!』
「はいはい、カザもありがとう。……でも今度は最初からキチンと援護して欲しいわ」
『もちもちろんろん! カザにお任せだよー!』
「はぁ……。まぁ良いわ。QB、こちらアンカーA、ケイコ・ハイモト。甲虫丙型を撃破――えっ? なにこれ?』
CCVに撃破報告を行おうとしていたケイコの視界に、眩い光が飛び込んでくる。
光は甲虫から発せられており、今まで微動だにしなかった甲虫の死骸の内部で、小指ほどの大きさの"何か"が蠢く様子が見て取れた。
「な、なによこれ……!」
甲虫の表皮の直下で動いていた"何か"は、やがて頭部に移動したと思うと、その大きさを倍々にしていった。
「なっ……っ!?」
事態の急変に、ケイコは驚きの声を漏らすことしかできずに立ち尽くす。
その目の前で、"何か"がその正体を現した。
甲虫頭部の表皮を破り、人の形をしたものがテントウムシの頭部に姿を見せる。
女性の姿形をしたその器官は、目を見開くと耳をつんざく高音で咆哮を放った。
「ひっ……!」
ランドギアのセンサーを通して聞こえてくる咆哮に、ケイコは思わず悲鳴を上げる。
『ケイコさん、どうしました? ケイコさんっ!?』
通信から聞こえるリンカの声。
その声を聞いて我に返ったケイコが、後退りながら震える声で報告する。
「こ、コア! 甲虫丙型にコアが発生! たった今、私の目の前で進化したわ!」
『どういうことですのケイコさんっ!?』
ケイコの報告を確認するリオンの声に、
「そのままの意味! 撃破したはずの甲虫の中から人型のコアが出てきたのよ!」
きつい口調で返したケイコが、ランドギアを操作して攻撃を開始する。
「コアのある個体相手は、私一人じゃ重荷過ぎるわ! すぐに援軍を寄越して!」
『ストライカー、アタッカーともにすぐには動けませんわ!』
「私に死ねって言うの、リオンは!」
『そんなこと言っていないでしょう! 何とか持ちこたえて――』
激しく言い合う二人に割って入るように声が届く。
『大丈夫。私が何とかするわ』
『ミコトさん! 何とかって、どうするおつもりですの?』
『まぁそれは内緒ってことで。リリィ、目隠しお願い。アレを使うわ』
『アイアイサー♪』
「何でも良い、早く何とかしてちょうだい!」
『
「了解したわ。頼むわよ、ミコト……!」
通信を切ったミコトは腰に下げたハードポーチの中から、一発の弾丸を取りだした。
「姉さん、それは?」
「んー? リリィが色々と手を回してゲットした特殊な弾丸よ。通称、殺虫剤だって。まだ試作品らしくて、第一高戦に数発納入されただけみたいだけど」
「第一に? エリート中のエリートが集められる第一高戦だけに納入された試作品、ですか。……リリィはよく手に入れましたね」
「まぁあの子に掛かれば、電子ネットワークなんてただの遊び場だしね。ちょこちょこと情報を弄ってゲットしたんだよーって、嬉しそうに笑っていたわ」
「あの子はまた勝手なことをして……姉さんに迷惑が掛かったらどうするつもりでしょう。全く……」
「ははっ、迷惑なんていつでも掛けて良いんだよ。私たちは姉妹なんだから」
「はい……」
ミコトの言葉に頬を染め、ユリィは嬉しそうに頷いた。
「じゃあ始めましょう。観測は無しでいいわ。T-LINKは切断するから周辺警戒をお願いね」
「T-LINKを切断するということは、データが残らないように? ああ、なるほど。リリィに
「そういうこと。頼むわよ、ユリィ」
「はい!」
返事をしたユリィに微笑みを返したミコトは、弾丸を弾倉に手早く装填し、腹ばいになって射撃体勢を取る。
「コアが発現した個体は知能を持つ。環境を克服するために知恵の実を囓って進化するのはインセクターが生きたいと願っている証拠……私にはそんな風に思えるわ」
