第8話「それぞれの関係」

 サヨの報告が入った直後、CCVの中ではリオンが荒ぶっていた。


「また私の指示も聞かずに暴走して! 何を考えていらっしゃるのかしら!」


 抑揚を抑えていた返答時の声音とは違う、怒りに満ちた声でリオンが吐き捨てる。


「お嬢様、あのビッチの処遇はどうしましょう? 惨殺ですか? 毒殺ですか? 私のおすすめは絞殺です!」

「ま、まぁまぁリオンちゃん落ち着いて。あとデヴィちゃんは煽らないの」

「これが落ち着いていられますか! 本来ならば強化薬ブースターの使用は作戦室長、私たちの場合はクレア教官の許可を得なければ使用してはいけない規則なのです! それを無断で使用するとは……!」

「だ、大丈夫大丈夫。サヨちゃんはビタミンBって2Cだけの隠語で報告してくれたし、リオンちゃんも強化薬だって明言した訳じゃないでしょ? 音声録音器レコーダーに残っていたとしても違反にはならないって!」

「そういう問題ではありませんわ!」

「でもレコーダーならリリィが改竄できるし、作戦室にだってバレないと思うよ?」

「バレるバレないの問題ではありませんの。強化薬は薬剤によって一時的にDNAを書き換え、感覚器官、肉体強度、異能力の強化を行う禁忌の薬物。しかも使用後には耐えがたい反動があるのですから、そんなものを小隊員に使わせたいと思う小隊長が居るとお思いなのですか?」

「……もしかして、リオンちゃんはクラスメイトを心配をしてるの?」

「それ以外に何があるのです!」

「……うん、そうだね。リオンちゃんの怒りはもっともだとリリィも思うな」


 小隊長の意外な側面に、リリィは微笑みを浮かべて共感を返した。


「はぁ~……あなたに当たっても仕方ありませんわね。リリィさん、無礼をお許しくださいな」

「大丈夫だよ。全然気にしてないから! ……でもどうして許可を出しちゃった?」

「どうせ許可を出さなくてもユイナさんは無断で使用したでしょう。であるならば、小隊長の責任で使用許可を出した事にすれば、彼女が罰せられることは無くなります。わたくしだけが罰せられるのであれば、色々とやりようがありますから」


 はぁ、と溜息を吐いたリオンは言葉を続ける。


「ともかくレコーダーの改竄は禁止ですわ。作戦室より状況説明を求められた場合は、小隊長であるリオン・タカギが許可を出したということにしておいてくださいまし」

「うん。リオンちゃんの言う通りにするよ」

「頼みますわ」

「くぅ……さすがお嬢様……! 気高きお心、デヴィは感服致します……!」


 二人のやりとりを聞いていたデヴィが、感極まったように涙を流す。


「小隊長として当然のことです。リリィさん。ユイナさんの状況を全員に通達。できる限りフォローするように伝えてください」

「ブ、ラジャー!」




「うへへへへっ! たかが雑魚虫があーしの邪魔するからそうなるだってのー!」


 戦場を常人離れした速度で移動しながら、ユイナはアサルトライフルを乱射する。

 襲いかかってくるアブラムシを、時に殴り飛ばし、時に蹴り倒し、次々と屠っていく様子は、まるで狂戦士バーサーカーのようだった。


「うわー、相変わらず強化薬の効果はテキメンだねー」

「バカみたいに口を開けて何を言ってるんですか。全く……サキさん、ユイナさんの後始末はあなたに任せますから」

「ユイナのランクってどれだっけ?」

「クラス名簿にはDと表記されていたはずです」

「Dか。じゃあ反動バックファイアがかなり来そうだな。……しゃーない。後始末はあたしがする」

「おおっ! 麗しきビッチ愛じゃーん!」

「うっせーよヒマ。てめぇはさっさとアブラムシの数を減らせよ。早くと止めないとユイナの反動が酷くなる一方だ」

「ラジャー! んじゃ、サヨっち背中よろしくねー」

「はぁ。やっとやる気になりましたか。背中は守りますから好きに動いてクソムシどもを処理してください」

「ご褒美はー?」

「考えておきますよ、バカ」

「やったねー♪ それじゃヒマリ・カドマ、吶喊しまーす!」


 和やかな口調で宣言したヒマリが、鋭い動きでアブラムシに肉薄すると、弱点である頭頂部に向けて引き金を引いた。

 タタンッ、と軽やかな三点バーストの発射音が響く。

 発射された弾丸は的確に虫の頭を破砕し、生命活動を停止させる。


「スコアゲットー♪」


 弾んだ声で言いながら、ヒマリは次の標的に向けて引き金を引く。

 発射する弾丸は同じく三発だけだった。

 ヒマリはそのたった三発だけで虫たちを死骸に変えていく。


「……ったく、さすがエース様だよ、ヒマは」


 強化薬を使ったユイナほどでは無いにしろ、ヒマリの動きは速く鋭い。

 だがそれは他者より動き出しがほんの少し早く、他者より一歩の距離が少し長い程度に過ぎないものだ。

 しかしヒマリは最小の動きと最小の弾数で確実に敵を屠っていく。

 それがアタッカーチームの中でエースと呼ばれるヒマリ・カドマの実力だった。


「あいつの照準力エイミングはどうなってんだよ。化け物か」

「エイミングだけではないですよ。ヒマリさんの武器は判断の速さと視野の広さ。戦場全体を俯瞰し、高効率で撃破できる標的を見つけて、最高効率で確実に撃破する。それこそがヒマリ・カドマの真骨頂なんです」

「饒舌だねぇ。やっぱ付き合ってんでしょ、二人」

「プラトニックなセフレですよ。私、バカは嫌いなので」

「ほーん……まぁそういうことにしとく」

「そういうことですから」

「はいはい。……んじゃサヨ、あたしらも続くか」

「ええ。さっさと掃除して、ユイナさんを落ち着かせましょう」


次回、11/18 AM4時更新予定

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