第3話「幾人寄っても姦しい」

 車両が乱暴なブレーキを踏み込み、輸送される兵員である少女たちに現着したことを無言で告げる。


『小隊員降車!』


 通信端末から聞こえるリオンの声に従って、少女たちは次々と車両から飛び出した。


『本地点を拠点と定め、CCVは拠点に固定して状況の把握に努めます。フロントチームは準備ができ次第、北進して第四高戦1D小隊との合流をお願いしますわ』

「了解。第四のマンカス共はまだ生きてるのか?」

『何とか生きてるっぽいよ。ハックしたT-LINK越しに悲鳴も聞こえてきてるし』

「悲鳴をあげる前に現状に対処して欲しいですね。第四のエリートのくせにバカですか。まぁバカだから部隊が半壊したんでしょうね」

「あははっ! サヨっち毒舌ー!」


 サヨの言葉を耳にして、ヒマリが笑いながら指摘する。


「バカのお陰で出撃させられたんですから、多少は毒を吐きたくなります」

「でもサヨっていつも毒吐いてんじゃん」


 ユイナの問いに肩を竦めたサヨは、


「愛ある毒舌と憎悪を込めた毒舌、一緒にして欲しくないですね。ユイナさんはバカですか。ああ、バカでしたね、失礼」

 淡々と毒を吐いた。


「……ねぇねぇサキ。今の、どっちだと思う?」

「ユイナへの憎悪を込めた毒舌に一票ー」


 答えながら、サキは胸ポケットから棒突きキャンディーを取り出して口に放り込み、落ち着きの無いヒマリに声を掛けた。


「ヒマー! アタッカーの編成はどうすんのー? 一応、あんたがアタッカーのエースなんだからさっさと指示してくんないと」


 ヒマ、と呼ばれた少女は、目を丸くしたあと、


「えーっと……ねー、カエデ姐さん! フロント編成の指示出してー!」

 重火器をいくつも背負った大柄の少女に話を振った。


「そういうのはアンカーの仕事だろ。おいケイコ、さっさと指示してくれ」

「ちょ、ちょっと待ってよ! こっちは今、ランドギアの起動準備に掛かりっきりなんだから……!」


 強化外骨格に搭乗したケイコが、操縦席内のディスプレイに表示される情報の多さに辟易しながら悲鳴で応える。


「あー、じゃあアキ、頼むわ」

「無理無理無理無理です! 私にフロントチームの指揮なんて無理ですよぉ!」

「……無理も何も、アンカーはフロントの現場監督みたいなもんだろうが」

「そ、それでも私には無理です、ごめんなさい……」

「ちっ。アキ、おまえはもうちょっと自信持てよ? でないと背中が心配でフロントが動けねーんだよ」

「ご、ごめんなさい……」


 カエデの口調は決して責めるような口調ではない。

 だが、言われたアキはそれでも項垂れ、消え入りそうな声で謝った。


「あー! カエデ姐さん、アキっちをいじめるのは駄目なんだよー!」


 背後からヒマリの非難が飛んできて、カエデは慌てて否定する。


「だ、誰がいじめてんだよ! あたいはフロントチームのためを思ってだな……!」

「アキには、私から言っておくわ。だけどもうちょっと時間を頂戴」

「ん、まぁ……こういうのは慣れってのもあるから、全然構わないんだけどよ。じゃあ、フロントチームの編成はあたいがやっておいて良いか?」

「ええ、お願いするわ」

「了解。……んじゃフロントチームを編成すんぞー。最前線はストライカーのあたいとミト。あたいにはヒマリとサヨが付け」

「りょーかい♪」

「承知しました」

「ミトはユイナとサキ、二人のクソビッチのお守りを頼む」

「ん」


 コクンッと頷いたミトとは違い、ビッチ扱いされた二人が声を揃えて抗議する。


「カエデ姐さん、あーしらをビッチ扱いとか、ちょっとひどくなーい?」

「そうだそうだー! あたしらは立派なレディだぞー!」

「遠足に予備弾倉おやつを忘れるようなうっかり野郎なんざ、ビッチで充分だ」

「あーしら女子だから、野郎って言い方、おかしくない?」

「まぁカエデ姐さん脳筋だし、しゃーないわ」

「おい、しっかり聞こえてんぞ。……てめぇらも成績はあたいと似たようなものだろうがクソビッチども!」


 口の減らない二人に負けじと言い返したカエデが、頭を切り替えてフロントチームの最後の編成を発表する。


「中盤はアンカーの二人。ケイコとアキ。甲虫丙型が相手となると、フロントチームだけじゃ火力が足りないからな。頼むぜ、アンカー」

「まぁ何とかやってみるわ」


 ケイコが答えると同時に、ランドギアが駆動音を響かせて立ち上がる。

 全高三メートルの巨体にいくつかの重火器を装備したランドギアは、まさにフロントチームの要というべき存在感だった。