「生きたいという欲求は自然なものですから……」
「そうね。だからこそ私たちも負ける訳にはいかない。インセクターが生きたいと思っているのと同じように、人も生きたいと藻掻いてる。時々ね、考えることがあるの。どうしてこうなっちゃったんだろうって」
「……」
「そしていつも一つの答えに行き着くのよ。あいつのせいだってね」
「……はい」
姉であるミコトの呟きに、ユリィは同意を示すように小さく頷いた。
「いつか必ず、私はあいつに復讐する。母さんの仇を取るために」
「はい。姉さんのお手伝いをするのが私とリリィの使命……いいえ、私たちがやりたいと思うこと。夢なんです」
「……ごめんね、ユリィ。迷惑を掛けちゃって」
復讐の片棒を担がせてしまう。そしてそれを夢だと言わせてしまう。
そんな自分の不甲斐なさに唇を噛みながら、ミコトは謝罪を妹に伝えた。
「私たちは姉妹……ですよね、姉さん。ならそんなこと言わないでください」
微笑みを浮かべたユリィの言葉に、ミコトは肩の力を抜いた。
「そうね……私たちは姉妹。私たちは家族。たった三人だけの、ね」
確かめるように呟いたミコトは、ゆっくりと引き金を引いた。
撃針がリムを叩き、重く弾けた音を放ちながら銃弾を発射する。
マズルブレーキが閃光を放ち、発射された銃弾が宙を直進し――甲虫の人形コア、そのこめかみを撃ち貫いた。
「ヒット。ヘッドショット。目標は未だ停止せず」
「頭を打たれても死なない、か。さすがにインセクターの生命力は凄いわね」
「ですが藻掻き苦しんでいるようです。あの様子なら活動停止も時間の問題でしょう」
「ということは、殺虫剤が効いたかな?」
「様子を見るに銃弾によるダメージではなく、体内の異物質による悶絶のようですから。一定の効果があったのでは、とユリィは推測します……あ、たった今、甲虫丙型、活動停止を確認しました」
「確認ありがと。ふむ……第二フェーズの虫にもある程度は使えそうね」
「はい。ですが第十三高戦に配備されるのはいつ頃になるか……」
「まぁ私たちってば使い捨ての落ちこぼれ兵士だしねー。その辺りはあの婆さんやクレア教官たちの政治力に期待しましょ」
肩を竦めたミコトのT-LINKに、ケイコの声が飛び込んでくる。
『ミコトぉ! ありがとう! 助かったぁ!』
「無事で何よりよ、ケイコ」
『ミコトのお陰よ。まさか戦闘の最中に進化するなんて思いもしなかったから……』
「ご愁傷様」
『へっ? なんでご愁傷様なのよ? 私、ちゃんと生きてるわよ?』
「希少な事例が目の前で起こったんだから、本部やら管理局やらの尋問は決定したようなものでしょ? だからご愁傷様」
『ああ! 確かにそうね……うわー、メンドクサイもうーーっ!』
「あははっ、まぁ命拾いした代償とでも思うしかないわね」
『それはそうだけどさー……!』
不満そうな声を漏らすケイコの声を遮るように、他のフロントチームから続々と戦況の報告が届き始める。
『こちらストライカーA、カエデ・タカマチ。アンカーB周辺の敵を全て撃破。当方に損害無し』
『こちらアタッカーチーム、アタッカーB、サヨ・アマシタ。周辺のアブラムシを全て撃破。損害はユイナさんがゲロに塗れて失神。その他の損害は無し』
『こちらQBリオン・タカギ。周辺に敵影を認めず。戦闘終了と判断。フロントチームは1D小隊及び非正規品を護衛しつつ拠点まで後退を。バックスも後退してください』
『RB、了解』
「
リオンの指示に答えたミコトが、愛銃を手に立ち上がる。
「さぁユリィ。みんなのところに帰りましょ」
「はい姉さん!」
次回、11/22 AM4時更新予定
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