第6話「花と虫螻」

「うっし、各員戦闘開始! あたいとミトが前に出る! アタッカー共はしっかりキル数積み重ねて撃破報奨金スコアボーナスを稼いでくれや!」

『うぇーい』


 通信端末を通して返ってくる、やる気の感じられないアタッカー陣の返事は、2C小隊にとってはいつものことだ。

 やる気が見えないながらも、なんだかんだ結果を残すアタッカー陣を、カエデは口でなんと言おうが信頼していた。

 そして信頼している仲間がもう一人。

 相棒として背中を任せるミト・ツキノワと共にカエデは一歩前に踏み出した。


「ミト・ツキノワ、前に出る」


 対照的なテンションの二人が重火器を構えた。

 照準の先には敵――虫の集団が姿を現すであろう方向に向けられていた。

 臨戦態勢を整えた少女たちの間にピリピリとした緊張が走る。

 そして――一人の悲鳴によって戦いの火蓋は切って落とされた。


「や、やめ……ぎゃぁぁぁぁ!」


 武装した五人の少女と三人の非正規品が姿を現したところで、集団のしんがりを務めていた少女の一人に虫がのし掛かった。


「あ、あ、やだ、死にたくない、死にたくないぃぃ!」


 悲鳴を上げながら、携行する銃の引き金を引き、のし掛かる虫に向かってフルオートで発砲する。

 だがそれも束の間だった。

 動けない少女に向かって虫がたかり、口器から管のようなものを伸ばして少女の身体に突き刺した。


「あ、ああ、が……」


 絶望に満ちた声を漏らした少女の顔は、みるみるうちに痩せ細り、やがてミイラのように枯れ果てる。

 少女の体液を全て吸い尽くした虫たちは、次の獲物を探すように触覚を動かし、1D小隊の追撃を再開した。


「早く……早く助けてよぉ!」


 しんがりの少女が無惨な姿にされたことで1D小隊の少女たちは恐慌に陥ったのか、縋るような悲鳴を上げながら一目散に逃走を始めた。

 すでに迎撃準備を整えていたカエデたちの前にバラバラと走り寄る。


「っておいおい! 第四のバカらが邪魔だ! リリィ、射線から離れさせろ!」

『いやぁ、何度か呼びかけてるんだけど反応しなくてねー。無理かも』

「味方の射線を遮って逃げるとか、第四はプロの素人作ってんじゃねーよ!」

『あははー! その表現いいなー。リリィ好きだよそれ』

「そういうこと言ってんじゃねーよアホ! どうすんだよこれ、このままだと盛大に巻き込んじまうぞ!」

『んー、リオンちゃんどうする? T-LINKのカメラ映像、弄っちゃえばリリィたちが殺ったってのはバレないけど?』

『お止めなさい。……カエデさん、臨機応変に対応してくださいな』

「丸投げかよ!」

「時間がありませんからね。大丈夫。何とかしてくれると信じていますわ」

「無茶言うなよなぁ……まぁ分かったよ。何とかする」


 溜息を吐いたカエデは、すぐに相棒であるミトに声を掛けた。


「ミト、近接戦に変更すっぞ!」

「ん」


 二人は構えていた重火器をすぐに近接武器に持ち替えた。

 カエデは巨大な戦槌を構え、ミトは身の丈以上の長刀を抜き放つ。


「ミト、防臭フィルター、カットするぞ」

「ん。女の敵はメス。種が違えどもその真理は同じ」

「そういうこったな。虫螻むしけらどもは女を発見すると排除するためにうじゃうじゃと群がり寄ってきやがる。ま、それをぶっ殺すのがあたいたちの役目ってことだ」

「ん。殺っちゃおう」

「へっ、いい返事だ! 防臭フィルター解除! おらぁ、あたいらの匂いに釣られてこいやクソムシ共が!」




 フロントチームが戦闘を開始した頃、後方の狙撃地点にいるミコトとユリィは、援護の準備に入っていた。


「姉さん。カエデさんたちフロントチームが交戦を開始しました」

「ん。ありがと。スコープでも捉えてるよ」

標的選択ターゲッティングはどうされますか?」

「今回は数も多いし、ユリィに任せるわ。T-LINKで共有して」

「了解です。全力で姉さんの狙撃をサポートします……!」


 無表情ながらもほんの少しだけ頬が上気しているのは、姉の要請に応えようとして気合いが入っているからだろう。

 人ならざる遺伝子のお陰で強化された視力をフル活用して戦場を見つめるユリィの視界に、予期せぬ光景が飛び込んできた。

 それと同時に主戦場から遠く離れていても分かるほどの爆音が聞こえてくる。


「なに?」

「どうやらカザさんが先走ったようです」

「あちゃー……インカムのボリューム下げないとやばそうね」

「ですね」