 対インセクター用に配備された強化外骨格であるランドギアは、コアユニットに乗り込んだパイロットの動きを完全トレースする優れものだ。

 ランドギアが配備されたことによって、対インセクター戦闘では小隊殲滅力と小隊生存率が格段に上がり、戦場では今や無くてはならない存在となっている。


「ランドギア用の装備が少ないのが不安だけどね」

「あたいら第十三高戦は寄せ集め、落ちこぼれ、使い捨て兵士の集まりだかんな。支給される装備も使い古しか半分壊れてるのばっかだ。今更、愚痴を言っても始まらねーよ」

「それは分かってるわ。でも私たちアンカーの踏ん張りがフロントチームの生存率に関わってくるんだから、悔しくて……」

「気持ちは分かるが、任務前に湿っぽくなるなよ」

「……そうね。ごめん。切り替える」

「おうよ。……で、おい、ミコト!」

「なにー?」


 今まで対物ライフルの状態を熱心にチェックしていたミコトが、カエデに呼ばれてのんびりした口調で返事をした。

 顔を上げた拍子に、特徴的な色をした髪の毛がサラサラと流れて頬に掛かる。

 髪の色は白銀。

 だが光の加減によって七色に変化するミコトの髪色は、不自然なほど美しく、良きにつけ悪しきにつけ、見るものの興味を捉えて放さない。


「……だからなによカエデ。人を呼んでおいてボーッとしないでよ」

「あ、ああ、悪い。……相変わらず綺麗な髪だから、思わず見蕩れちまってた」


 ポリポリと頭を掻きながら言い訳するカエデに、


「……姉さんに手を出すようなら、カエデさんでも死なせますよ?」

 いつの間にか拳銃を抜いていたユリィが、額に照準を合わせて無表情に警告した。


「手なんて出すかよおっかねぇ! おいミコト、妹を引かせてくれよ」

「ユリィ」

「はい。……」


 ミコトの意図を察したユリィは、拳銃をホルダーに戻して一歩引く。


「全く……おまえら姉妹、仲が良いって言って良いのかそれ? 怖えよ」

「ユリィとリリィは一途だしね。美しき姉妹愛ってやつよ」


 カエデの質問に肩を竦めて答えたミコトが、


「で、どうしたの?」

 途切れてしまった会話の続きを促した。


「ああ、悪い。バックスの編成はどうすんだって聞こうと思ってな」

「編成、ねぇ……」


 カエデの質問に、ミコトは思案するような表情で答える。


「2Cのバックス編成って中途半端だから、編成も何も無いって言うか。通常編成ならバックスは対空装備か長距離援護に特化させる必要があるけど、レフトバックの私は狙撃特化だし、ライトバックは火力重視の武装だし。……編成のしようが無いのよね」

「支給される武器がクソばっかだからな……分かった。じゃあいつものようにバックスは臨機応変に頼むわ」

「リンカもそれで良い?」

「了解しました。まぁ編成が決まっていようがいまいが、私がやるべきことはバカザリの操縦ですけどね」

「ちょちょちょ! リンリン言い方ー!」


 リンカの横で高々と両手を掲げた小柄な少女が、盛大に抗議の声をあげた。


「言い方? 合ってますよね」

「ぐぬっ……あ、合ってないし。カザ、別にバカじゃないし」

「ええっ!? 狙いも定めず、弾数管理もせずにバカみたいにぶっ放すバカをバカと呼ぶのは、真実であり、正義であり、人として当然の行いでは?」

「ぐ、ぐぬぬー……」


 長身のリンカから畳みかけるように罵倒されて、カザリと呼ばれた小柄の少女は悔しそうに目を潤ませる。


「任務の前に喧嘩すんなよ……。まぁ良い。バックスは臨機応変に。あと甲虫丙型相手にはカザのファウスト改の力が必要なんだから、バカスカ無駄打ちすんじゃねーぞ?」

「だーかーらー! カザはバカでもスカでもないってばー!」

「はいはい、わーったよ。リンカ、頼むぜ?」

「頼まれても確約はできませんね」

「はぁ~……わーったよ、もうそれで良い」


 ガシガシと頭を掻いたカエデが、


「クォーターバック。フロントチームの編成終了。これより出撃する。バックアップは頼むぜリリィ」

『ほーいよ。まっかせてー!』

 CCVに常駐して戦闘管制を行うリリィが、リオンの指揮をT-LINKを通してフロントチームに伝える。


『そいじゃフロントチーム、出撃よろー。姉様、ユリィも気をつけてね♪』

『リリィさん、公私混同は避けるように』

『はーい! では改めていってらっしゃーい!』

「……全く。相変わらず力が抜けるぜ」

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