第5話「M82A1バレット改」
T-LINKの通信が終わり、ミコトは狙撃銃のセッティングを再開した。
「ジングルベール、ジングルベール、鈴が鳴る~……」
ブツブツと歌を歌いながら銃のパーツを接続していく。
ミコトが携行している銃は、いわゆる対物狙撃銃と呼ばれる代物だ。
掌ほどの長さを持つ12.7mm弾を発射でき、有効射程は三キロを誇る。
聯合政府発足前、まだ世界が複数の国家に分かれていたときに作られた名銃の、大幅改良版だった。
『M82A1バレット改』と呼称されるこの対物狙撃銃は、小型から中型のインセクターに対して充分なストッピングパワーを誇る旧型狙撃銃だ。
現在、第一高戦から第四高戦には高威力を誇る新型狙撃銃が支給されているのだが、ミコトはこの愛銃が至極気に入っており、例え新しい狙撃銃が支給されたとしても乗り換えることはないと心に決めていた。
「姉さん。敵集団を目視で確認。本地点より距離三千。バレット改の有効射程距離ギリギリのようです」
「了解。まぁそこは腕でカバーするわ」
「はい。姉さんなら必ずや仕留めることができます」
淡々とした口調で肯定したユリィは、油断することなく周囲を窺い、狙撃者の邪魔をする因子が無いか確認している。
「会敵予想時間は?」
「カエデさんたちとの会敵はおよそ十分と推測」
「他に情報はある?」
「第四高戦の生徒を確認。数は五」
「十人程度は名誉の戦死って訳ね。物資は?」
「携行装備のみで対処しているところから、放棄したと推測します」
「いいねぇ。戦闘終了後、拾得品としてゲットしましょ。リリィに伝えておいて」
「
「足に怪我、か。……」
何かを言いかけて、だがミコトは口を噤んだ。
「敵の編成におかしなところはない?」
「甲虫丙型が一、他はアブラムシが五十ほど。リリィの情報との齟齬無し」
「その編成で第四高戦の一小隊が半壊にされたって? ……何かあったのかな?」
「現状では不明」
「……そうよね。しかしいつも思うけど、ユリィはほんと、目が良いわね」
「処女受胎によって進化した
「進化、ね。果たして本当に進化なのかな?」
「不明です。教科書ではそう教えています。あの……ユリィは間違った答えをしてしまったのでしょうか?」
「あ、違う違う。今のは私が悪いの。皮肉っぽく考える癖、治さないとね……」
「姉さんに非は無いですし、どんな姉さんでもユリィたちは愛を捧げます。だから姉さん、ユリィたちを捨てないで……」
「捨てる訳ないでしょ。ユリィもリリィも私にとって大切な家族なんだから」
慰めるように言いながら、ミコトはユリィの唇を塞いだ。
「むぐ……んっ、チュッ……」
姉の口付けを素直に受け止め、ユリィは誘われるまま舌を絡める。
濃厚とも言えない児戯のようなディープキスは、だがミコトが身体を離したことで唐突に終わりを迎えた。
「あ……」
名残惜しそうに陶然と余韻に浸るユリィに微笑みながら、
「さて。ユリィから元気も貰ったことだし。お仕事に取りかかりましょ」
ミコトは腹ばいになってスコープを覗き込んだ。
「
「りょ、了解です」
手の甲で涎を拭ったユリィは、表情を引き締めて顔を上げた。
フロントチームが接敵ポイントに近付いている頃、後方に陣取って小隊指揮を務めるQBチームは、CCVの中で議論を重ねていた。
「1Dの残りが五人? その情報の確度はどうなのですか、リリィさん」
「狙撃ポイントからユリィが目視で確認してるから百二十パーセントだよ♪」
「第四高戦所属の生徒十人が戦死ですか。しかも敵集団は特筆すべき戦力を持たない、ただの虫の集団なのに。損耗率がおかしいですねお嬢様」
「リリィさん、他に情報は?」
「敵編成は初期の情報と齟齬無し、だって。あと1D小隊、物資を放棄して逃走してるみたいって」
「物資を放棄せざるを得ない状況に追い込まれたのか。それとも単純にミスなのか」
「エリート教育を受けている第四高戦の小隊が、そのようなミスをするでしょうか?」
「戦場という非日常で、訓練の成果を百パーセント発揮するには経験が必要ですわ。然るに第四高戦は1D小隊、つまり第四高戦一年D組、十六歳の少女たちを充てたのですから、エリート校とはいえミスが発生する可能性は充分考えられます。ですが……」
「リリィたちみたいな落ちこぼれよりもしっかりとした装備を持っているのに、部隊が半壊してることが、リオンちゃんは気になってるんだねー」
「その通りですが……まぁ良いでしょう。今は捨て置きましょう。リリィさん、戦闘後に放棄された物資をかっぱら――ゴホン。拾得しますから、その準備をお願いします」
「ブ、ラジャー!」
ふざけた返事をしたリリィが、管制端末を操り、T-LINKに情報を共有する。
その横で、首を捻っていたデヴィが改めてリオンに問い掛けた。
「それでお嬢様。小隊の指揮については?」
「特に変更はしませんわ。前線にはリーダーシップに優れたカエデさんと、判断力に優れたケイコさんが居るのですから、特に問題は無いでしょう」
「しかしその二人はお嬢様よりも指揮能力が低いことが定例試験で実証されています」
「当然ですわ。リーダーシップに優れ、判断力もある私だからこそ、2C小隊の隊長を務めていられるのです。その私の判断に疑義を差し込むおつもりかしら?」
「と、とんでもございません……! 無礼をお許し下さいお嬢様……!」
「良いのですよデヴィ。不興を買うのを恐れないあなたの諫言、感謝します」
「ああ……お嬢様……! お嬢様こそ、人類を導く戦女神に相違ありません……!」
感動に打ち震え、涙を流すデヴィに向かって、
「茶番は終わりー? そろそろフロントが交戦するみたいだから、戦闘管制を手伝って欲しいんだけどー?」
頬杖を突いたリリィが仕事の再開を促した。
「ちっ。クソが。お嬢様の素晴らしさを称える崇高な儀式の邪魔をすんじゃねーよ」
「邪魔はしないから、さっさと手伝ってってば」
「デヴィ、リリィの補佐を」
「はっ! デヴィ・ヘンダーソン、お嬢様の命令に従います!」
口調も表情もコロリと変えて答えたデヴィが、管制端末にかじりついた。
丁度そのとき、フロントチームより戦闘許可の確認が届いた。
「宜しいでしょう。第十三高等戦闘学校2C小隊、戦闘を開始しなさい」
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