第7話「戦闘開始」

「ヒュー……相変わらず凄い腕だぜ」


 目の前で頭を撃ち抜かれ、一瞬の内に生命活動を停止した敵を見て、カエデが思わず手放しの称賛を零した。


「ん。助かる」

「だな。よし、アタッカーはアブラムシに集中! ミコトの標的情報はT-LINKで共有されてっからタゲ被りして無駄弾撃つなよ!」

「了解っすけど、姐さんはどうするんっす?」

「あたいとミトは前に出てテントウムシの足止めに集中する。おい、ケイコ!」

「なに!」

「あたいら二人じゃどこまで足止めできるか分かんねぇ。頼むぜアンカー!」

「任せておきなさい!」


 群がって飛びかかってくるアブラムシを振り払い、ケイコが搭乗する強化外骨格ランドギアは駆動音を響かせて前に出る。


「アキ、もっと前に。ランドギアに乗ってる私たちが前に出なければ、生身を曝しているストライカーの二人を守れないわ」

「は、はい……!」


 ケイコの指示を受け、後方を歩いていたランドギアが駆け足で前に出る。


「怖いのは分かるけど、アンカーが恐怖に囚われてしまったら、他の仲間が死ぬの。それこそ紙のように引き千切られてね」

「ひっ……」

「虫に食われて無残に死ぬ仲間を見たくないのなら、恐怖を感じていても踏ん張らないと。……一緒に頑張りましょう、アキ」

「は、はい……」


 ケイコの言葉に、アキは力無く応える。


「おまえがあたいらを守ってくれるように、あたいらもおまえを守る。……一人で戦ってんじゃないんだっことだけは忘れんなよ」

「が、がんばります……!」


 ズレた返答をするアキに向かって、言葉を続けようとしたカエデは、だが思い直して口を噤んだ。


「おう、まぁ頑張って生き残ろうぜ。お互いにな!」

注目アテンション。前方上空に敵影」

「おうよ。ケイコ、準備は!」

「大丈夫よ。カエデとミトの二人は下がって。私たちが前に出る」


 ケイコの言葉が終わるのを待たず、空中を滑るように飛来したテントウムシの化け物が、ホバリング状態で四人を見下ろしていた。


「頭を抑えられるってのは、何度経験してもむかつくぜ」

「はぁ~、対空兵装欲しいわ……」

「第四の放棄物資にあるかも?」

「ほんとかよミト」

「……あったらいいな」

「願望かよ! はっ、まぁそれもこれも生き残ってから考えようぜ」

「ええ。アキ、バックアップお願い!」

「は、はいっ!」

「行くわよ! 戦闘開始オープンコンバット!」




「アタッカーチームに報告。1D小隊、損害1。なおストライカー、アンカーともに丙型と接触。戦闘を開始」


 アサルトライフルを打ちっぱなしながら、サヨが端的に情報共有する。


「サヨっちサンキュー! ヒマたちはこのまま小物をキルしてスコア稼ぎしとこー」

「うぇーい」


 ヒマリの指揮にやる気のない返事をしながら、アタッカーチームはアサルトライフルをぶっ放し続ける。


「なぁなぁヒマー」

「ユイナ、どしたのー?」

「アブラムシ、やけにアキに集ってね?」

「ほんとー? ……あ、ほんとだ」


 全高1.2メートル、全長2メートルほど。

 アブラムシに酷似した姿形フォルムを持つインセクターに群がられているアキは、まるで駄々っ子のようにランドギアをバタつかせていた。

 その様子を見てサキが理由に思い至ったのか、棒付きキャンディーをカリカリと噛みながらボソッと呟く。


「あー……あいつ、漏らしたんか……」

「ちょ、マジっ!? ヤバくないそれっ!」


 サキの呟きを耳ざとく捉えたユイナが、悲鳴にも似た叫びを上げた。


「本当に漏らしてたらってだけだからな! もしかしてってだけだから、あまり騒ぐなよユイナ! アキが可哀想だろ!」

「で、でも、もし本当に漏らしてたら……」

「尿に含まれる成分、特に女性ホルモンの匂いが引き金となり、インセクターが敵性体の雌を排除するために狂乱状態に陥る、通称『暴走状態スタンピード』が始まりますね。全く……バカみたいな現実、くそ食らえなんですが」

「ヤッバ! まじヤッバ! もし暴走状態になったらヒマたちやばくないっ!?」


 深刻なのか、ただ単にテンションが上がっているだけなのか、見分けが付かないヒマリにサキが答える。


「まーヤバイだろね。単純に見積もっても虫どもの脅威度が二百パーセントぐらい上がるって話だし」

「はぁ~……全く、バカみたいなパワーアップですね。こいつら何なんですか。ゲームだったらクソバランスって叩かれて終了するクソゲーの敵キャラですよ」


 無表情で罵倒しながら、サヨは引き金を引き続ける。


「……あーし、たった今、予備弾倉も無くなったから後退するわー」

「おおいてめぇ、ユイナ! 何一人だけ逃げようとしてんだよ!」

「いやいや、別に逃げようとはしてないって。でも弾が無ければ戦えないしー。戦えないあーしなんてただの足手まといだしー」

「その点は大丈夫です」


 そう言うとサヨがユイナに何かを投げた。

 反射的に受け取ったユイナが、絶望に染まった表情でサヨを見返す。


「私の予備弾倉をあげます。残念でしたねバカユイナさん」

「ちょーっ! そういうことするっ!? 普通、そういうことするっ!?」

「あははー! サヨっちを騙そうなんてするからだよユイナー」

「けけっ、ザマァ!」


 仲間たちから嘲笑を浴びせられたユイナが、観念したのかキレたのか、雄叫びのような声を上げながら、腰帯ベルトから掌サイズのペンのようなものを引き抜いた。


「あああーっ! ホントむかつく! もう良い分かった! 虫なんてあーしが全殺ししてやるっての!」

「ちょ、待てバカ! 強化薬ブースターの使用許可は出てないだろ!」

「んなもん知るかバカぁ!」


 引き抜いた一体型の注入器を腕に突き刺し、アンプルに満たされていた蛍光色の薬液を注入した。


「……やっちまった」

「うわっ! ユイナっち、やるぅ!」

「やるぅ、じゃないですよヒマリさん。全くバカですか確認するまでもなくバカですね、どうするんですか」

「あー……サヨっち、報告お願いー」


 上目遣いで相棒を見つめたヒマリが、コテンッと首を傾げて懇願した。


「……はぁ~」


 一際大きく溜息を吐いたサヨは、T-LINKを操作して小隊員全員に向かって警告を発した。


「こちらアタッカーBサヨ・アマシタ。状況変化を報告。アンカーBアキが蜜を零したと推測。インセクターの暴走に注意。あと……アタッカーCが先走って栄養剤ビタミンBに手を伸ばしています。小隊長、指示を」

『使用を許可します』

了解コピー。アタッカーは引き続き、アブラムシ制圧を続ける」


次回、11/17 AM4時更新予定

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