 二人して通信端末のボリュームを下げたところに、怒髪天を衝くようなリンカの声が飛び込んできた。


『だから勝手に撃つなって言ってるでしょ! 何考えてるの、このバカザリ!』

『だ、だってロックオンしたんだもん! ほんとにしたんだもん!』

『だったらどうして外れるのよ!』

『そ、それはほら、きっとあれだよあれ。その……き、きっとファウスト改ちゃんがリンリンに怒られてばっかだからスネちゃったんだよ! うんうんきっとそう!』

『言うに事欠いて私のせいにするっていうのっ!? もう良い! これ以上バカザリの面倒は見切れない! 今死ねすぐ死ね私がコロス!』


 聞きようによっては痴話げんかのようなやりとりが、T-LINKを通して小隊全員の耳に届く。


『うっせーぞリンカぁ! こっちは絶賛戦闘中なんだよ! でかい声出してフロントチーム全員殺す気か!』

『そんなのバカザリに言ってください! 私はもう知りません!』

『おいカザ! リンカが拗ねちまったじゃねーか! てめぇ何したんだよ!』

『カザ、リンリンちゃんの観測情報を待たずに撃っただけだもん!』

『それだよそれ! おまえあれほどバカスカ撃つなって言っただろうが!』

『だからカザはバカでもスカでもないんだもん!』


 通信端末から垂れ流されるかみ合わない会話に、


『いい加減になさい! RBライトバックリンカさん、状況報告!』


 しびれを切らしたのか、小隊長であるリオンの怒声によって遮られた。


『バカザリが全弾発射。戦果ゼロ。次弾装填不能。補給をお願いします』

『はぁ~……分かりました。補給を手配します。LBレフトバック、状況報告を』

「こちらは特に変わりなく。でも、まぁ何とかフォローするわ」

『お願いしますわ。RBは一時後退! それとカザさん、リンカさん。二人のことはクレア教官に報告しますのであしからず』

『なんで私まで!』

『リンリンがうるさいこと言うから照準が逸れたんだってばー!』

『また人のせいにするのっ!?』


 喧嘩を再開する二人に、リオンの怒交じりの指示が飛ぶ。


『RB、後退! HURRY UP!』

『イ、イエス・マム!』


 有無を言わせぬリオンの迫力に、RBチームの二人は即座に返答した。


『ミコト、すまねぇが援護、よろしく頼む』

「やれることはやるよ。とりあえずアブラムシの半分はこっちで仕留めるつもり。それぐらいしかできないけど、構わない?」

『ありがてぇよ。それで充分だ』

「なら、これで通信終わり。狙撃に集中するわ」

了解コピー


 カエデからの手短な返答が来て、通信機器は沈黙に戻った。


「ははっ、やっぱ2Cこのクラスって楽しいわ」

「楽しいですか? ユリィは時々、皆さんが何を考えているのか分からなくなってしまいます」

「分からないんじゃなくて、多分、みんな何も考えてないんじゃない?」

「そんなことで良いのでしょうか? 折角、生きているのに……」

「生きているからこそ、とも言えるけどね。みんな一所懸命生きてるから、目の前のことしか考えられないのよ。そういった人たちが集団で居るからこそ、その一瞬一瞬で即興劇を繰り広げる。そこが面白いって、私はそう思うけどね」

「……ユリィにはまだ分かりません」

「そっか……でも焦らなくてもいいよ。いつかユリィやリリィにも、この感覚が分かると思うから」

「感覚が分かるのですか。……まだまだ勉強が足りませんねユリィは」

「んもー、ユリィは真面目だなぁ」


 自分の無知を認めて無念そうに眉を顰める妹を、ミコトは愛おしそうに慰める。


「ゆっくりで良いんだからね」

「はい。……今は目の前のことに集中、ですね」

「そ。じゃあ標的選別、頼んだわよ」

「はい!」


 元気よく答えた妹を頼もしく思いながら、ミコトは再びスコープを覗き込んだ。


「標的A設定。南南東風速二、距離二千六百……」


 耳に届く情報を元に銃を操作する。やがて――


撃てshoot


 ユリィの指示に従い、ミコトはゆっくりと引き金を絞った。

 腹に響く音と共に12.7mmが射出され、標的だった虫の頭部に命中する。


「ヒット。ヘッドショット。標的の無力化を確認。次の標的へネクストターゲット


 ユリィの淡々とした戦果報告を受けながら、ミコトは引き金を絞り続けた――。


次回、11/16 AM4時更新予定

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